『Crosby, Stills & Nash』

『Crosby, Stills & Nash』

CS&Nが残した
米国フォーク/ロック史に残る
大傑作『Crosby, Stills & Nash』

米英のフォークやロックに及ぼした
影響は計り知れない

アルバム『Crosby, Stills & Nash』の期待を上回る出来映えで、彼らはいきなりビッグネーム、トップアクトの座を得る。アルバムを出したのなら次はライヴパフォーマンスである。だが、この段階でCS&Nの3人でライヴを披露したという話は聞いていない。ほどなく、スティルスの提案で、バッファロー~時代の同僚、ニール・ヤングが招き入れられる。そして、CS&NはCSN&Yへと発展する。どうしてニール・ヤングを加えることになったのか、真意ははっきりと分かっていない。凄腕のソングライターであるヤングを加えて、ユニットの楽曲面での強化を図ろうとしたとも、ニールのアグレッシブなギターを足したくなったとも、力関係のバランスを取るために旧知のヤングをスティルスは引き込みたかった等々、いろいろ言われているがよく分からない。

ニール・ヤングにしてもソロデビューの計画を着々と進めていた時期であり(『Crosby, Stills & Nash』のレコーディングとほぼ同時に1stソロ作『Neil Young』の制作が行なわれ、1969年1月にリリースされている)、CS&Nに加わる必要も実のところなかったと言われている。一説にはビッグネームのユニットの一員に加わることでの自分の知名度もアップし、宣伝となることを「それも悪くないか」と目算したという話もある。

そしていよいよ、ヤングを加えてライヴを、というタイミングでビッグなオファーが舞い込んでくる。それが愛と平和の3日間『ウッドストック・ミュージック&アート・フェスティヴァル』だった。今思えばとんでもない豪華アーティストが揃ったあのビッグフェスだが、主催者のマイケル・ラングが確信していたのは、あのフェスの目玉になるのはCSN&Yとジミ・ヘンドリックスだった。映画の中ではトリを務めたジミ・ヘンドリックスは別格だが、スライ&ファミリー・ストーンもいい場面をかっさらうし、ザ・フーの強烈なパフォーマンス、熱波のようなサンタナのステージ他、白眉となるパフォーマンスが続出した。

その中で、もちろんCSN&Yも観ているものの目を釘付けにするようなシーンを披露している。どういう理由なのか、映画ではニールの姿は映っていない(はず)のだが、ショーの中で3人のうちの誰の喋りだったか忘れたが、このステージが我々の2回目のものだ(1回目は半月ほど前に行なわれたニューヨークのフィルモア・イースト)と告げている。観客の熱狂もすごいものだった。その中で彼らはすでに超大物の貫禄を見せつけている。『ウッドストック』の音源も近年きちんと整理され、当日のCSN&Yのステージは(1)「Suite:Judy Blue Eyes(邦題:青い目のジュディ)」(2)「Guinnevere」(3)「Marrakesh Express(邦題:マラケシュ行急行)」(4)「4+20」(5)「Wooden Ships」の音源が残されている。そして、映画を締め括るロールテロップに流れるのもCSN&Yの「Woodstock」(ジョニ・ミッチェル作)である。

『ウッドストック』後はヤングも含めた文字通りCSN&Yによる大々的な全米、ヨーロッパツアー(『Carry On Tour』)が組まれ、合間を縫うように次作『Deja vu』のレコーディングが敢行され、同作は翌年1970年3月にリリース。たちまちチャートの1位を獲得する。本作はCSN&Yの他、バックアップミュージシャンとしてドラムにダラス・テイラー、ベースにグレッグ・リーヴス、そしてゲストにジェリー・ガルシア、ジョン・セバスチャンらが名を連ねている。私事になるが、2004年にジョン・セバスチャンにインタビューをした時に「あなたの名前を知ったのはCSN&Yのアルバムが最初でした」と告げると、「懐かしいなぁ」と言い、とても嬉しそうだったことを覚えている。

『Deja vu』は前作『Crosby, Stills & Nash』よりも好成績を残すものの、どこかまとまりを欠いたアルバムだという印象がある。佳作が並んでいるし、冒頭で紹介した「Teach Your Children」や「Our House」のような温かな曲もある。クロスビー、そしてヤングも自分の持ち味を生かした曲を披露している。エレクトリックなサウンドに傾いているのはヤングが加入し、その彼を引き込んだ張本人でるはずのスティルスと確執が始まっていたことも関係しているのだろうか。

ヤングとスティルスの確執。その激しさはバッファロー~時代から有名で、時には相手に向かってギターや椅子を投げつけるほどの激しいものだったという。そもそもはスティルスの誘いでニールはバッファロー、そしてCSN&Yに加わるのだが、スティルスとの確執が絶えず、どちらもそれが原因で脱退してしまう。気性の激しそうなのヤングだが、実はスティルスのエゴの強さが半端じゃないらしい。CSN&Y分散後もユニットは再編、リユニオンを繰り返したり、ヤングとスティルスにいたってはスティルスのバンドにヤングが加わるかたちで一度“Stills Young Band”が組まれてライヴ、レコーディング『Long May You Run』('76)も残し、ツアーが敢行されているのだが、案の定、途中でふたりの関係が決裂し、ツアーは終了を待たず頓挫している。

