ジェイソン・ハウランド「“自分探し
”をしている物語に惹かれた」~ブロ
ードウェイの第一線で活躍する音楽家
が作る、ミュージカル『東京ラブスト
ーリー』の世界とは

漫画家・柴門ふみが1988年に発表した『東京ラブストーリー』。地方から東京に出てきた若者たちが仕事に恋に悩み成長していく、瑞々しい群像劇だ。社会現象と呼ばれたほどの人気を誇った1991年のテレビドラマ版が記憶にある方も多いだろう。その作品が、このたびミュージカル版として生まれ変わる。出演は「空」「海」の2チーム制で、愛媛から東京に上京をしてくる主人公・永尾完治は柿澤勇人(空)と濱田龍臣(海)、帰国子女の自由奔放な赤名リカは笹本玲奈(空)と唯月ふうか(海)、モテ男の研修医・三上健一は廣瀬友祐(空)と増子敦貴(海)、完治と三上の高校時代の同級生・関口さとみは夢咲ねね(空)と熊谷彩春(海)が演じる。
音楽は日本で初演されたオリジナル・ミュージカル『生きる』の作曲家でもあるジェイソン・ハウランド。『Beautiful:The Carole King Musical』ではグラミー賞ベスト・ミュージカル・シアター・アルバム賞を受賞しているが、さらに今年は『パラダイス・スクエア』でトニー賞オリジナル楽曲賞にノミネート。ブロードウェイの第一線で活躍している音楽家である。
11月27日の開幕に先立つこと約4ヵ月、7月末からは実際に俳優たちが楽曲を歌い、台詞を口にして作品をブラッシュアップするワークショップが行われており、そのためにジェイソン・ハウランドも来日。6日間のワークショップの最終日には、総仕上げとして、動きはつかないものの全編の“通し”が行われた。興奮冷めやらぬその直後、ジェイソン・ハウランドに話を訊いた。
ジェイソン・ハウランド
ーーまずは、今年のトニー賞ではノミネートおめでとうございました。……「おめでとうございます」は受賞までとっておくべきでしょうか?
いえいえ、今回は受賞とはなりませんでしたが、ノミネーションはされましたので、ありがとうございます(笑)。トニー賞授賞式ではちゃんと『パラダイス・スクエア』のパフォーマンスもできましたし、その歌を歌った女優さん(ジョアキーナ・カラカンゴ)は無事にミュージカル主演女優賞に輝きました。私はその時、実際にラジオシティ・ミュージックホールの客席に娘といたのですが、彼女が舞台上で受賞のコメントをする中で、名指しで「サンキュー、ジェイソン・ハウランド」と言ってくれて。隣にいた娘は号泣です(笑)。とても美しい夜でした。
ーー『東京ラブストーリー』はノミネーション後、1作目でしょうか。
確かにそうですね。構想段階から入れると3年前から作業していますが、作曲した作品として皆さんにご披露するものとしては1作目です。とてもエキサイティングなことだと思っています。
ーーハウランドさんの新作を日本で拝見できることが楽しみです。そもそもこの『東京ラブストーリー』のオファーがあった時、ハウランドさんはこの物語のどの部分に惹かれて、お引き受けされたのでしょうか。
『生きる』でご一緒したホリプロのプロデューサーにお話をいただいたのですが、その方はプロデューサーとして、どういうお話が舞台上で映えるかを大変よくわかっている方です。ですからそこは信頼していたというのと、実際に物語として私が惹かれたのは、4人の若者たちが学校を卒業し、東京に居を移し、その環境の中で“自分探し”をしている物語だということ。私も、学校を卒業した時にそのまま車に乗って、誰も知り合いのいないロサンゼルスに行って仕事をしたんです。それは作曲家のフランク・ワイルドホーンのもとでの仕事だったのですが、その仕事を終えて彼の家を出た時に「ここはどこ、誰も知らないこの場所で、自分は何をすればいいのだろう」と思った。それは22、23歳頃の人が抱く、人生に対する漠然とした不安のようなもの。だから『東京ラブストーリー』の登場人物たちの悩みや不安を僕はすごくよくわかったんです。それから、そのプロデューサーが手作業でフキダシに英訳を書いてくださった漫画を読んで「カンチ、セックスしよ」ってところで大声で笑いました(笑)。そんなこと言う人いる!? と。その台詞を読んだ時、すごく楽しい作品だなと思い、「やります」とお返事しました。
ジェイソン・ハウランド
ーー日本でこれまで上演されているミュージカルに比べると少し毛色が違うな、と私などは思ったのですが、そういった思いはありませんでしたか?
私はそうは思わなかったな。ミュージカルとして成立する物語というものは、芯にテーマがきちんとあり、そして登場人物が何かを必要としている。『東京ラブストーリー』の登場人物たちも、自分は何になりたいのか、どういう人になりたいのかという、アイデンティティを探し求めています。完治のように迷いに迷い不安定な人も、尚子(三上の同僚、綺咲愛里が演じる)のように「お医者さんになる」と道が定まっているように見える人も、どのキャラクターも自分探しを通し変貌を遂げる。しかも「自分とはどういう存在か」を探るのはミュージカルの真髄だとも思います。ですからこの物語をミュージカルにするというのはとてもグッドアイディアですよ。
ーー今回は原作の漫画を基にしているとは聞いていますが、本作は日本ではドラマとして非常に有名です。そのことはハウランドさんはお聞き及びですか?
