Pカンパニー15周年企画〈ベツヤクづ
くし〉について、演出・企画制作の林
次樹に聞く

2020年3月に亡くなった劇作家・別役実を偲ぶ〈別役実メモリアル〉に、15周年を迎えるPカンパニーが〈ベツヤクづくし〉として参加して、全部で8作品を上演する(2本立て4連続公演)。第1弾はベツヤク流ノンセンス・ブラック・コメディの『トイレはこちら』と『いかけしごむ』。これまで別役の新作に何度も出演し、今回は企画・演出を手がける林次樹に、別役劇の魅力について話を聞いた。
■〈別役実フェスティバル〉から〈別役実メモリアル〉へ
──まず、はじめに〈別役実メモリアル〉の取り組みについて教えていただけますか。
林 最初は燐光群の坂手洋二さんから、「別役作品の上演を企画していたけれど、亡くなられたので、何かつながりの持てる公演ができないか」という提案があったので、せっかくだから、みんなでやってみようと思って。いまから7年前のことですが、2015年3月から翌年の7月にかけて、けっこう大きな規模の〈別役実フェスティバル〉を開催したこともありましたし。
──7年前は文学座の鵜山仁さんが〈別役実フェスティバル〉の実行委員長を務められて、そのとき、鵜山さんは劇団昴で別役さんの初期戯曲『街と飛行船』を演出されました。
林 当時の鵜山さんは、芝居を「点」でやらないで、「線」でつないで、ひとつのテーマにこだわって上演しようとしていました。たとえば、その年の文学座は〈シェイクスピア祭〉と名づけて、シェイクスピア劇を連続上演していましたから、別役作品を初めて演出するときにも、他の劇団とつながりが持てないかと昴の制作をしていた磯辺万沙子さんに相談したらしく、それでこっちにも話が来ました。それでこちらも「ぜひやりたいですね」と参加することになって。そのときの別役さんは、すでに病気で元気がなかったので、「別役さん、こういうフェスティバルをやりますよ」と伝えて、元気づけたいという気持ちもあったんです。
──2021年6月、燐光群は別役実短篇集「わたしはあなたを待っていました」と題して、ふたり芝居を2作品ずつ4本上演しました。これが〈別役実メモリアル〉のはじまりですね。
林 その前に、別役作品でつながりの持てる公演をどういうかたちにするかという話し合いをしました。「わたしはあなたを待っていました」は半年後の予定だし、いまからでは7年前の〈別役実フェスティバル〉のように参加団体を募ることもできない。もう別役さんは亡くなられているんだから、追悼のために、とりあえず別役作品を上演しませんかということになった。そこで著作権継承者のべつやくれいさんにお願いして、少し上演料を安くするという特典を付けてもらい、公演チラシには、れいさんのイラスト入りのロゴを入れるという条件で、緩やかな〈別役実メモリアル〉を始めることになりました。条件が緩いので、その代わりに、3年ぐらいの長い期間を設定してスタートしたんです。
──〈別役実メモリアル〉のひとつが、今年の9月から10月にかけて名取事務所が上演した3作品ですね。
林 だから、本当にこじんまりとしたものです。兵庫県立ピッコロ劇団が、公演ごとに〈別役実メモリアル〉のロゴを入れて上演してくださっていますし、他にもいくつかの劇団が参加してくれる予定です。
Pカンパニー15周年企画〈ベツヤクづくし〉のチラシ。

■『トイレはこちら』と『いかけしごむ』を選んだ理由
──今回はPカンパニー創立15周年として〈別役実メモリアル〉に参加するかたちで、「ベツヤクづくし」として、2本立てを4公演、全部で8作品を上演されます。その第1弾として『トイレはこちら』と『いかけしごむ』を選んだ理由を聞かせてください。
林 きっちりした理由があるわけではなく、たまたま『いかけしごむ』をやる木村万里と磯貝誠が、上演を目的としない勉強会として、1年ぐらい前から月に2回ぐらい『いかけしごむ』に取り組んでいたんです。コロナの前までは、Pカンパニーの稽古場(西池袋・スタジオP)でも自主公演をときどき上演していたので、まもなく劇団創立15周年になるし、別役さんの作品をいっぱいやりたいなと思ったときに、だったら、彼らが取り組んでいる『いかけしごむ』をレパートリーに入れてしまおうと。
 それから『いかけしごむ』と組み合わせて上演する作品を考えましたが、現実的な理由から、セットとしてあまり変化のないものでないとできないので、電信柱とベンチでできる作品、そのなかでも喜劇性が強い『トイレはこちら』を選びました。以前にもPカンパニーでこの作品を上演したことがありますし、そのときは、ぼくが男の役で出ました。
──初演時はドリフターズの高木ブーさんがやられた役ですね。
林 そうです。女の役は水野ゆふで上演しました。Pカンパニーの稽古場で上演したんですが、そのときは『天才バカボンのパパなのだ』とカップリングで上演して、『天才バカボンのパパなのだ』の最後の場面で、トイレを終えて出てくる男がいるんですが、それを『トイレはこちら』の男が出てくるというお遊びをトイレつながりでやったりしました。
 ですから、第1弾は電信柱とベンチでやれる作品、そして、第3弾の『消えなさいローラ』と『招待されなかった客』は、別役さんがずっと「テーブル芝居」と呼んでいた、大きなテーブルが真ん中にあって、そのまわりでくり広げられる作品です。ぼくのなかでは渋谷ジァン・ジァンの空間がすばらしかったので、あそこでやった2パターン、電信柱とベンチでやる作品と「テーブル芝居」をやりたかったんです。
 『トイレはこちら』と『いかけしごむ』はかなり喜劇性の高い作品で、『いかけしごむ』は、後半、かなりグロテスクになっていきますが、『トイレはこちら』はバカバカしいままで終わる。別役さんはずいぶん前から「不条理は喜劇でしか成り立たない」とおっしゃっていましたが、その最たるものではないかと思います。

