【長谷川白紙 インタビュー】
ひとつの形態でありたくない
という根本的な欲求がある
“人とつながっていたい”という
欲求が自分の中の根底にある
サウンドがほぼ鍵盤のみだから余計にそう感じるのかもしれませんが、鍵盤の音にも躍動感がある印象です。ちょっとバカみたいな言い方ですが、“指が動いて鳴らしてるんだな”って感じがすごくします(笑)。今作は歌と鍵盤とのエモーショナルさに尽きるんじゃないかと。
あははは。ほぼクオンタイズ(※演奏のずれをジャストタイミングに補正すること)をかけていないので。弾き語りなのでそれが当たり前なんですけど(笑)、聴いたまんまという感じは結構あると思います。演奏はほぼいじらずにやってきているので、躍動感というか、実際に演奏している感じは、今作のほうが格段にあると思いますね。
ただ、新曲である6曲目「シー・チェンジ」以降はまた印象が変わりまして、一本調子ではないところが長谷川さんらしいと思ったところではあります。
なるほど、そうですね。「シー・チェンジ」を書いた時は“すごい素直な曲ができたな”と思いました。歌いながら作った曲で、素朴な強さと不気味さみたいなものがあると私の中では思っています。歌詞も今見ると、思ったことをそのまま書いてるというか…こういう歌詞は『草木萌動』を出していた頃は意外と抵抗があったんです。それが最近はできるようになってきましたね。
言葉も平素ですよね。難しい言葉はほとんど使っていない。オリジナルは「シー・チェンジ」だけですから、カバーアルバムにすることもできたと思うんですけど、そうならなかったのはどういう心持ちだったんでしょうか?
実は「シー・チェンジ」は今作を作る時に最初にあった曲なので、“この曲をどうやったらいいかたちで届けられるだろう?”と考えた時に、その周りも全部弾き語りにしてしまうというのがいいんじゃないかという発想があったんですよね。なので、今作で「シー・チェンジ」だけが例外ということではなく、むしろ軸になっているという感じです。
素直な曲が生まれてきて、それであればより自分の根底にあるものをやってみてもいいかも…というような流れがあった??
「シー・チェンジ」に《苦しくて 透き通ってて ゆがんでて/柔らかくて ふざけてて 疵があるままでいる》という歌詞がありまして、これは文字通り、あるがままを曝け出していることなのかなと。
歌詞は自分の深層にタッチするような行為なので、結構“ここはこういう言葉なんですよ”とは言えないんですけど、今引用していただいたラインが何も隠さずできているかというと違うものがあります。歌詞が作品の根底にある意識とリンクしているのかと言われると、意外と違うのかなと。
そうなんですね。ここまでエモーショナルで素直な楽曲が並んでいたところ、「ホール・ニュー・ワールド」はかなり面白いアレンジになっていますよね。原曲のメロディーはほぼ崩してないと思うんですけど、バックが全然オリジナルとは印象が異なる感じで。
「ありがとうございます。コードというか、和音のつなぎ方をどうするかを結構悩みました。この曲だけはさっき言ったステイトメントとリンクしているところがあって、一番構築的というか、即興的ではないアレンジというか。「ホール・ニュー・ワールド」が持っているメロディーのアイコニック性を一回分解してみようと思ってカバーしたんです。曲全体を一個のメロディーのつながりとして見るのではなく、“この3音の次はこの4音”みたいな感じでどんどん小さいユニットに分割していって、その中で当てはめられそうな和音を全部試していく…みたいな感じでやっているんですよ。そうすると何が起きるかというと、まず最初に一貫性にものすごく欠けたものが出てくるんです。和音の流れとして何にもうまくいってない感じの(笑)。そうしたプロトタイプができるわけです。
はい。
それがどう自分とリンクしているかというと、「ホール・ニュー・ワールド」って映画『アラジン』の中でプリンセスとプリンスが魔法の絨毯に乗って世界の素晴らしさを歌うわけですけど、それを私はひとりで歌っているんですね。対象を必要としていないというか、両性的なものを統合したい欲望があったとは思います。それをどのように和音で表現するか…ステンドグラスみたいにつながっている状況が、ひとりで統合して歌っているという状況にリンクしているところはあるんですよね。最初にこの曲をカバーしようと思った時から、多彩な和音をメロディーの一個一個に当てはめるようなアレンジをしてみたら面白いんじゃないかと思っていました。
『草木萌動』での「キュー」(YMO)のカバーも“面白い解釈するなぁ”と思って聴かせていただきましたが、今回の「ホール・ニュー・ワールド」もそうで、これは長谷川さんの真骨頂のような印象がありますね。
そうですね。前作までのエッセンシャルな部分が一番出ているのはこの曲かもしれないです。自分にとってもとても重要なカバーになりました。
あと、CDには朗読の「2020/5/1 (夢)」が収録されていまして。ここで語っている内容は、このタイトルにある日付に見た夢ですか?
