冬の日に聴くといっそう沁みてくる
カナダの至宝、
ブルース・コバーンが若き日に残した
傑作『雪の世界』(’71)

この、ブルース・コバーンのセカンド作『High Winds White Sky』(’71)は邦題もズバリ「雪の世界」だった。あまりヒネりも工夫も感じられないタイトルだけれど、これは的を得たもので、多くが納得しているだろう。現行のリマスター盤には、彼の地元オンタリオ州のコーヒーハウスでのライヴ演奏がボーナストラックとして2曲追加されている。

前年のデビュー作『ブルース・コバーン登場(原題:Bruce Cockburn)』(‘70)でも極めてクオリティーの高い、研ぎ澄まされたような作風は示されており、本作もその延長線にあると言えるが、「Spring Song」という美しい曲が含まれるなど、全体に温かみを感じさせるデビュー作を「春」とすれば、『雪の世界』はアルバム全体にも冬の寒風が吹いているような感じがある。

ヴォーカルはやや線が細い感が否めないけれど、後年の芯の強さを伺わせる男らしい声を思うと、デビューから2作目の、さすがにコバーンも若かったのだ。それにしても、心象を描くような彼のギターの巧みさには舌を巻く。ストローク、指弾きと適時使い分けているが、一聴して「上手い!」と思わせる正確なピッチ、響きの美しさ、無駄のないフレージングには、心底唸らされる。この頃はずっとマーチン社のD-18を愛用していたはずだ。

全体にフォークミュージックの体裁を取っているが、カントリーフォーク風の穏やかな一曲があるほかは、ピリッとした、それこそ冬の朝みたいな張り詰めた空気が支配している。卓越したギターを聴かせる一方、ピアノの弾き語りも深い味わいがある。そして、緻密な曲想のインスト曲からはジャズの影響が感じられるだろう。

デビュー作はほぼ本人のギター、ピアノの弾き語りだったが、本作ではその他に、ダルシマーに加え、コバーンとは学生時代からの付き合いだというユージン・マルティネック( Eugene Martynec)がプロデュースに加え、ギターでサポートし、他にマンドリン、バンジョー、マリンバやタブラといったリズム楽器のミュージシャンが参加している。それでも基本はコバーンのギターと歌だけで作られているようなものだ。曲についても派手さはないし、ポップ性も微塵もない。アルバム中にシングルカットできそうな曲はあるかと再度聴き込んでみたが、どれも不向きな曲ばかりだ。調べてみると、ドブロのスライドを加えた、カントリータッチの「One Day I Walk」が当時、シングルでリリースされているらしい。ヒットチャートに上ったかどうかの記録は確かめようがなかった。

それにしても、このアルバムの凄いところは、聴き込むほどに味わいが増してくること。おまけに歌、演奏ともに発売から半世紀もたっているのに色褪せない。こんなものを20代半ばで作るとは…。これを書くのを機会に、アルバムを好きだという何人かとやりとりをしてみたが、皆、同じ意見だった。
「LPで買ってから50年近くがたつけれど、未だに聴いている」
「何度も引っ越しをしても、このアルバムはずっと運んできた」
「CD棚の中でもコバーンの枠を作って、(本作を)すぐに取り出せるようにしている」
などの意見を聞くと、アルバムはおろか、ブルース・コバーンという人を知らない方でも、ちょっと気に留めてみよう、試聴してみようという気になっていただけるだろうか。

この時期のコバーンの音楽をカテゴリーで表すと「フォーク」とするのに間違いはない。ジャズ志向だった彼がバークレー音楽院以降、バンド経験を重ねつつ、やがて自作自演フォークシンガーとしての歩みにシフトしていったことを考える時、きっとジェームス・テイラーやキャロル・キングといったアーティストの出現、そして同じカナダ出身のニール・ヤングやジョニ・ミッチェルらの活躍も意識していたのだと思う。気にならないわけではなかったとは思うが、彼が米西海岸のローレルキャニオンとかを目指すことなく、その先もずっとカナダのトロントを活動拠点とし、コツコツとライヴ、アルバム制作に打ち込んだことは、間違いなく彼独自の音楽を形作ることにつながったと思う。ある意味ストイックと思わせるほどに真摯なスタイルの、似たようなアーティストを米国のフォークシーンに求めてもあまり見当たらない。むしろアイリッシュやブリティッシュフォークに同種の空気が感じられたりする。このアルバムにも、バート・ヤンシュやニック・ジョーンズ、デイヴィ・グレアムといった英フォーク界の錚々たるギタリストに通じる演奏のものがある。〈Cockburn〉という名前のルーツも少し探ってみたのだが、スコットランドの地にその名を見つけることができるらしい。とすると、ここで聴ける音にもルーツ的なものが自然と滲み出ているのだろうかと、つい想像を逞しくしてしまったりするのだが。

幸か不幸か、先に挙げた米国を活動拠点とする著名なアーティストほどのカリスマ的な成功を収めることは出来ていないものの、だからこそコマーシャリズムに惑わされることもなく、マイペース、孤高のスタイルを守り通せたのではないかと思う。彼と同じく、カナダにこのシンガーあり、と讃えられるフォークシンガー、ゴードン・ライトフット(Gordon Lightfoot)もデビュー時こそ米国内を拠点としたが、早いうちにカナダに戻り、以降、母国を離れることはない。「Early Morning Rain」という世界的なヒットを持つ彼も、風土、自然を感じさせる作風でカナダの国民的なシンガーを代表するひとりである。いつか、このコラムでも紹介したい。

本作以降もほぼ毎年1作というペースで秀作を発表するコバーン。熱心な支持者がいなければ、そんなことは不可能だっただろう。1974年にはこれまた初期の彼の代表作で、ひとつの到達点となる大傑作『塩と太陽の時(原題:Salt , Sun and Time)』(‘74)を完成させる。

2022年の現時点で77歳のコバーンはまったく創作意欲も衰えることなく、自身が向き合う多くの社会問題、自然や人種、政治、格差社会…をテーマとするポジティブな作品を作り続けている。その独自の音楽性は、ジャズやロック、世界の各地のトラディショナルミュージック、そしてフォークミュージックと呼応しながら、マーケット等に一切妥協することがない。鋼のような強靭さが伝わってくる。日本ではうかがいしれないが、母国カナダや米国での評価は高く、数々の音楽賞をはじめ、国民栄誉賞級の表彰を受けたりもしている。

TEXT:片山 明

アルバム『High Winds, White Sky』1971年発表作品
    • <収録曲>
    • 01. Happy Good Morning Blues
    • 02. Let Us Go Laughing
    • 03. Love Song
    • 04. One Day I Walk
    • 05. Golden Serpent Blues
    • 06. High Winds White Sky
    • 07. You Point to the Sky
    • 08. Life’s Mistress
    • 09. Ting/the Cauldron
    • 10. Shining Mountain
    • 11. Totem Pole
    • 12. It’s An Elephants World
『High Winds, White Sky』(’71)/Bruce Cockburn

OKMusic編集部

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