新国立劇場の新制作オペラ『カルメン
』を演出するアレックス・オリエに聞

2019年、新国立劇場と東京文化会館の共同制作『トゥーランドット』にて大胆な解釈で日本の観客を魅了した演出家のアレックス・オリエが、再び指揮者・大野和士とタッグを組むこととなった。今回の演目は、ビゼー作曲の人気オペラ『カルメン』。2021年7月3日~19日、新国立劇場 オペラパレスで上演される(7月31日と8月1日には、沼尻竜典の指揮により滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール大ホールでも上演予定)。感染症によって変化を余儀なくされた世界でどのような『カルメン』の世界が展開されるのか。東京でクリエーションの最中であるオリエ氏にリモート取材をおこなった。
『カルメン』セットプラン

ーー『トゥーランドット』から『カルメン』までの2年間。感染症の流行で演劇の現場は大きなダメージを受けたと思われます。
世界中のほとんどの都市と同様、スペインでも私たちの日常生活、特に文化は大きな影響を受けました。私自身、大きなプロダクションが2つキャンセルとなり、経済的な打撃も受けました。けれど、今回のパンデミックを否定的なものとしてのみ捉えたくはありません。今回の経験を経て、日常生活における文化や芸術の役割や、人間として何を大切にしていくべきかを改めて考えさせられました。自分のエゴを追い求めるのではなく、未来にどのような世界を託していかなければならないか、ということも考えさせられた時期と言えます。
ーー身体的に接触し、言葉を交わし歌を交わすことがリスクとなる状況で、スケールの大きなオペラの制作は挑戦となりますね。
また日本に呼んでいただいて、『トゥーランドット』に続き大野和士さんやドン・ホセ役の村上敏明さん、ミカエラ役の砂川涼子さんたちとクリエーションできることをとても喜ばしく思っています。また、カルメン役のステファニー・ドゥストラックさんと初めて組むことができるのも嬉しいです。今回演出するにあたり、舞台上でコーラスやソリストの皆さんにソーシャル・ディスタンスをお願いしなければならないので、プランの変更が余儀なくされているところです。コンタクトの取れない状態で『カルメン』の情熱やパッションを表現することはとてもチャレンジングで、楽しみながら取り組んでいるところです。
ーー現在、これまで気づかれなかった、あるいは気づかないふりをされてきた抑圧と暴力への告発が様々な局面でなされており、感染症の流行はその動きの後押しにもなっていると思います。カルメンという自由を求めて様々な世界を渡り歩く女性を描くことには、現在どのような意味が生まれると思われますか。
カルメンの原動力として自由への渇望があるとイメージしています。誰と愛し合うか自由に選ぶこと、自分の進む道を決断し、運命を掴み取る意志を持っていること。そういう意味で人間関係における対等性が今回のプロダクションの大きなテーマになるでしょう。カルメンの人生は彼女のものであり、彼女を屈服させる男などいないということを表現したいのです。勇気と反骨心を抱いたカルメンに降りかかる悲劇は、これまで長い間、多くの女性たちの身に起こってきたことと思います。カルメンの辿る物語に、このオペラ初演時から200年の間に女性たちが求め続けてきた権利を象徴的に読み込もうとしています。
ーー屈服を拒む女性キャラクターと言いますと、まさに前作のトゥーランドットです。2019年の『トゥーランドット』は、おとぎ話のようでありながら境界を侵犯するカラフへの拒絶が生々しく描かれていました。カルメンとトゥーランドットにどこか共通性はあるのでしょうか。
