【土岐麻子 インタビュー】
同じ景色を見ている人たちの
それぞれの物語
洗練された歌詞とサウンドで、独自の世界を生み出し続ける土岐麻子。彼女の最新作『SAFARI』は前作に続きサウンドプロデューサーにトオミヨウを迎え、街に息づくエネルギーに注目し、そこで生きる人々を描いた作品となっている。
今回のアルバムではどんなことを描きたいと思いましたか?
私が暮らしている東京はたくさんの人がいるのに、交差点ですれ違う人たちの中に知っている人はほとんどいません。ひとつの街を共有しているんだけど、お互いに一生喋らないような関係の人がたくさんいるというのは面白いと思ったんです。今回の作品では大きな建設現場をひとつのシンボルにして、そのシンボルがある同じ景色を見ているんだけれども、見る人によってはわくわくする人もいるでしょうし、圧迫されるような気持ちになる人もいるでしょう。そうやってひとつのモチーフをシンボルにして、その側を生きている人たちの悲喜こもごもを書きたいと思いました。
1曲目の「Black Savanna」は、まさに今回の作品のシンボルである建設現場が舞台となっていますね。
高層ビルから臨むきれいな東京の景色にはクレーンがたくさんあるし、穴ぼこみたいに更地になっているところも数多くある。そして、本当に景色は移ろっていくものだなと。そう思った時に、街はまるで生き物のようなエネルギーで動いていて、自発的に枯れたり崩れたり、伸びたりする、そんな植物に見えてきたんです。
なるほど。次の「CAN’T STOP feat.大橋トリオ」ですが、大橋さんとは直接お会いしないで制作されたそうですね。
大橋さんとデュエットしたいと思ったんですけど、彼のことは曲のキャラクターでしか知らなかったんです。今回は全員が“同じ町の小さい横断歩道ですれ違っているかもしれない”という設定なので、関係性がまったくないところから、声、歌をピックアップするというイメージがあって。だから、大橋さんとの距離感は、逆にしっくりくるなと思っていたんです。まさか本当に作業自体が、そんなに距離感のあるものになるとは思わなかったですけど(笑)。でも、こういう直接顔を合わせない、言葉にしないというやり取りが、実は音楽的要素を引き出すこともあるなと。
この曲はギターのキラキラした感じが印象に残りました。
サウンドプロデューサーのトオミヨウさんと私の間で共有のプレイリストを作っているのですが、その中でふたりとも気になったのが生のギターの音で。キーワードとして小さめのボディーのギターの音が上がったんです。この曲は最初ギターが入ってなかったのですが、足すとしたらそういうキラキラした音がいいねと、サウンドの思考として選びました。
5曲目「Cry For The Moon」はザワザワする感じの曲で。
トオミさんのデモを聴いて、誰かが何かをボンボン捨てているような映像が浮かんだんです。捨てたい時って余分なものがたくさんある状態で…そして、ゴチャゴチャしているのは自覚しているんだけど、整理できない。私も時期によってはすごく散らかって、何が必要なのか分からない時があるし(笑)。誰にでもこういうことがあるんじゃないかと思って書きました。
地に足が着いていないような時ですよね。
そう。逆に“これが欲しくて頑張っている!”といっても、なぜ欲しいのかが分からなかったり。“Cry For The Moon”とは英語で“絶対に手で掴めないこと”を皮肉ったような言葉で、届かないものをずっと見ている人という意味ですが、部屋はすごくごちゃごちゃしているんだけど、月をずっと欲しいと思っているっていう。ただ、それはまったく絵にならない生活だけれど、曲にすることによって、そんな自分も肯定できたら次に進めるのではないかと思ったんです。聴いてくれる人が自分の今の気持ちに当てはめて曲を聴いてもらえたらいいなと思っているんですけど、決して辛い気持ちになるのでなく、肯定してもらいたいんですよ。
逆に「SUNNY SIDE」のように爽快な曲も収録されていて。
光と影みたいな感じですよね。例えば「Cry For The Moon」で窓から捨てた終わった恋を、誰かが拾っていった。その拾っていった人の話を書きたくて。誰かが“もういいや!”と思って手放したものでも、次に拾った人にとってはピカピカの宝石だったりする。そういうのが面白いなと思いました。
そして、最後は「名前」という曲で締め括られるわけですが。
これは最後にできた曲なんです。それまで9曲できて、だいたいどんなアルバムなのかが見えてきたけど、まだピースが足りない部分があって。それで、お母さんみたいな懐でもって肯定してくれる曲があるといいなと思って歌詞を書き始めました。そうしたらなぜか“名前”という言葉が出てきたんです。その時期に身近に子供を産んだ人がいるんですけど、その赤ちゃんの名前を聞いた時に、その子の輪郭がパッと浮かんで、そこにメッセージがあるかのような感じがしたんです。名前は単純な字面ではなく、自分を表すアイデンティティーみたいなものがくっ付いているような気がして。なので、「Cry For The Moon」のようにどんなに部屋が片付けられなくなった時も、むしゃくしゃした時も、自分自身を見失わずに生きてほしいなということで曲にしました。
名前がなければ自分の存在を認識しづらいですよね。
アルバムタイトルになっている“SAFARI”は動物の世界ですけど、最初は動物の世界は人間の世界に似ていると思って作っていたんです。でも、動物の世界にはたぶん名前は存在しない。だから、名前というのは人間ならではのことで。最後に「名前」ができたことで、自分がこのアルバムで言いたかったのはこういうことなのかなと改めてはっきりしました。
そんな今作を引っ提げてのツアーは最少人数のメンバーで回られるそうで。
今回『SAFARI』というアルバムを再現するものとして、シーケンスなどある程度出して、それと人間の演奏が共存していくイメージがあったんです。だから、最少人数でも大丈夫だし…あとは、このアルバムの中の曲にかかわらず、シンプルなかたちで曲を編み直すことにも同時に興味があるというのも大きいですね。
取材:桂泉晴名