■リアリズムと不条理のはざま
──『トイレはこちら』は1987年、『いかけしごむ』はその2年後の1989年に、かたつむりの会によって初演されました。どちらも手に持ったものがキーワードになっていたり、それぞれの登場人物がなんらかの闇を抱えています。ふたつの別役劇を重ねて上演することで、都市生活者が抱えている闇が、より浮き彫りになる感じがします。
林 『いかけしごむ』はかなりグロテスクで、バラバラ殺人が実際に道具として出てきますが、あくまでも会話そのものは喜劇仕立てで進んでいきます。『トイレはこちら』はかなり軽い感じなんで、上演する順番も『トイレはこちら』から『いかけしごむ』という流れにしたんです。
 最初のうちは、『トイレはこちら』のバカバカしい笑いのなかで、お客さまは「ああ、そうだよね。みんな、こんなことで悩んだりしてるけど、結局、悩みって、くだらないことだったりするよね」といった実感から、2作目の『いかけしごむ』になると、スタートから徐々に深刻な闇の方へ引きずりこまれていく。舞台上で展開する女と男のどちらの主張が真実なのか、まるでわからないような作品で、そのうえ別役さんの作品にしては珍しく「リアリズム」という言葉が出てくる。
──しかも、何度も出てくるんですよね。
林 これがキーワードになってくれると面白いかな。つまり、別役さんのおっしゃるリアリズムというのは、ぼくも答がわかっているわけじゃないですけど、『いかけしごむ』を見て、その不条理な状況とか、それぞれの人物の抱えている問題みたいなものが浮き彫りにされていく。
 それは「あなたにとってのリアリズム」というようなこと……あなたにとっての真実は、他の人にとっての真実ではないかもしれないというような、別役劇の通底に流れている対人関係の問題に、『いかけしごむ』はちょっとエグく踏み込む感じがしています。その答はわからないし、自分の考えを押しつけるつもりもないんですけど、お客さんに別役さん流の不条理の喜劇性みたいなもの、リアリズムと不条理のはざまみたいなものを感じとってもらえたらありがたいなとは思っていますね。
『ベツヤクづくし』
■わからなさという魅力
──『トイレはこちら』の舞台が、まわりに樹が生えているふつうの公園のベンチだとしますと、『いかけしごむ』の舞台は、冒頭で女が「街のもっとも深いところ」と説明します。
林 「もっとも深いところ」、行き止まりのような場所という感じですね。
──これが別役さんがお書きになる童話のなかに漂う暗闇をちょっと思わせます。ここが別役さんらしい、都市の闇から生まれる不思議なリアリズムと言ったらいいのか……
林 男が抱えているビニール袋を、男は「いか」だと思っていて、それが男にとっては、きっと真実なんだと思うんです。ところが、開けてみたら、思わぬものが出てきてしまう。
──しかし、それを持ったまま、「街のもっとも深いところ」から出てみると、それはまた別のものに見えるという……
林 そうなんです。そこが別役さんらしいなと思って。結局、最後まで、見てる側には答を出さないので、『いかけしごむ』も女が言っていることが虚なのか、男が真実と思っていることが虚なのか、結局、答がわからない。最後は混沌としたところに行く感じなんで、別に答を出すつもりはないんですけどね。
 でも、そこが変テコですよね。別役さんの作品の結末は「ええ? どっちなの?」と思わせるものは何本かある。ふつうは最後には答を出すんですよね。どんでん返しがあって、「そうだったのか」とお客さんは納得して帰ると思うんだけど、別役劇の場合は「ええ? どうなの?」という宙ぶらりんのまま、放置される。
──量子論みたいに、位置がわかると速さがわからない。速さがわかると位置がわからないといった感じです。
林 ぼくにはそんなことを読み解く能力もないし、ただ好きでやってるだけなんだけど、そのわからなさがやっぱり好きなんですよね。
──それは戯曲を読んでいるだけではなかなか感じることができなくて、舞台で俳優が台詞を言って動いてくれることではじめて、何かが確かめられる気がします。
林 ぼくは別役さんの芝居をやりたくて、木山事務所に入って、最初に中村伸郎さんの別役作品に関わることができたし、その後も三木のり平さんの別役作品に関わることができたことを、とてもありがたいと思っているんです。
 だからと言って、別役作品について語れるかというと、ぜんぜん語れなくて、わからないことだらけという感じなんですけれど、だから好きなのかなあ。そんな別役劇を思い出すための〈別役実メモリアル〉ですので、ぜひ足を運んでいただければと思います。
取材・文/野中広樹

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