劇作家・瀬戸山美咲が語る『彼女を笑
う人がいても』〜安保闘争のデモにな
ぜあれだけたくさんの人が参加したの
か、それでも変えられなかったのはな
ぜなのか。

社会派と謳われる劇作家の中で、根底に記者としての経験、苦汁などを抱えながら物語を構築しているのが、瀬戸山美咲だ。筆者(いまいこういち)が前にSPICEでインタビューしたのはなんだろうと振り返ってみたら『彼らの敵』だった。1991年の大学時代、パキスタンで川下りをしていたところを強盗団に誘拐・監禁された事件の当事者で、日本に戻ってきた後も、マスコミや世間から大バッシングを受けたカメラマンをモデルに描いていた。そんな彼女が60年安保を題材にした新作『彼女を笑う人がいても』(2021年12月4日~18日 世田谷パブリックシアター、他)を書くと聞いた。“彼女”のことが浮かんだ。この物語は、60年代の安保闘争に関わった“彼女”をめぐる報道にかかわる新聞記者と、現代の福島の原発事故にまつわる取材を行なっている新聞記者を主軸に、二つの時代が交錯しながら展開していく。祖父と孫に当たる二人の新聞記者役の瀬戸康史をはじめ、役者が二役を演じるのも興味深い。このほど瀬戸山に話を聞くことができた。
(左から)近藤公園 木下晴香 瀬戸康史 渡邊圭祐 (撮影:マチェイ・クーチャ)