とはいえ、双方の談によれば、ふたりは互いを嫌っているわけでもなければ、仲が悪いというのとも違うのだそうだ。要するに、ぶつかってしまうわけだ。まぁ、それはCSN&Yにおいては他のメンバーもそうで、クロスビーの偏屈ぶりも結構有名である。ナッシュは唯一まともというか、彼からは荒くれ武勇伝などは聞こえて来ないし、表情を見ていると、他のメンバーよりずっと穏やかそうではある。音楽について言えば『Deja vu』ほどではないが、『Crosby, Stills & Nash』にも、どことなく彼らのエゴのぶつかり合いが化学反応を起こしているふうなのが聴き取れるのではないかと思う。この音楽はそうした簡単には妥協しない個性が、運良く融合できた結果生まれたのだと思う。だから、彼ら自身、このユニットが恒久的な活動をするとは最初から考えてはいなかったのだろう。それらしいグループ名など付けず、それぞれの固有名詞をつないだ名称にしたのも合点がいく。2009年には『Crosby, Stills & Nash』レコーディング時、そしてニール・ヤングが加わって間もない頃の音源からなる『Demos』というアルバムがリリースされている。彼らの音楽の制作過程がうかがえて興味深い。

『Deja vu』リリース後に行なわれたツアー中(ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス)のライヴ音源を録り溜め、2枚組アルバムとしてリリースされたのが、『4Way Street』('71)で、ファンがそれを手にした頃にはユニットは一旦終熄を迎える。このアルバムは彼らの代表曲が全て網羅されているが、曲がりなりにもスタジオ作で聴けるような協調性をあまり感じさせず、互いのエゴがぶつかり、しのぎを削るような荒々しい仕上がりとなっている。それぞれのソロ作品も加えられ、もはやユニットというよりは共同体のかたちというべきか。だからと言って、ずさんな演奏やコーラスが記録されているわけではなく、優れた演奏家の集まりである彼らの、ライヴならではのダイナミズムが随所に感じられる。極めつけはヤング作の「Ohio」における彼とスティルスの壮絶なギターバトルだろうか。先述したふたりの確執を如実に感じられる演奏だ。このあと、日本では名残を惜しむように“金字塔”と題されたベスト盤などもリリースされたし、根強い人気を示すように『So Far』('74)というベスト作も組まれたように記憶している。

CSN&Y分散後、クロスビーは1stソロ『If I Could Only Remember My Name』('71)、ナッシュは『Songs For Biginners』('71)といった秀作をリリースする。スティルスはそれより先に『Stephen Stills』('70)という傑作をものにしている。ヤングにいたってはCS&Nに合流する頃にはすでに『Neil Young』('69)、そして、この作何十年も運命を共にすることになる、自身のバックバンドともいうべきクレイジー・ホースとの『Everybody Knows This Is Nowhere』('69)、そして名盤『After The Gold Rush』('70)をリリースし、早くも最初のピークを迎えようとしていた。その後、1972年からクロスビーとナッシュはソロでの活動と並行してデュオというかたちで活動をはじめ、いくつかのアルバムを残している。1975年以降はそこにスティルスも加わって再びCS&Nとしてアルバム制作やライヴも行なわれている。

最初のほうで紹介したが、昨年は“Y”を加えての再編成時のツアーを記録した『CSNY 1974』('14)がリリースされたばかりだが、なかなか重い腰を上げないというか、その必要がほとんどないはずのヤングを加えたCSN&Yでの活動も何度かリユニオンのかたちで実現している。リリースされたアルバム『American Dream』('88)、『Looking Forward』('99)はかつてほどの鋭さはないものの、彼らは彼ら。悪くない。

彼らが米英のフォークやロックに及ぼした影響は計り知れないほど大きいのだが、日本とて例外ではない。そこで最後に“彼ら”のことにも触れておきたい。CS&Nの及ぼした影響ということで、ぜひお勧めしておきたいのが、70年代に日本のフォーク、ロック界で大きな足跡を残したグループ、GAROである。堀内護(昨年の急逝が惜しまれる) 、日高富明、大野真澄からなるグループはまさにCSNのやっているような極めてクオリティーの高い楽曲センスと演奏力、コーラスワークを併せ持ったグループだった。3人という編成もCS&Nと同じで、日高富明はギタリストとしても当時、日本を代表するプレイヤーのひとりだった。大野真澄は楽器は使わず、ヴォーカルのみに専念、というわけで彼はグラハム・ナッシュ役というべきか。「学生街の喫茶店」「地球はメリーゴーラウンド」「美しすぎて」等、ヒット作を連発して歌謡番組にもよく引っ張り出されていたが、もちろん彼らの本領はライヴで、並外れたテクニックは当時の演奏に接した人たちによって今も語り継がれている。動画サイトには彼らがテレビ番組収録のために演奏したCSNの「Suite:Judy Blue Eyes(邦題:青い目のジュディ)」を観ることができる。演奏の一部を披露するという程度のものではなく、本家顔負けの完全カバーとなっているので、興味のある方はぜひ検索してご覧になるのもいいかと思う。
古くからのファンは彼らの来日を指折り数えて待つというところだろうか。彼らの公演期間中、折良く、「テイク・イット・イージー」や『レイト・フォー・ザ・スカイ』などのヒットでも知られるジャクソン・ブラウンがやはり日本公演中であり、公演日の重ならない日には、もしかすると、という期待もある。実現すれば70年代の米西海岸フォーク、ロックを牽引したビッグアーティストのまさかの競演となる。そんな贅沢を夢見てしまうのも、1991年にCrosby & Nashで来日した時にも、これまた日本公演で来日していたThe Orleans(オーリーンズ:日本ではオーリアンズ表記が一般的だが)のリーダー、ジョン・ホールが大阪公演で飛び入りするという大ハプニングがあったからなのだ。

著者:片山明

OKMusic編集部

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