柚希礼音・ソニンら、自由を求めて闘
う”私たち”の物語 ミュージカル『
FACTORY GIRLS〜私が描く物語〜』初
通し稽古レポート

19世紀半ば、アメリカ北部で実際に起こった女性の権利を求めた労働運動をテーマに、日米共作のオリジナル作品として世界初演を果たし、2019年読売演劇大賞優秀作品賞を受賞するなど高い評価を得たミュージカル『FACTORY GIRLS〜私が描く物語〜』待望の再演が、2023年6月5日(月)東京国際フォーラム ホールCで開幕する(6月13日(火)まで。のち、6月24日(土)~25日(日)福岡・キャナルシティ劇場、6月29日(木)~7月2日(日)大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールで上演)。
ミュージカル『FACTORY GIRLS〜私が描く物語〜』は、2019 年、アメリカ・ブロードウェイで活躍する新進気鋭の作曲家コンビ・クレイトン・アイロンズ&ショーン・マホニーの原案と楽曲を元に、いま社会で起こっている問題をエンターテイメントの醍醐味のなかで届ける「社会派エンターテイメント」を志向し、秀作を発表し続けている作・演出家、板垣恭一が書き下ろしたオリジナルミュージカル。作劇のなかで板垣が、必要な楽曲の歌詞をアメリカに送り、新曲を多数書いてもらうというやりとりを経て、かつてない日米のクリエイターによる日本発のオリジナルミュージカルが誕生。自由を求めて闘った女性たちの連帯の物語が大きな話題となり、長く再演が待ち望まれていた。
そんな作品が、コロナ禍の日々を経た2023年満を持して再始動。女性の権利を求めて労働争議を率いた実在の女性サラ・バグリー役に柚希礼音。サラと固い友情を結びながらも、女性が文章など書けるはずがないと思われていた時代に、サラとは別の方法で女性の社会進出を進めようとする「ローウェル・オウファリング」の編集長ハリエット・ファーリー役にソニンをはじめとした多くの続投キャストと、平野綾、春風ひとみ、水田航生、寺西拓人などの魅力的な新キャストが集結。今に続く「私たち」の戦いの物語がブラッシュアップを重ねて再登場する。
その再演の幕を開ける為の稽古が続く快晴の5月22日。都内稽古場でマスコミ各社に向けた公開稽古と囲み会見が行われ、貧しい家族を助けるためと自由を得るために、産業革命により大規模な紡績工場が誕生したローウェルに、ファクトリーガールズとして働くべくやってきた主人公サラが、まるで機械の一部のように働かされているガールズたちの現実を目の当たりにする「M3 機械のように」。書き手も女性、編集者も女性という、当時画期的だったガールズたちの寄稿集の編集長を任されたハリエットのもとに、ガールズたちが思い思いの原稿持って集う「M8 ローウェル・オウファリング」。劣悪な労働条件を改善したいと願いながらも、仲間に迷惑をかけることを恐れるサラが自分の剣はペンだと心を決めていく「M20剣と盾」。そして、ある悲劇をきっかけに遂にガールズたちが実力行使に出る「M25ストライキ」と、初演から強い印象を残していた力感の強いナンバーが披露され、キャストたちが放つ熱気で稽古場の温度がどんどん上がってくるように感じられた。
特に耳に強く残るナンバーが、よりスピード感を増したダイナミックなものになっているのに驚かされたが、再演に際して振付が当銀大輔に一本化されただけでなく、すべて新たな振りがついているとのことで、迫力の増し方が半端ではない理由の一端を知る思いだった。
続いて行われた囲み取材に登場した脚本・歌詞・演出の板垣恭一、キャストを代表して柚希礼音、ソニン、実咲凜音、清水くるみ、平野綾も口々に全く初演をなぞっている感がなく、新しい作品に取り組んでいるとしか思えないと話し、新曲も加わった作品が進化を続けていることに高揚した様子と手ごたえが伝わってきた。