『トゥーランドット』はファンタジーという世界観で作られてはいましたが、トゥーランドットというキャラクターについては、祖先が受けた暴力のトラウマを抱え続け、これを乗り越えることはできないという気持ちをリアルに表現しようと試みました。『カルメン』に関して言えば、異国情緒あふれる世界として作るのが常套手段となっていますが、そこからは離れ、世界中で日々ニュースとして取り上げられる女性に対する暴力の普遍性を描こうと考えています。100年、200年ほど前のクラシカルなオペラの台本を読むと、女性の視点がほとんど書かれていないと感じられます。しかし私が手がけてきた『マノン・レスコー』に『蝶々夫人』、『トゥーランドット』、そして今回の『カルメン』ははいずれも、女性キャラクターの思考や感情、主体性を描き出すことが重要になる作品だと考えています。もちろん、『カルメン』はたくさんの魅力的な要素が詰まっている作品です。密輸入のスリルやインパクトある闘牛士の場面……それらも『カルメン』というオペラを構成する欠かせない部分です。その中でカルメンという女性が求める選択の自由や対等な関係、ドン・ホセとの愛に絡めとられて見舞われる暴力というテーマは今回のプロダクションの底流となるでしょう。
『トゥーランドット』新国立劇場公演より 撮影:寺司正彦
ーー今回のプロダクションでカルメンの魅力をどのように表現しようとしていますか。
スペインのセビーリャという設定からあえて離れてキャラクターを理解しようとした時に浮かび上がったのが、パフォーマーとしてのカルメンです。彼女は歌うことを愛し、人と関わることを愛し、パーティーを愛しています。たとえ昼間はタバコ工場で働いていても、そして他人から否定されても、彼女は芸術家として振る舞っています。大人数の前でもこじんまりとした空間でもカルメンは歌い、ドラッグをやり、アルコールを浴び、不特定多数と性的関係を持つ。それを楽しんでいる。けれどドン・ホセと出会って道が逸れていってしまう。こういった風にカルメンを思い描いた時、参考となるイメージとしてエイミー・ワインハウスの姿が浮かびました。エイミーは自分のスタイルを持つ歌手でしたが、周囲の環境に呑み込まれていった。もちろん、エイミーの人生を直接カルメンに重ね合わせているわけではないのですが、ヴィジュアル的なイメージとして参考になると感じています。このように歌と酒の世界に生きるカルメンの物語は、何もセビーリャでなくても可能ではないかと考えました。そこで、東京を舞台にカルメンとドン・ホセが出会うというプランで進めています。
ーーアルフォンソ・フローレスのセットプランでは、鉄骨が舞台空間全体に張り巡らされていました。これは東京という設定と関係があるのでしょうか。
セットは特定の場所ではなく、ニュートラルな空間を提示するものとしています。カルメンとドン・ホセが出会い、愛し合い、すれ違い、傷つけあう、その感情と関係に集中して観客の皆さんにご覧になっていただくために。そしてオペラ作品と舞台設定の密接な結びつきを解きほぐすために。たとえば『蝶々夫人』は日本を舞台にすることがお約束となっていますが、ストーリーとしてはどこででも起こり得るものです。異国の人と現地の人が恋をするというのは、日本を舞台にしていなくてもできます。そして『カルメン』もセビーリャを舞台にしていなくてもできるでしょう。今回は日本でクリエーションをしていることもあって東京を舞台としていますが、どこの国でも起こりえる物語を作ることが目標です。
『カルメン』セットプラン
ーー伝統を踏まえつつ音楽や言葉に新しい意味や文脈を読み込み、全く新しい作品を作り出すことが、オペラ演出の醍醐味だと思います。『トゥーランドット』の終盤でトゥーランドットが「あなたの名前は愛」とカラフに向かって歌う時、従来はカラフの愛を受け入れたと解釈されてきましたが、オリエ氏の演出では新たな支配者の名前を口にしない抵抗の身振りだと感じました。
ありがとうございます。その読み替えは前回最も力を入れた部分です。リューが「愛の力」と言って自殺をする時、誰かのために命を絶つこともできる人がいることをトゥーランドットは初めて知り、打ちのめされます。他方カラフは名誉欲に突き動かされていて、リューの死に全く動揺しない。なので、トゥーランドットがカラフを受け入れたわけではないことが伝わっていたなら、とても嬉しいことです。オペラ演出における伝統と創造の関係を考えた時に、私の立場は、ベラスケスの《ラス・メニーナス》を踏まえてモダンに作り替えたピカソのようなものだと思っています。アイディアの大元は必ず作品にあるけれど、表現はコンテンポラリーに変えていく、といった具合に。
ーー『カルメン』において、伝統と新しい解釈とのバランスを考える上で最も刺激的な楽曲や場面はどこでしょうか。
