宇多田ヒカル

宇多田ヒカル

【宇多田ヒカル リコメンド】
クラブミュージックに接近しつつ
開かれたモードを感じさせるアルバム

1月の先行配信に続いて、8thアルバム『BADモード』が2月23日にCDでリリースされる。同作に収められた新曲の数々を披露した自身初の有料配信スタジオライヴ『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios』もリアルタイムで約5万人が視聴するなど大きな話題を呼んだが、アルバムはどんな内容に仕上がっているのか。その魅力に迫ってみたい。

他者への愛情を等身大で歌う
今の宇多田ヒカルの進化したマインド

 なんせニューアルバムのデジタル先行リリース日にあたる1月19日にスタジオライヴが配信された(宇多田ヒカル本人の誕生日とも重なっていた)こともあり、脳内に押し寄せてくる情報量がすごかった。構築美が光る原曲を気心の知れたバンドメンバーと人力で表現していくライヴのパフォーマンスはとんでもないクオリティーを誇っていて、音質や画質も息を呑むほど素晴らしく、直後に公開となった表題曲のMVにも目を奪われるといった怒涛の展開だったため、アルバムをゆっくり鑑賞するにはその衝撃からひと息つく時間が欲しかったというファンが多かったのではないだろうか。グッと入り込んで聴くような作品であることはもう十二分に伝わっていたし、東京・ソニーストア銀座でのイベント『HIKARU UTADA EXHIBITION』(1月31日で終了)を訪れたのち、改めて『BADモード』の世界に浸ってみた。

 オープニングを飾るのは、表題曲の「BADモード」。ふうっと力を抜いたような吐息とともに始まるなど、“BAD”というワードのイメージとは異なるやわらかなテンションが早くも新鮮で、意表を突かれた感じに嬉しさを覚える自分がいた。エレクトロニックミュージックシーンを牽引するフローティング・ポインツことサム・シェパードが共同プロデュースを手がけた点も話題だが、バンドの生楽器と彼のエレクトロニクスおよびアンビエントなサウンドが絶妙に融合した曲調、軽やかでしなやかなグルーブ、トランペットやラテン風味のパーカッションも自然に気分を上げてくれる。

 熱心なファンであれば、やさしく語りかけてくるアルバムの幕開けに、前作『初恋』(2018年6月発表)収録の「Play A Love Song」が頭に浮かんだはず。しかしながら、あの頃のマインドからはかなり進んだ境地に今の宇多田ヒカルはいる。「Play A Love Song」では《傷ついた時僕は/一人静かに内省す》《他の人がどうなのか 僕は知らないけど》とどうにか自我を保つように歌っていた彼女が、「BADモード」ではなんと《君のこと絶対守りたい》《今よりも良い状況を/想像できない日も私がいるよ》と他者への愛情を等身大の言葉で温かく歌っていて、我が子に向けた曲とも、友達や恋人に向けた曲とも解釈できる、全ての人に響き得る楽曲を作り上げてきたのだ。これまで見せてこなかったプライベート感、新しい思考を纏った歌の輝きを含め、その進化に冒頭からものすごく驚かされた。進化の要因はおそらく、2021年に自身がノンバイナリーであると告白したことも大きい。今の時代にも合った飾らない生き様がリスナーの支持を集め、ひいてはアルバムのよりオープンかつ大胆な表現へとつながった気がする。

 デビューシングルの「Automatic」(1998年12月発表)でも《七回目のベルで/受話器を取った君》と、2ndシングルの「Movin' on without you」(1999年2月発表)でも《枕元のPHS》と、時代と結びつく固有名詞を飾らず取り入れてきた。そのナチュラルさは《メール無視してネトフリでも観て》《ウーバーイーツでなんか頼んで》と書いた「BADモード」でも変わらない。ダークサイドをほんのり覗かせる一方、遊び心を持った人懐こいアプローチも見せる。さらに、さまざまな感情を切り分けてとらえたりはせず、人間の多面性を肯定するようにポジティブもネガティブもない交ぜにして歌う。それが今作で顕在化したなんとも彼女らしい魅力である。ゆえに、好調な空気も薫る「BADモード」という楽曲が生まれ、盲目の愛を表現した「君に夢中」においては《バカになるほど》という直情的な形容が生まれたと言っていい。
宇多田ヒカル
宇多田ヒカル
アルバム『BADモード』【初回生産限定盤】(CD+Blu-ray+DVD)
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OKMusic編集部

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