はい、そのようなお話を聞いた時に、私は「これって、日本版『フレンズ』っぽいね」とプロデューサーにお伝えしたんです。そうしたらプロデューサーは「そうです!」と即答した(笑)。僕らの国にもトレンディ・ショーと呼ばれる若者たちの群像劇はありますから、「そういうことね」とすぐ理解しました。
ーーさて、(取材時)本番までまだ約4ヵ月ある段階ですが、先ほど6日間にわたるワークショップの総仕上げとして、全編を通し終えたばかりです! 現在の心境は。
とても良い気分です。今日の昼間の時点で、50か所ほど大変更をかけたんです。例えばこの曲をやめて違う曲を入れようとか、シーンの順序を入れ替えたりもした。その上で今日通しをし、変更が反映できたところもあればできなかったところもあるけれど、これは開発途上のミュージカルにはよくある作業。今日はとてもいい結果が出たと思います。
ジェイソン・ハウランド
ーー音楽がとてもキュートでした。ハウランドさんの今までの作品と比べるとずいぶんポップス寄りに思えたのですが……。
それは意図的です。登場人物たちがとても若いですので。彼らは若いエネルギーがあり、それをとりまく環境がある。そこから成長していく、というのが主眼ではありますが、最初の彼らの人としての不安定さ、「ここからどうなるんだろう」というところは、早いビートが刻まれるようなポップスと非常に相性がいい。だけど、話が進んでいくと音楽的にも成熟していきます。例えばリカには一幕終わりに大曲がありますが、それはポップソングを超えた壮大さのある歌になっている。なぜなら「自分は何に傷付いているのか」という気付きが彼女を成長させているから。リカとさとみが後半で「自分はもっとちゃんと選ぶべきものを選ばなければ」という意志を歌うデュエットナンバーも大人の曲になっていますし、最初はセクシーミュージックを歌っていた三上が「この人と結婚する」と決意を歌う曲もポップソングではなくミュージカルならではの楽曲です。完治はある会社で自分たちの商品を使ってもらうことをプレゼンする場面で『プライド』という曲を歌いますが、これはワルツがあったりコードが不思議な展開をしたりしています。つまり、地元で生活してきた人が東京で成果を出す、人生の決断をする、その過程の中で歌う音楽の質がどんどん変わっていく、ということは意図的にやっています。
ーー地方在住の若者が都会に憧れるというのはどこの国でもあることだと思いますが、“東京”ラブストーリーということで、東京という土地であることはサウンド的には意識されていますか。
正直に言うと「NO」ですね。私はアメリカ人ですので何かを限定的に考えようとすると、どうしても視点は西洋から見たものになってしまいます。日本だから和太鼓だね、みたいなことになるとプロデューサーは「なんで?」って顔をするわけです(笑)。つまりそれは自分が、色眼鏡で見てしまっているんですよね。ですからそれよりも、感情的にこの物語に沿う音楽のチョイスをしています。そもそも良いミュージカルは、“地元”は関係ないと思っています。『ビリー・エリオット』も『ヘアスプレー』も『メリー・ポピンズ』も、書かれたとおりのものを上演して、日本で受け入れられていますよね。キャラクターの中の真の感情に寄り添えば、どこを舞台にしていても、それをどこで上演しても、成立すると思います。
ーーハウランドさんが今回、最初に思い浮かんだ曲、ここから書き始めたという音楽を教えてください。
M3(『この街で生きる』、制作発表でも披露され、劇中リプライズも何度か登場するナンバー)と、M8(『WA・HA・HA』)がほぼ同時にできました。あとはM14『声を上げよう』は書いていてすごく楽しかった。楽曲を作る上で「こういう曲にしたい」という設計図みたいなものをもらうのですが、「声を上げて」というような歌詞が欲しいというようなことが書いてある説明文を読んですぐ「この曲、わかった!」と書き始めました。
ーー『生きる』などもこういったワークショップを重ねて作品を作り上げたと聞いていますが、このように作り上げていく作業は、日本ミュージカル界の一般的な作り方に比べるとずいぶん贅沢で丁寧に思え、大作への期待が高まります。現在、創作の何合目くらいなのでしょうか?
7合目かな。7合目……だといいな、というところですね(笑)。ここから先も各セクション、全員が手直しをやらなければいけません。とはいえ今2合目だと困っちゃう(笑)。でも実際のところは、最終的にお客さまが入ってからわかること。観客が、メイキングシアターの中で一番大切なピースです。そしてそろそろお客さまが入る想定でものごとを考える段階に入り、心の準備も覚悟もできてきています。私自身、開幕が待ちきれない思いです。
ジェイソン・ハウランド
取材・文=平野祥恵    撮影=池上夢貢

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