ポジティブなロックスピリッツと
高い文学性を同居させた
パティ・スミスのパンク期の名作
『ラジオ・エチオピア』
代表的な女性ロックシンガーを挙げろと言えば、誰が思い浮かぶだろう。ただ単にシンガーとすると、すぐに幾つもの名前が羅列されるけれど、ロックとなると古いところでジャニス・ジョプリンや同じスタイルで人気があった英国のマギー・ベル、ジェファーソン・エアプレーンのグレース・スリック、新しいところでビョークとか…案外思いつかない? 吟味すればいろんな人がいるのだが、70年代以降、最も女性ロックシンガーとして、色褪せることなく存在感を示し続けているのはパティ・スミスではないだろうか、と。今回は彼女の名作『Radio Ethiopia (邦題:ラジオ・エチオピア)』('76)を取り上げつつ、リリースされた当時の状況、彼女の活動などを振り返ってみたいと思う。
私自身、その文言に乗せられてデビュー作『Horses (邦題:ホーセス)』('75)をまず買ったのだが、第一印象は世間で言われているような〈パンク=破天荒、過激〉荒々しさをまるで感じることはなく、ずいぶん大人しいというか、文学的だな、と感じたものだった。実際に彼女は女流詩人としてニューヨークのアートシーンでは既に認められる存在だったわけで、前評判とは違ったものの、内容同様その雰囲気を詰め込んだデビュー作は彼女らしさが100パーセント発揮されたアルバムだと言っていい。モノクロームで撮影されたジャケット写真は、かつての恋人であった写真家ロバート・メイプルソープによるもので、これはロック名盤ジャケットの10指に入る素晴らしいものだ。あまり女性的と言えない、かといって男性的とも言いがたい。じゃ、中性的なのかと言われれば、そういうのとも違うのだが、パンクと言われるイメージとは異なる、案外清楚な風を写真から感じたものだった。このデビュー盤は元ヴェルベット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデュースを担当したもので、オープニングはヴァン・モリスンのアイルランド時代のR&Bバンド、ザ・ゼムのヒット曲「グローリア」だ。これには一発でノックアウトという感じだった。ここから何かが始まることを暗示させる、静かなイントロ、後半へ熱を帯びていく展開が最高に格好良い。だが、アルバム全体としてはそれほど激しいロックサウンドが支配しているわけでもなく、パティも痛烈に言葉を吐き出すことも、歌い込んでいる風でもない。ステージでの写真などを雑誌で見ると、相当に激しいステージングを見せているふうだが、その雰囲気はアルバムにはない。そこのところが、物足りなく思えたのも確かだった。
当時を振り返ってみると、パティのいたニューヨークパンク派は彼女の他に、ラモーンズ、テレヴィジョン、リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズ、ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ、ブロンディ、ウェイン・カウンティ&エレクトリック・チェアーズ、少し遅れてトーキング・ヘッズ…等々が、対するイギリス勢はセックス・ピストルズを筆頭にクラッシュ、ダムド、ストラングラーズ、ジャム、ゼネレーションX…等々といったところが有名どころとして認知されていた(あくまでマニアに)。
この時代(パンク、ニューウェイブ)というのは、こうしたバンドがアンダーグラウンドから出没してミュージックシーンを掻き乱しつつあるものの、ストーンズやツェッペリン、エルトン・ジョン、その他のロングヘアーな、一般にはオールドウェイブと揶揄されたバンドが相変わらず幅をきかせており(エルトンは既に髪はなかったが)、アメリカでもイーグルスやドゥービー・ブラザーズ、ジャクソン・ブラウン、フリートウッド・マックらの西海岸ロックがヒット作を連発し、またビージーズが映画『サタデイ・ナイト・フィーバー』で大ヒットを飛ばし、世間では空前のディスコブームが巻き起こっていたのだった。オールドウェイブ勢が作るアルバムがクズばかりというわけではないのだが、何となくポジティブなクリエイティブセンスを感じさせず、惰性でやってるようなロックが蔓延し、それに異を唱えることなくリスナーも受け入れているというユルい状況だったような気がする。一方で、そうしたロックに辟易したマニアなリスナーが飛びついたのがパンクロックであり、もう一つはジャマイカやロンドンを震源地とするレゲエだった。さらに加えるとすれば、カンやファウスト、ノイといった、それまで見向きもされなかったドイツのロックもにわかに注目を浴び始めたという感じだったろうか。
このドキュメンタリー映画『Blank Generation 』は時代のアンセムというか、言うまでもなく、リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズの代表曲からタイトルは取られている。ちなみに、この映画を監督したのはパティ・スミス・グループのアイヴァン・クラールだ。映画は京都での上映会から何カ月かして、一度テレビ(たぶんNHK)でも放映されたのを観たような記憶があるのだが、曖昧な記憶でやや心許ない。試しに動画サイトをチェックしてみたのだが、見当たらないのだ。映像の中ではパティの姿は文句なしに格好良かった。颯爽としていて尖っていて、緩んだところが微塵も感じられない。意外だったのは、トレーニングジムに通って懸命に筋トレに励んでいるシーンが有り、あの痩せた体躯も不健康な生活によるものではなく、シェイプアップしているのだな、と、やけにと感動したものだ。そんなシーンを確かに観たと思うのだが、本当かと問われると心許ないのだ…(すいません)。
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