――瀬戸山さんが、報道、福島の原発事故から連なる諸々、コロナ禍で国会議員や官僚と向き合ったことなど、いろんな怒りやモヤモヤがあふれ出ている感じがしました。
そうですね。この1、2年に経験したことや感じたことがめいいっぱい詰め込まれていると思います(笑)。
――安保闘争を描いた、つかさんの『飛龍伝』のモデルとなった“彼女”=樺美智子さんの存在が気になっていた時期もあって、この戯曲もとても興味深く読ませていただきました。同時に挑戦的な本だなと。
私も樺さんの存在を知ったのは『飛龍伝』なんです。『飛龍伝』は安保に反対する学生と機動隊との関係をシンプルな構造でうまく描いた戯曲だと思っています。高校時代に読んで、主人公のモデルになった方がいることに衝撃を受けました。そして大学生になって、もし自分があの時代に生きていたらどうしていただろう、勢いで参加していたかもしれないと、たまに妄想したりもしていました。そして今回、栗山民也さんの演出で作品をつくるとなったとき、「あなたが書きたいものを書いてください」とおっしゃってくださったので、「ずっと気になってることがあります」ということで樺さんに関するお話を最初に提案しました。いつかやりたいとは思っていたのですが、私が演出するよりも、上の世代の方、時代の空気に少しでも触れた方に演出していただくほうが世界が広がると感じていたので。もちろん栗山さんご自身は60年安保のころはまだ幼くていらっしゃったわけですが。
――当時のことはかなり調べたんですか?
はい、いろいろ勉強しました。でも調べるのも苦戦して。一番役に立ったのは当時の週刊誌の記事でした。生の声が載っていて、時代の空気もわかりやすかった。とは言え、最初は与野党の力関係もわからないし、樺さんが所属していたブント(共産主義者同盟)の成り立ちも知らなかったのでそれを理解するまでに時間がかかりました。その中で新聞社の七社共同宣言にぶち当たったんです。それが非常に引っかかって。七社共同宣言というのは、学生のデモ隊と機動隊が国会議事堂で衝突し、樺さんが死亡する事件が起きたときに、東京の主要新聞社が「暴力を排し議会主義を守れ」と一斉に掲載した宣言のことです。これを出されたとき、現場の記者たちはどんな受け止めをしたんだろうと考え、樺さん自身の話から報道の話へ、作劇の軸を移していきました。
瀬戸山美咲 (撮影:服部たかやす)
――そこで瀬戸山さんのいろんな蓄積が生かされるわけですね。
記者と言っても一介のライターですけど、出版業界にいたことは影響していると思います。あと去年、コロナ禍の文化芸術支援の陳情で、議員会館に通って議員の方や省庁の方と折衝をしたんですけど、そのとき言葉を伝えることはとても難しいと感じたんです。特に文化芸術の専門家でない方々に、なぜ支援が必要なのかを説明するのが大変でした。よしんば、うまく説明できたとしても、根本から変えることは構造的に難しいんだなと実感しました。それでも現場の声を粘り強く伝えないと想像だけで仕組みがつくられてしまい、結局は使えないものになってしまうことも知りました。今現在も困難な状況が続いていますが、だからこそ声を上げないといけない。私自身は最近あまり参加できていないのですが、ずっと続けてくれている人たちがいます。その人たちの力もあって、文化芸術支援は少しずつ改善することもできたのではないかと思います。しかし外交や国の根幹に関わることになると、市民の力で動かすのはさらに難しくなってしまう。60年の安保闘争を通して、そのことについて考えたいという思いもありました。当時はなぜあれだけたくさんの人がデモに参加したのか、それでも変えられなかったのはなぜなのか。
――栗山さんはどんな言葉をくださったんですか?
好きなことを書いていいよと言われてスタートしたんですけど、けっこう時間がかかってしまって、だいぶお待たせしてしまいました。最後まで書き終わったものを読んでいただいたときは「せりふがいいね」とおっしゃってくださって。初めてご一緒するのでどんな感想をいただけるかすごくドキドキしていたんです。役者さんがそろって本読みをしたときも、「これは言葉の演劇だ。今の日本は言葉から逃げている。この芝居をつくる上では、どの言葉が誰に向かって発せられるかを大事にしてやっていこう」とおっしゃってくださいました。栗山さんも現代の日本に同じような怒りを持っていらっしゃるんだと感じます。
(左から)阿岐之将一 吉見一豊 大鷹明良 魏涼子 (撮影:マチェイ・クーチャ)
――1960年代と現代が交互に描かれ、交錯する瞬間もあるというのは、演劇的な構造で面白いですよね。そして昔も今も結局は変わらないんだな、と。
最初にプロデューサーの方と打ち合わせをしているときに、現代のことも描いた方がいいという意見をいただきました。ただ、いざ書き始めると、過去と今とをどうリンクさせるかに悩んでしまったんです。昔の話を回顧して、あのころはよかったみたいにだけはしたくなくて。過去の報道のことを書こうと定まってきたときも、最初は政府による報道への圧力みたいなところで現代とリンクさせることを考えていました。ただ、書いているうちに、報道における言葉の使い方について共通点を見つけたんです。「復興」という言葉がオリンピックで使われたり、「原発事故が収束した」と語った政治家の言葉をメディアがそのまま報じたり。最近、言葉によって現実を規定していくような状況をよく見ます。それと似た匂いを60年代の七社共同宣言にも感じたんです。調べるまでは60年代の報道は今よりも気概を持ってやっているものと思っていましたが、当時も新聞社とかテレビ局の人を呼びつけて首相がしゃべるみたいなことをやっていました。今の時代に始まったことじゃなかったんです。だとしたらこの60年間、私たちはちゃんとした民主主義も、報道の独立性もまったく獲得しないまま来てしまったことになります。
――樺さんが亡くなった理由に関して、劇中ではお医者さんであり国会議員である羽村さんが、公式発表の矛盾を明らかにするために立ち上がるシーンは、サスペンスタッチでもあり、緊張感がありました。
実在した社会党の議員さんがモデルです。彼は樺さんのご家族とのつながりから実際に執刀に立ち会われたんです。彼が解剖所見を出したことで、実際の執刀医も反論したり、いろんな人が所見を出したりする展開になって、最終的には何人もの人が証言している。そして、いまだに真相がわからなくなっています。
――ところで瀬戸康史さんが気概のある役というのは、新鮮ですし、とてもいい役だなと思いました。
最初に見たのはKERAさんの『陥没』だったと思います、愛らしさとコメディセンスのある俳優さんだと感じました。『ドクター・ホフマンのサナトリウム ~カフカ第4の長編~』では、両極にある二役を演じるのを見て、こんな振り切った芝居ができる方なんだな、面白いなって。その瀬戸さんに、今回のような真っ直ぐな役をやっていただくのはとても楽しみでした。実際に稽古を拝見して、わくわくしています。瀬戸さんはずっと出ずっぱりなのですが、高い集中力で芝居を引っ張ってくれています。後半に向けてだんだんと手強い相手が出てきますが、ひとりひとりとしっかり対峙している姿が印象的です。

瀬戸山美咲 (撮影:服部たかやす)

――瀬戸山さんは取材に基づいた戯曲を以前から書いていらっしゃいましたが、ご自分の中で描くものに関して変化してきたという感覚はありますか?
そうですね。実は本当の意味で過去の歴史にまつわることを描いたのは、今回が初めての挑戦でした。今まで現代のこと、というよりは目の前のことを扱ってきたし、過去と言っても90年代くらいまででしたから。初めて自分が生まれていない時代のことを書くので、当然調べなければわからないし、身近な80歳過ぎの方に話を聞いたりもしましたが、想像で埋めなければならないこともたくさんありました。また60年安保はあまり演劇になっていないんですよね。改めて歴史のお芝居を描かれる方はすごいなと思いました(笑)。全部が取材できるわけじゃないぶん、劇作家として思い切りも必要でした。でも、そこが面白かったですね。最近、演出家として過去の戯曲にも取り組む機会が増えてきて、興味の幅が広がってきたと思います。そして歴史のこと、過去のことをやはり知らないといけないなと感じています。
取材・文:いまいこういち

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