ここで公開稽古及び囲み取材は終了。メディアが退出したあと、抜き稽古による確認を経て、いよいよ今回の稽古日程で初となる、1幕、2幕の通し稽古が行われた。わずかな間にも、そこここで振りを確認し、台詞を言い続けるなど、それぞれの準備に余念がないキャストたちのなかで、この再演からカンパニーに加わったベテランの春風ひとみが、静かに稽古場の一角に座って待機しているところに、スタッフが次々に話しかけにいき、台本を手に様々なやりとりをしている姿が全く異なる空間に見え、ソロミュージカル、台詞劇、こうした大舞台のミュージカルと、あらゆる経験を積んでいる春風の醸し出すオーラに圧倒される。
これが初通し稽古とあって、照明や音響などスタッフの紹介があり、拍手のなかオーバーチュアが流れ出して、通し稽古がスタート。公開稽古で行われた楽曲をはじめ、懐かしい印象的なメロディーが次々に奏でられ、やっぱりミュージカルのオーバーチュアは良いなと心躍る。特に楽曲を口ずさめるようになってから聞くオーバーチュアには、初見とは全く違う醍醐味があって、リピート観劇の楽しさを倍増してくれる贅沢な時間だ。
この物語は、全米で大ベストセラーとなった詩人であり作家のルーシー・ラーコムの回想記「A New England Girlhood(ニューイングランドでの少女時代)」が元になっていて、作家であるオールドルーシー=春風ひとみの回想からはじまる。つまり冒頭で歴史背景などを解説する役割でもあり、春風の口跡の良さが際立つ。
そのままソニン演じるハリエットが紹介され、続いて柚希礼音のサラが登場して二人の出会いから、当時としては最先端の自活を目指す女性たちの旅立ちへ。稽古場には木で作られた本番同様の形のセットがあり、キャストたちがそれを移動していく様や、舞台を縦にも使った乘峯雅寛の装置が、カンパニーを支える様々な役柄を演じる面々だけでなく、多くのキャストが加わって転換される妙に引き込まれる。
そんな冒頭のシーンが終わると、希望に燃え決意を秘めたサラのまっすぐな表情のまま袖位置まで走りこんできた柚希が、レポートのため稽古場の隅でなるべく気配を消しているつもりで見学していたこちらに、破顔一笑の明るい笑顔を向けてくれて、度量の深さに心が温かくなる。
それもつかの間稽古場中央にとって返したサラの柚希が、ローウェルで宿を求めたのは春風が二役で演じるラーコム夫人の営む寮。「若い時の私よ!」と、オールドルーシーとして、40年前の自分である清水くるみのルーシーを紹介し、一気にその母親のラーコム夫人へと年齢を自在に行き来する春風の巧みさで、全く場が混乱しないのはさすがだ。
そこから、サラがはじめて工場に出勤するシーンへ。原田優一演じる工場長アボットの、相手によって豹変する表情変化にも初演からさらに複雑さが増している。どちらかというとブラックユーモア味が強かった初演のアボットの印象がやや後退して、笑顔のなかにも不遜なものが隠れていることがよくわかる、より只者ではない感が立ち現れているのが、全体の印象を変えるほど大きな効果になっている。それが、富める者とそうでない者の二極化が進み、持たざる者の間でさえ底辺を争うかのような対立が悲しいかな深まっていると感じる現代に直結する問題をより象徴して見せてくれている。
公開稽古でも披露された「機械のように」でも、通して観ると更にこの紡績工場での過酷な労働の非人間的な部分が、新振り付けで非常に明確になっているのが伝わってくる。周りを見ながら仕事を覚えていくサラ、どんなに過酷な労働であっても、賃金が得られることが勝る実咲凜音のアビゲイルをはじめとした、ファクトリーガールズたちのダンスと歌に、監視している男性社員も加わってゆくコーラスの厚みが聞かせた。
