南佳孝の真のデビューアルバム
『忘れられた夏』に聴く
名うてのミュージシャンたちの
素晴らしきアンサンブル

『忘れられた夏』('76)/南佳孝

『忘れられた夏』('76)/南佳孝

2001年に発表されたジャズスタンダードをカバーしたアルバム『NUDE VOICE』が6月23日に再発されると聞いて、今週は南佳孝の作品をピックアップ。担当編集者からは『摩天楼ヒロイン』『SOUTH OF THE BORDER』『冒険王』などもいいのではないか…との推しもあったし、郷ひろみのカバー曲も有名な「Monroe Walk」が収録された『SPEAK LOW』、あるいはスマッシュヒットした「スローなブギにしてくれ (I want you)」の『SILKSCREEN』収録もあるかな…と思ったが、ここは本人が“本当のデビューアルバム”という2ndアルバム『忘れられた夏』に決めてみた。

デビューは邦楽シーンの端境期

これは相当に自由な精神が発揮されたアルバムであろう。それが『忘れられた夏』を聴いての率直な印象だ。作者の証言をつぶさに集めたわけではないけれど、制作後の南佳孝の満足度は相当に高かったに違いない。メロディー、歌詞、サウンドメイクもさることながら、歌や演奏からそれが手に取るように感じられる。音像が活き活きしていると言ったらいいだろうか。録音状態も良かったのだろうし、その上で音数を必要最低限に抑えていたからでもあろうが、各パートの音がとてもクリアーで、それぞれの個性的なプレイの絡み合い、いわゆるバンドアンサンブルによって楽曲が構成されていることがよく分かる。ヴォーカルもとてもいい。南自身はギタリストを目指しており、シンガーソングライターとしてデビューすることになってからも、表に出ることなく、作曲家としてやっていくことを希望していたそうだが、本作での歌唱を聴く限りでも、プロの送り手ならこのヴォーカリストを放っておくことはないだろう。それほどに氏の歌声は艶っぽく、オリジナリティーがある。

のちのシンガーを例に挙げると、(誤解を恐れずに言うけれども)スガ シカオっぽくもあるし、ハナレグミっぽくもありつつ、それでいて高音に抜ける音域では、南佳孝の声としか言いようのないシャープさを見せる。しかも本作でのヴォーカルテイクは、全体的にいい意味で肩の力が抜けた感じというか、決してリラックスしていたわけではなかっただろうが、実にいい塩梅だ。収録曲個々の特徴に関しては後述するけれども、この活き活きとした音像だけで、名盤認定で間違いなしの『忘れられた夏』である。凡そ半世紀前の作品とは思えない…という言い方が適切かどうか分からないし、もしかすると凡そ半世紀前だったからこういう作品ができた…と言えるのかもしれない。そんなことも思ったりした。というわけで、まずは本作がリリースされた1976年の前後の日本の音楽シーンがどうであったのかを調べてみた。

当時の大勢を理解するには、年間チャートや音楽賞を参考にすると分かりやすいよう思う。1976年の年間シングルチャートは以下の通り。
1位:子門真人「およげ!たいやきくん」、2位 ダニエル・ブーン「ビューティフル・サンデー」、3位:都はるみ「北の宿から」、4位 太田裕美:「木綿のハンカチーフ」、5位 二葉百合子:「岸壁の母」。
続いて、年間アルバムチャート。
1位:オムニバス『およげ!たいやきくん』、2位:グレープ『グレープ・ライブ 三年坂』、3位:荒井由実『YUMING BRAND』、4位:井上陽水『招待状のないショー』、5位:荒井由実『COBALT HOUR』。
『忘れられた夏』が発売された1976年は「およげ!たいやきくん」がまさに爆発的にヒットした年であった(ちなみに同曲は実際には500万枚以上を売り上げたと言われている日本で最も売れたシングル曲であって、その記録はおそらくこれからも破られることはないであろう)。アルバムチャートもその影響をもろに受けた格好だろう。

おもしろいのは、シングルチャートでは演歌が上位に顔を見せている一方で、アルバムチャート上位はフォーク、ポップス、ロックで占められていること。この前年の1975年に、井上陽水のアルバム『氷の世界』が日本のアルバム史上、初めてミリオンセラーを記録したり、同年にシングル「あの日にかえりたい」が初のチャート1位となって荒井由実がブームとなったことも、影響したのだろうか。シングルとアルバムではその性格が分かれていたことが、なかなか面白い。1976年の音楽賞は…というと、日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞、日本歌謡大賞、FNS歌謡祭等々、大賞やグランプリは都はるみ「北の宿から」が独占。お茶の間での人気はまだまだ演歌が強かったことがうかがえる。

こののちに国民的な人気を獲得するピンクレディーがデビューしたのもこの年で、それでいて(?)、ゴダイゴがデビューしていたり、浜田省吾や山下達郎のソロ活動がスタートしていたりと、どこか混沌としていた…というと言葉が悪いけれども、のちのロック、ポップス隆盛の時代への端境期の始まりだったと見ることもできるのではないかと思う。『忘れられた夏』がリリースされた後、レコード会社のスタッフが有線放送局にプロモーションに訪れた先、ある人から“この声は演歌向きだから、この人に演歌を歌わせなさい”と言われたという逸話が残っているそうだ。そう言った人に悪気はなかったのだろう。演歌のほうがビジネスになるからと当時としては真っ当なアドバイスだったに違いない。つまり、1976年とはそんな時代だったのだ。

OKMusic編集部

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