映画『花束みたいな恋をした』ポスタービジュアル(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

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『花束みたいな恋をした』を見て:ロ
マン優光連載200

ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第200回 『花束みたいな恋をした』を見て『花束みたいな恋をした』はとても面白い映画だ。観ていて最後までダレることもなく、ずっと麦くんと絹ちゃんの二人に引き付けられ、二人の行く末から目が話せない。主役の二人である麦くん役の菅田将暉氏と絹ちゃん役の有村架純氏の演技(麦くんの凡庸でイケてない大学生→キラキラした恋人→病んだ社畜という同一人物による時間による変化を見事に演じた菅田氏の演技はすばらしいと思う)がいい。実際のところ、あんなに容姿端麗な人があんなに平凡な若者なわけはないのだけど、本当にそういう人に見えてくる。あと、オダギリジョーの登場シーンがラスボス登場みたいな強者感があってすごくいい。出てきただけで物語が動く予兆に溢れている。スターである主役二人が平凡な若者になりきってオーラを消しているのと相まって、めちゃくちゃ不穏なオーラが出まくっていた。
 自分が柄にもなくジャンルとしては恋愛映画に属するであろう『花束みたいな恋をした』を観ることになったのは、ミステリー作家の円居挽先生がこの映画にやたらとこだわっていたのがきっかけである。円居先生とは作家の江波光則先生、豆みつおさんたちと一緒に『純喫茶 彼岸花』という配信イベントをやっている。円居先生の好きな作品というのは癖の強い極端な作品が多いわけなのだけど、そんな円居先生が映画公開以来ずっと『花束』の話をしてくる。そうなると「なぜ、あの円居先生が人気の恋愛映画を?」と、こちらも気になってくるわけで、ついに先日イベントメンバー全員が実見したわけだが、ほんとに面白かった。その後ツイキャスで三時間ぐらいみんなで感想を喋りあったのだけど、その前に打ち合わせと称して二時間くらい『花束』の話をしていたし、終わった後も反省会と称して二時間ぐらい話をしていた。次の日にさらにもう一度見た。それぐらい魅力的な作品だ。
 魅力的な作品であると同時に、観る人によって全く違った光景が見えてくる不思議な映画でもある。ある人にとっては素敵な悲恋を描いたラブストーリーだし、ある人にとってはまぬけな若者たちの滑稽な失敗を描いたコメディであり、ある人にとっては何事にもあさはかな若者たちの愚かな恋愛を描いた残酷ショーでもある。見る人の年齢や恋愛経験による部分もあるが、作品中の二人が好む文化を表現するために選択されたものの絶妙さや、それに対する二人の接し方に対してどのように感じるかによって、受けとる印象が変わってしまう部分が大きい。
 劇中、二人が付き合うきっかけになったのはアニメ・映画監督の押井守氏(そのシーンのためだけに本人が出演している)なのだけど、まずその人物が押井守なのが絶妙なセレクトだ。大メジャーではないがそれなりに世間的知名度がありマニアックすぎず、二人の趣味嗜好をわかりやすく伝えるのにぴったりの人物だ。そして、押井守を見たあとの二人の発言の微妙さや浅さもまた絶妙なのだ。
 あの喫茶店のシーンは本当によくできている。初対面の人と行う会話の中で「神」というネットの言葉を使う事の痛々しさ。作品名ではなく犬と立ち食いそばが好きな人という説明をしてしまうズレた感じ。その説明のネットに書いてあったことをそのまま言ってるだけのような薄っぺらい感じ。それなのに『ショーシャンクの空に』が好きな人間や実写版『魔女の宅急便』を見に行く人物に対して侮蔑心と露にする勘違いした特権意識。麦くんがどういう若者なのかを伝える上で重要なシーンだ。「マニアック」な趣味を持った会話でのコミュニケーションが苦手な若者。そこは観る人が共通して得る印象だろう。
 ただ、ここが重層的に意味を帯びてくる。そこに出てくる固有名詞にさして興味がない人には「なんかマニアックなのが好きなんだな」というぐらいのシーンだし、そこに何らかのこだわりがある人が見れば色々と考えてしまうシーンだ。そういったものが好きなことに共感してしまう人もいれば、そういったものが好きなこと自体をバカにする人にとっては絶好のイジりどころだ。そして好きなもの(あるいは好きなことにしているもの)に対して、そういう接し方しかできないことに「この子は絶対失敗する」と絶望的な気分になる自分のような人間もいる。