このナンバーの力感は作品のなかでもひとつの大きな見どころで、会見でマーシャ役として初参加の平野が「曲もフォーメーションも難しく、チームワークが大切で、1日の稽古の終わりには、必ずやらせていただいています」と“1日1機械のように”がルーティンになっていることを語っていて、「私はブロック違いの工場にいて(このナンバーには)出ていないのですが、いま絶賛覚え中なので、千穐楽には混じりたい」と笑わせたハリエットのソニンの気持ちがわかるような気がした。
一転、パーティを控えショッピングに繰り出し、おしゃれをしたい!とガールズが浮き立つ場では、平野マーシャのキュートさが弾ける。引っ込み思案のフローリアの能條愛未に「美人なんだから堂々と歩きなさい!」とはっぱをかけるシーンも快活そのもの。初演からの年月で、数々の舞台と役柄を経験してきた能條の存在感が目を見張るほど大きくなっているのも印象的で、この明るい場面の運動量とスピード感も相当なものだ。
ここから怒涛のように続いていく物語のなかで、女性が自分で生きる糧を見出せる「理想の工場」の象徴として、ガールズの寄稿誌「ローウェル・オウファリング」の専任編集長に選ばれるソニンと、過酷になるばかりの労働時間を人間的なものに戻そうとするサラの、女性の社会進出に対する志は同じでも、立場を異にしていく葛藤が描かれていく。
「三年半経って、みんなが歩んできたもの、いま感じるものを伝えようとしている。振り付けも変わっているので、新作を作っている気持ちです」と会見で語った柚希が、サラの作品のなかでの成長を的確に描いていく様が、はじめから強いリーダーではなく、仲間を思うからこそ先頭に立っていく道を選んでいくサラの造形をくっきりと浮き立たせた。一方「再演ってキャストが変わるくらいで、ほぼベースは変わらないのですが、今回は振付、台詞、曲も変わっていて、それはオリジナルだからこそできることなので、私も新たなハリエットを作りたい。『新生FACTORY GIRLS』を楽しみにしていて欲しい」というソニンも、会社に利用されているのを知りつつも、その機会を逃さずに女性でもできることを世に知らしめたいと願うハリエットが、“策士ここにあり”の貫禄で立ちはだかる、マサチューセッツ州議会議員で「ローウェル・オウファリング」の発行人であるスクーラーを、感心するしかないほど完璧な嫌な奴として演じ切る戸井勝海と対峙していく様に、必死に先を読もうとする鋭敏さがにじんでいく。
そのハリエットの前に、アメリカ横断鉄道の実現を夢みて、ともに理想を目指そうと現れるスクーラーの甥ベンジャミンとして水田航生が初登場したことも大きく、出た瞬間に漂う王子様感がハリエットの用心深さ、張り詰めた心にふと揺らぎを起こす要因になることがひと目でわかり、稽古着でさえこうなのだから、衣装をつけた姿はいかばかりかと思われた。
一方で、男性と同様に働いても半分の賃金しかもらえないガールズたちよりも、更に劣る賃金で働かざるを得ない移民で、労働新聞「ボイス・オブ・インダストリー」のライター、シェイマスにも寺西拓人が新加入。ティーンエイジャーも溌剌と演じられる寺西が、サラに自分の文章を武器に労働争議へ身を投じることを決意させる、自らを「革命家」と述べる人物を骨太に表現しいて、これはなんとも嬉しい驚き。着実に力をつけている寺西の新たな魅力も炸裂するだろう舞台への期待が増していく。そのうえで十分に華やかだからこそ、シェイマスを「運命の人だ」と舞い上がっていたルーシーの清水くるみが、「サラと話したいのでちょっとはずして欲しい」と言われ、大ショックを受ける表情変化には、稽古場から思わず爆笑が起こったほど。「(初演を)覚えているところが多いからこそ、なぞるのはいやなんです」と語った通りの、清水の進化も多くのシーンで如実に表れている。
