NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』
~ヒロインであるミミの想念が生きる
舞台 ゲネプロ(13日組)レポート

NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(2021年6月12日・13日、日生劇場)公演、今回は6月13日組のゲネプロレポートである。12日組の記事でお伝えした通り、今回の《ラ・ボエーム》はヒロインであるミミの視点で描いたドラマが特徴だ。日生劇場はコロナ対策を慎重に行なっており、昨年11月に上演されたNISSEY OPERA 2020のドニゼッティ《ルチア》(田尾下哲 演出)でも、タイトルロール以外の出演者を舞台脇に配置し、音楽の一部分をカットして、主人公ルチアのほぼ独り舞台として上演していた。今回の《ラ・ボエーム》は2017年の再演であることも踏まえ、演出の伊香修吾は前回の舞台を縮小するという方向性ではなく、コンセプトを再構築し新しい《ラ・ボエーム》の演出を作り上げた。
*この後の記述は今回のプロダクションの特徴についてのネタバレを含みます。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
全4幕に共通するのは、舞台下手側の四つの大きな窓がはめられた壁面と、舞台中央の寝椅子。そして机や椅子などのいくつかの小道具である。舞台奥は映写用のパネルになっているようで、場面ごとに屋根裏部屋の窓からの風景、パリの街並の夜景、そして税関の外に広がる雪景色などが描かれる。第2幕は壁面を残したまま室内がカフェ・モミュスになるという見立てで、ムゼッタとパトロンのアルチンドロは窓から室内に入り込んでくる。第2幕の群衆や、第3幕の物売りたちの声も舞台裏から歌われる。そしてミミは自分の登場場面だけでなく、常に舞台上に存在し、そこで起こっている出来事を熱心に見つめているのだ。ほかの登場人物たちにミミが見えるのは、本来彼女がいるはずの場面だけである。今回の演出で面白いのは、ロドルフォとマルチェッロのやりとりにミミが反応したり、彼女とムゼッタが男たち四人の悪ふざけに仲間入りする演技があることだ。皆が一緒に楽しかったあの頃のように…。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
胸を突かれたのは各幕の終わり方である。第1幕、ロドルフォとミミは愛の二重唱を歌いながら普通であれば二人で部屋を出ていく。ところがロドルフォが去ってしまった後、ミミが戸口のところで独り立ち尽くして幕となる。第2幕は群衆は舞台裏から歌うので姿は見せないし、幕の終わりには4人のボヘミアンたちとムゼッタまでが窓から出て行ってしまってミミは舞台に独り取り残される。もともと2017年には第2幕の最後は群衆が去り、若い6人だけが舞台に残るという演出だったので、ミミが独りになるという終わり方にも強いメッセージがあることが分かるのだ。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
少しほっとしたのは第3幕で、「別れよう、花咲く時に」と言い合ったミミとロドルフォが、身を寄せあって窓から外を見る後ろ姿で終わっていた。そして第4幕。ロドルフォや友人たちが見守る中、ミミは皆が気がつかない一瞬の間に息を引き取ってしまうが、その時に舞台が暗転し音楽的にも長い沈黙が訪れる。自分の青春を走馬灯のように思い出しているミミのドラマとして描かれていたからこそ、彼女の命の灯りが消えたことを示す表現の悲しみが色濃い。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
今回、全四幕に共通する舞台美術に変化をつけるのに大きな貢献をしたのが齋藤茂男による照明であった。第1幕でロドルフォがミミの持っているロウソクに火をつけてあげ、二つのロウソクの灯りがロドルフォとミミを照らして恋を予感させるところ。第2幕ではカラフルな色彩での雰囲気作り。そして第3幕の冷たい青い光など、心理を表現する演出とよく合っていた。
13日組のキャストは全体的に若めでまとまりがある印象。2度目の鑑賞ということもあるのだろう、日本語の歌唱もよりクリアに聴こえてきた。ミミの迫田美帆はイタリア・オペラの歌唱テクニックがしっかりしたソプラノ。控えめだが芯の強いミミを演じた。ロドルフォの岸浪愛学はピュアな声が持ち味で演技も自然。ムゼッタの冨平安希子は歌も演技もコケティッシュな魅力をふりまき役柄にぴったり。マルチェッロの池内響は少し斜に構えた若者らしい魅力に加え、感情が豊かで安定した歌唱が素晴らしかった。ショナールの近藤圭も洒脱な雰囲気で好演、コッリーネの山田大智はまろやかな声。ベノアの清水良一はひょうきんで台詞のキレも良い。アルチンドロの三浦克次は品のある紳士で、最後に会計を済ませ黙って去る姿に哀感を滲ませた。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
宮本益光の訳詞は何度か聴くうちに耳に残る名台詞もあり、また歌手によってその言葉をどう解釈しているかのニュアンスの違いが興味深い。指揮の園田隆一郎はロッシーニ・オペラに造詣が深いことで知られるがプッチーニも秀逸で、緩急のメリハリをつけ歌手たちをたっぷり歌わせる。《ラ・ボエーム》は演劇的にも並外れた傑作であり、登場人物たちの対話と音楽がさまざまな陰影を作り出しているが、園田の指揮はその機微を見逃さない。主役のカップルが歌っているところに他の登場人物たちが口を挟み、それぞれの会話がかなりのスピードで展開する場面なども多いが、そのような場合に必要な人物を浮き上がらせ、しかし脇役のセリフもしっかり聴かせ、なおかつオーケストラがそこに情緒を加えるという全体を作り上げる。新日本フィルハーモニーとC.ヴィレッジシンガーズもマエストロの意図を共有して充実の演奏を繰り広げた。これこそがオペラの醍醐味だといえよう。
NISSEY OPERA 2021『ラ・ボエーム』(撮影:三枝近志)
取材・文=井内美香  撮影=三枝近志

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