 絹ちゃんが天竺鼠の単独ライブに向かう途中、ちょっと面識があるイケメン男性(別にその人に恋してるとかでもない)に偶然出会ってライブに行かずに二人で焼き肉を食べにいってしまうシーンもそうだ。趣味にさほど打ち込んでない人には「そういうこともあるよね」というシーンだ。天竺鼠が好きな人や何かの趣味に打ち込んでいる人にとっては「そんなことでわざわざチケットをとった単独ライブにいかないなんて信じられない」と思うシーンであり、天竺鼠をこころよく思ってない人、そのファンをこころよく思ってない人には「天竺鼠が好きなやつなんて、しょせんこんなやつ」というシーンでもある。
 絹ちゃんがやっているblog『麺と女子大生』にしてもそうだ。「blog流行ってたもんね」以上の意味を見出ださない人もいるだろう。絹ちゃんの薄っぺらい自己承認欲求を、あざといような、何も考えてないようなblog名に見いだして痛さを感じる人もいるだろう。序盤以降、ラーメンを全然食べる様子が見受けられないことに「おまえ、本当にラーメンが好きだったのかよ!」と憤懣を感じる人もいるかもしれない。
 ガジェットとして採用されるものの絶妙さと、それに対する主役二人の接し方の微妙さによって、重層的に意味が生まれてきているわけだが、製作側の意図がどこまであるのかはわからない。すれ違いから終わってしまう恋愛を描いているわけで、二人の失敗や愚かしさを意図的に描いている部分を当然あるだろう。しかし、二人の趣味嗜好やそれにまつわる行動というものはあくまで背景であって、そこの部分にどこまで意味を持たせているかはわからない。絹ちゃんがラーメンを食べに行かなくなることに関していえば、物語上重要でないからラーメンを食べにいく描写がないだけかもしれないし、色々と模索していたが麦くんと出会うことによって余計なものがなくなったということかもしれないし、絹ちゃんという人間の本質的な軽薄さを表すためなのかもしれない。
 主役二人は非常に外見的に優れているわけだが、二人が出会うまで物語内でモテている様子がない。麦くんはあからさまにイケてない感じだし、絹ちゃんは彼氏が欲しくて色々と動いているのだけれど、うまくいかない。マニアックな趣味を共有できる人、わかりあえる人がいないからというのが設定上の理由だとは思う。しかし、実際のところ、さほどマニアックな趣味というわけでもないわけで、趣味が合う人に全く会わないとも思えないし、劇中の二人の趣味関係の言動が微妙なことから、「この二人、発言が浅すぎたりトンチンカンだったりするから、同じ趣味の人にも相手にされてないから今まで一人だったのかな?」という風にも見えてしまう人もいる。 また、二人の「○○が好き!」みたいな部分がわかりやすく描かれてるのに、その文化が好きな人だったら当然やるようなことや、それがやりたいなら当然やるだろう地味な積み重ねみたいなものが全然描かれていないのは、描いても別に面白くならないからかもしれないし、二人が上っ面だけだという表現かもしれない。
 そういう多様な解釈をすることができる描写の積み重ねにより、話の本筋である恋愛や同棲生活における若者らしい計画性のなさからくる失敗が色々と違う風に見えてきて、人によって全然違う物語になってしまう。
 そういうのとは別に、仕事で病んだ麦くんが絹ちゃんに対して、それを言ったら何もかもおしまいだし、絹ちゃんを好きになった理由なんてなくなってしまうような最悪な暴言を吐いて以降の地獄の展開は誰の心にも何かしら響くものがあるとは思う。それとて、人によって違うように見えているのだろうけど。個人的には「一緒にいる理由が執着だけになり、それ以外にその相手である必然性も何もなくなり、相手に何もしてあげることが何もなくなったら互いのために離れるしかない」ということを改めて思い出させてもらった展開だった。
 自分にとっては「少し打算的で浅はかだけど基本的には善良な若者の愚かで滑稽な哀しい恋愛の物語」だ。他人とは違う存在でありたいけど何も武器を持ってない二人が流れの中で勝手に啓示を見いだして運命を無理矢理感じていく序盤の流れは本当に不安になった。冒頭のシーン(時間軸的には二人の今ということになる)をはじめ、あの二人が年月を経ても特に成長したように感じられず、最後のシーンまで本当にひたすら哀しい笑えない物語だった。そして、そのどうにもならない感じが自分は好きなのだと思う。
 あと、古川琴音さんがかわいかったです。
(隔週金曜連載)
【写真】映画ポスター。映画『花束みたいな恋をした』はDVD/Blu-ray好評発売中。U-NEXTで配信されている他、2021年11月27日午後1時からWOWOWプライム、WOWOWオンデマンドでも放送・配信予定。
(c)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
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【ロマン優光:プロフィール】
ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。twitter:@punkuboizz
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