そうした様々な発見があり、登場人物たちそれぞれの立場が鮮明になったところで1幕は終了。インターバルの間にも、確認に余念のない演出の板垣が「三年半経って(初演を)なぞりたくない。たとえ同じセリフでも同じ人でも違うように言いたいし、みんなが『こうしていいですか?』と訊きにきてくれる。カンパニー全員で作っている」と会見で語っていたものはもちろんだし、ロック味を増した楽曲の追加、初演で話題になったシーンも大胆に変更を加えてテーマを伝えることに注力した脚本の刷新が、新たな作品を生み出す力になっているのを感じる。これぞオリジナルミュージカルの醍醐味で、作品が育っていく過程に立てあえる幸福がある。
脚本・歌詞・演出の板垣恭一
一人壁に向かって集中している柚希、台詞をつぶやき続けるソニンの姿と共に、2幕冒頭のアントラクト(間奏曲)に合わせて自然に踊っている水田の姿が実にスタイリッシュで、それぞれのスタンバイに目を引かれながら2幕がスタート。
その2幕ではサラとハリエットの立場の違いがより鮮明になり、講演会で全国を回るハリエットと、長時間労働の撤廃を目指して署名活動を続けるサラが、高さの異なるセットのなかで二重写しになる展開が鮮やか。解雇を恐れてサラの行動に同調できないガールズのなかで、悲壮感を漂わせるヘプサベスの松原凜子と、そんなの無理だってと逃げ回る平野が全く憎めない様の対比も面白い。圧倒的な歌唱力で舞台に厚みを加える松原と、「初参加のプレッシャーはあったけれど、初演の土台があるからこそ、リスペクトをもって新作を作るように稽古に臨んでいる」という平野の個性など再演の華を感じつつ、彼女たちすべての立場を理解し、誰にでも平等に思いやりの心をもって接するアビゲイルの実咲凜音の、凛とした強さの輝きが眩しい。
初演では宝塚の大先輩だった柚希に対して「私が柚希さんの背中を押すなんて、という感じだったのですが、時間が経った今回は感覚が変わりました」と率直に言ったことがうなづける、文句を言っても何も変わらないとボランティアのキルト作りにまで励むアビゲイルの、静かなる強さがにじみ出てくるようで、これは大きな見どころ。みんなと一緒にいることを何より大切にするグレイディーズの谷口ゆうなが、自分で作った歌を歌うことで周りを和ませていく温かさと豊かな歌声にも更に磨きがかかっている。
こうして進む物語のなかで、鼻が真っ赤になるほど本気で泣きながらサラを生きている柚希と、耐えに耐えた思いを噴出させるハリエットのソニンをはじめとした関わる全員が、どんな結末を迎えるのかは是非本番の舞台で確かめ、体感して欲しいが、ひとつ言えるのは舞台がブラッシュアップされ、いまに続く物語に静かな、けれども確かなカタルシスがあることだ。決して暗いばかりの話ではないし、未来を信じて希望を持ち連帯することの大切さを、ミュージカルのエンターテイメントのなかで届けてくれる。この貴重な作品が、本番の舞台、セット、衣装、ライトのなか、これからの稽古期間でさらに高みを目指すカンパニーの力によってどんな完成を見せてくれるのか。
「初演はちょうどコロナがはじまる直前の上演で、(再演との)間にがっつりコロナ禍をはさみ、私たちにもお客様にも違う感性が生まれていると思います。観て損はないと胸をはって言える、活力になる、必ず光をもって帰ってもらえる作品ですので、是非早めに観にきてください」と語ったソニンと「女性が男性と戦った話ではなく、人間としての権利を訴えている作品です。皆さんにワクワクしてもらえる、勇気をもらえる作品なので是非観てください」と力強く言った柚希の言葉通りの、いまこそ伝えて欲しい大事なことが詰まった舞台を、多くの人に受け取って欲しいなと願いながら、熱い拍手で終了した初通し稽古の余韻が残る稽古場をあとにした。様々な役柄で大活躍する面々、一人ひとりにも極めて大きな役割があり、俳優個々の力量も高いこのカンパニーが生み出す舞台を、心待ちにしている。
取材・文=橘涼香 撮影=池上夢貢

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