藤木大地のニューアルバム「いのちの
うた」 聴く人それぞれの人生の歌

カウンターテナーの藤木大地がニューアルバム「いのちのうた Song of Life」を発表した(キングインターナショナル)。
2017年にオペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に東洋人のカウンターテナー歌手として史上初めて出演し、ライマン《メデア》ヘロルド役を歌い好評を博した藤木大地。その後も快進撃を続け、昨年は新国立劇場でコロナ後初めてのオペラ公演となったブリテン《夏の夜の夢》で主役オベロンを歌って圧倒的な存在を示した。オペラにコンサートに大活躍を続けている。2021年11月20日に発表されたニューアルバム「いのちのうた」は、藤木大地の今を反映している。昨年2月に東京文化会館で初演された、藤木大地の歌と大和田獏&美帆の朗読による歌劇『400歳のカストラート』で使われた楽曲をベースに、そこから生まれた新たなプロジェクトがこのCDだという。藤木自身にアルバムについての話を聞いた。
藤木大地「いのちのうた Song of Life」

⏤⏤ このアルバムが生まれる元になった歌劇『400歳のカストラート』はどのような作品だったのでしょう?
東京文化会館小ホールで上演するための、僕を中心にした新しい舞台作品を創る機会をいただいたのが始まりでした。その時、以前から企画書にしていた(カウンターテナーが歌うことが多い)カストラート歌手のレパートリーを中心にした演奏会の企画を考えているうちに、ふと「もしカストラートが現代まで存在しつづけていたら、どんな歴史や物語が生まれていただろうか」って想像したんです。そこから、“ダイチ”というカストラート歌手を主人公にした舞台作品『400歳のカストラート』が誕生しました。僕の歌を大和田獏さんと大和田美帆さんのナレーションでつなぎ、ピアノ五重奏が演奏する構成でした。去年、東京と宮崎で公演しています。でも、最初に言っておくと、このCDは『400歳のカストラート』のサウンドトラックではなくて、あの仕事をベースにした新しい作品なんです。舞台で使用した10曲に加え新たに6曲を収録しています。このくらいの曲数を集めたCDを〈アルバム〉と呼ぶのは、きっとアーティストのその時の姿を記録するからだと思うんです。そういう意味で、今の僕の演奏活動を集約したのがこのアルバムです。
⏤⏤ “ダイチ”という歌手の人生を描いた舞台作品が元になっているということで、このアルバムには藤木大地というアーティストの軌跡だけでなく、藤木さんの人生を想像させる部分もあるように思いますがいかがでしょう?
僕は芸術には普遍的な部分がないといけないと思っています。演奏者もいるし、音楽もあるけれど、聴いている人が、自分の経験や自分の人生に照らし合わせて何かしら思い出すことがあったり、引き出しを開けるきっかけを作るものでなければ共感は得られないと思うんです。だから確かにベースは僕の人生なんだけれど、誰にでも起こり得ること、例えば好きな人と死別したり、時には絶好調だったり、ヤケになったり病気になったり、そういうことが自分に起こったら、と想像しながら音楽を聴く時に人は心を動かされると思うんです。僕自身も一観客として舞台芸術を観に行く理由の一つはそういう所にあります。このアルバムを『いのちのうた Song of Life』と名付けたのは、村松崇継さんの「いのちの歌」を収録したからということもあるけれど、それは皆の「いのちのうた」でもあるんです。それぞれが人生という旅を生きて、皆が命を持っている。その歌が詰まっているのがこのアルバムです。
⏤⏤ 曲目は“ダイチ”が生きてきた400年の音楽を網羅するように、バロック・オペラから現代の日本の曲まであります。
『400歳のカストラート』の時にはバッハやマーラーは器楽曲を演奏していました。CDにも流れとしてやはり必要だと思ったので、同じ作曲家の作品で僕が歌える別の曲を選んでいます。《レ・ミゼラブル》からの「I Dreamed a Dream」は舞台でも候補にしていたけれどカットしてしまった曲です。これはファンティーヌという女性の役柄ですが、僕は普段は、自分のポリシーとして声域が合っても女性の役は歌わないようにしています。やっぱり見た目として舞台で僕が歌ったらおかしいし奇をてらいすぎになると思うので。でも《レ・ミゼラブル》のこの歌だけは例外で、コンサートでも歌ってきています。やっぱり名曲だし、ミュージカルの曲をオペラ歌手が「歌ってみた」で終わってはだめで、原曲の良さを最大限に出しつつ、僕とこの今回の編成ならではの魅力が出せたのではと思います。
舞台では加藤昌則さん作曲の「絶えることなくうたう歌」が最後の曲でした。でも、アルバムは演奏活動の延長だと僕は思っているので、リサイタルだったらアンコールを入れますよね?そういう感じでこのCDには最後に、村松崇継さんの「いのちの歌」と宮本益光さん作詞、加藤昌則さん作曲の「もしも歌がなかったら」という二曲を選んで入れました。この一枚を聴いていただいて、良いコンサートに行った後のように、「ああ、良かった」「もう一度聴きたいな」「人に勧めたいな」と思ってもらえるようにしたかったんです。
⏤⏤ 今回参加しているミュージシャンたちはクラシック音楽界で一流の活躍をしている方々です。メンバーはどのようにして集まったのでしょう?
僕と面識があり、僕の歌を好んでくれる方々、熱意を持ってやってくださるだろうと思う方々に声をかけて集まったメンバーです。成田達輝さんは『400歳のカストラート』でもコンサートマスターをお願いしていました。ピアノは『400歳』では加藤昌則さんが弾いてくださったのですが、今回は加藤さんには作曲と編曲、そして全体を音楽的に俯瞰していただく役割をお願いしました。ブックレットには解説も書いてくれています。ピアノは僕が昔から演奏活動を一緒にしている松本和将さんが担当してくれています。
⏤⏤ 藤木さんはいつもオペラもコンサート活動も完璧主義というか、このCDもやはり最高のものを目指して作られていると思います。そのエネルギーの源はどこにあるのでしょうか?
エネルギーがあるように見えますか? 僕はオンとオフが激しいので、オフの時は本当に何にもしないんです。時には気がつかないうちに寝落ちして風邪を引きそうになってしまったりすることもあるくらい(笑)。でも一つ言えるとすれば、僕は多分、自分のキャリアを終わりから逆算しているところがあるんです。今、41歳だとして、カウンターテナーは他の種類の声よりもキャリアが短いことが多いと言われていて、もし50歳までしか歌えないとしたらあと9年しかない。ちょうど去年2月の『400歳のカストラート』公演の後に、5ヶ月間も活動できなくなってしまいましたが、その時は次にいつ再開できるかも分からなかった。でも僕は、最後の公演が良いものだったから、あれで最後だとしてもいいや、と思えた。毎回、そう思えるクオリティーで演奏がしたいんです。明日どうなるかなんて誰にも分からないんですから。だからそれがエネルギーに感じられるのかもしれません。もしこのCDが僕の最後のCDになっても悔いは残らないです。だって最良のものが出来たと思っていますから。
あとは喜んでくれる人がいるから頑張れるんだと思います。自分が歌ったものをお客さんが喜んでくださるのを舞台の上から感じているから、またそのためにやろうと。人間一人じゃないし、一人じゃないと思ってやっているからエネルギーが生まれるのかもしれませんね。
<動画>【Kinginternational】藤木大地 Daichi Fujiki /もしも歌がなかったら~アルバム『いのちのうた』より
取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

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