今回のプロダクションでは、カルメンはとても現代的な女性として描きたいと思っています。人生経験が豊富で、様々な世界を自由気ままに渡り歩いてきた、知的で自立心旺盛なキャラクターです。けれど、そのエッセンスはすでに作品にあるものです。ドン・ホセの独占欲が強く嫉妬深く捨てられることを許せない男というキャラクター性も作品にあるものですし、そんな男に恋をしてしまったがために転落していくカルメンというのも作品にあります。エッセンスは現在でも変わりません。その上で表現をアクチュアルなものに変えていこうとした時、やはり最後の合唱付二重唱の「あんた、俺だね」がとても重要になると思います。
ーー精力的にオペラの演出をするモチベーションはなんでしょうか。
オペラ演出には3つの挑戦が待ち受けているからです。1つ目は、未来のオペラ文化を継いでいく子供たちに魅力を伝えるということ。2つ目は、20代から30代の若者たちにオペラは楽しい娯楽であると伝え、足を運んでもらうこと。3つ目は、オペラに選択肢を増やすことです。興味があるけど見たことがないという人に向けて、選択肢を増やして好きなものを選べるようにするということは、巡り巡ってオペラ文化の発展につながると考えています。オペラに通じている観客の皆さんの中には、私たちのプロダクションに戸惑いを覚える方がいらっしゃるかもしれません。けれど、ぜひ挑戦していただけたらと願っています。そして、このような挑戦を引き受けてくださった大野和士さんと歌手の皆さん、新国立劇場にびわ湖ホールの皆さんに感謝しています。
ーー2020年「巣ごもりシアター」(新国立劇場がステイホーム支援のために『トゥーランドット』等の過去公演記録映像を無料配信した企画)の反響も大きかったですし、『カルメン』で初めて劇場に足を運びオペラを見るという方もいるかもしれません。最後に、オペラ初挑戦を楽しみにしている観客にメッセージをお願いします。
あなた方の挑戦を喜ばしく思います。そして迷っている皆さんも、ぜひ踏み込んでいただけたらと嬉しいです。ワーグナーが提唱したように、オペラは「総合芸術」です。音楽は素晴らしく、歌手もコーラスも素晴らしく、ステージも衣装も素晴らしい。楽しめるポイントはたくさんあります。ぜひ、先入観を持たずに足を運んでほしいです。古典的な視点から離れて作られた私たちのステージに、身を委ねてほしいのです。劇場でお会いしましょう。
アレックス・オリエ(リモート取材時の様子)
聞き手・辻佐保子  通訳・五十嵐文

【PROFILE】アレックス・オリエ(Àlex OLLÉ)
バルセロナ生まれ。パフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの6人の芸術監督の一人で、同カンパニーは世界的な評価を確立した。カルルス・パドリッサと共同演出したバルセロナ・オリンピック開会式をはじめとする大規模イベントや、演劇、映画と多くの分野で活動している。近年ではオペラの演出で特に活躍し、ザルツブルク音楽祭、ウィーン芸術週間、マドリード・テアトロ・レアル、リセウ大劇場、パリ・オペラ座、モネ劇場、英国ロイヤルオペラ、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、ザクセン州立歌劇場、ルールトリエンナーレ、ネザーランド・オペラ、ミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場、オーストラリア・オペラなど世界中で活躍、『魔笛』『ノルマ』『仮面舞踏会』『イル・トロヴァトーレ』『ファウストの劫罰』『トリスタンとイゾルデ』『さまよえるオランダ人』『ペレアスとメリザンド』『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』『青ひげ公の城』『消えた男の日記』『マハゴニー市の興亡』『火刑台上のジャンヌ・ダルク』など幅広い作品を手掛けている。新国立劇場では19年、東京文化会館共同制作『トゥーランドット』を演出した。

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