そうです。自分の夢を日記につけていて、一番古いのが2018年の2月なので3年くらい続いてるんですけど。制作期間中に見た夢のうち、とりわけ面白いものを選んだ感じですね。
それがこうして作品になってるわけですから長谷川さんにとっては重要というか、大事なことなんでしょうね。
夢は深層心理を表したものだという話が古くからありますけど、そんなところに関連付けようという考え方があるんでしょうか?
う~ん…そんなに意識してやっているわけではないんですけど、単純に起きている状態では思いつかないようなことを、夢の中の私はバンバン思いついてくれるので、そういうことが起きている自分にも還元している意識はあります。
夢を朗読してCDに収録するというのは、より自身を曝け出す行為ではないかとも思えるのですが。
どうなんでしょう? 「ホール・ニュー・ワールド」が思ったよりもエンディング感が強くなったというか(笑)、最後は“これで寝る”みたいな気持ちにできないかなとミックスを仕上げる時にお願いしたりもしていて。自分の中でつながりを持ちたかったところがあるのかな? 自分の生活というか、生命のサイクルと音楽、それを聴いてくれる人との一種の循環みたいなものをどうにか提示できないかと思った時に、自分の中では夢の朗読が一番しっくりきたのかもって感じです。
長谷川さんは自分の中にあるものを提示するのに躊躇のない方という印象があって、それはリスナーとつながりたい気持ちの表れではないかと想像してたんですね。で、私の中では「2020/5/1(夢)」でそれが確信に変わったようなところがありまして。
人とつながっていたいというのは間違ってないと思います。人と関わる時って、その人と関わっている分だけの自分ができるわけじゃないですか。誰と関わっている時でも一緒の話し方、一緒の言葉で話すってことはあり得ないわけで、関わっている人の分、自分が生まれていく。それって私にとっては気持ちが良くて、幸福なことなんですよ。自分の対象と取れる領域がどんどん広がっていく、自己がどんどん拡張されて破壊されていくっていうのが、自分にとってはすごく嬉しいことなんです。でも、音楽はどうなのかな? 私、誰にも聴かせない曲もすごくたくさんあって、それで納期に遅れそうになることがあるんです(苦笑)。
あははは。
本当に誰にも聴かせたくないというか、聴いてもらうほどでもなかったり、誰にも理解されないだろうって曲もあったり。だから、音楽を通して人とつながりたいかって言われたら、もしかしたらちょっと違うのかもしれないですけど、“人とつながっていたい”とか“たくさんの人とお話してみたい”という欲求が自分の中の根底にあるのは正しいと思います。あと、私は人を喜ばせるのが好きなタイプだと思うんですよね。
“人を喜ばせるのが好き”というのは、長谷川さんの音楽に確実にあると思います。メロディーはどこを切っても大衆的だと思うんですよ。それは聴く人を喜ばせたい、延いてはつながりたいというところに関連するのかなと、このインタビューで確認できたような気がして嬉しく思っています。
そうですね。無関係ではないと思います。やっぱり“どういう音で歌うのか?”ってことはポップネスを提示する上でとても大きい要素だと思います。
ただ、分かりやすいものだけを提示することは、あんまりやらない方ですよね。例えば、ひとつものすごくキャッチーなメロディーがあっても、それを中心に分かりやすい曲を作ろうとはならないでしょ?
そうですね。きれいなメロディーとそれにものすごく合っているコードを思いついたとしても、それを私がそのまま提示したらきれいなだけで終わってしまうんですよね。でも、その前後にすごく気持ち悪いパートがあるとしたら、気持ち悪い箇所ときれいな箇所のどっちもが目立つ。しかも、それの移行している部分=接着面も“どのようにデザインしようか?”って無限の選択肢が生まれるわけじゃないですか。そういう落差の力だったり、接着面のデザインが、自分の音楽にはすごく重要な要素なんです。昔からたくさんの人がたくさんのきれいな曲を書いてこられてるので、自分が今さらきれいな曲を書いてもあまり意味がないですし。やっぱり先ほどお伝えしたみたいな、私はひとつの形態でありたくないというのが根本的な欲求としてあるんですよね。いろんな枠組みがあるとして…まぁ、人間を脱することは不可能ですけど、常に無の状態にしておきたいんですよ。“自分ってこういう人間です”みたいなレッテルや囲いみたいなものを破壊して、次のレッテル、次のレッテル…で、それも全部破壊するみたいな(笑)。そういう状況に自分を置いておきたいという圧倒的な欲求があるんですよね。それを実際に達成できるかと言われると、それはまた別な話だと思うんですけど、あくまでも根本的な欲求としてそういうものがあります。で、その表出として自分の音楽が取ってる形態が、さっき言ったようなエンターテインメント精神みたいなものとつながるのかなと。
取材:帆苅智之
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ハセガワハクシ:DAW を駆使したソングライティングで注目を集める、1998年生まれの音楽家。2016年頃よりSoundCloudなどで作品を公開し、17年11月にインターネット上でフリーEP 作品『アイフォーン・シックス・プラス』、18年12月に10代最後であり初のCD作品『草木萌動』、19年11 月に1stアルバム『エアにに』をリリース。20年5月に弾き語りアルバム『夢の骨が襲いかかる!』を発表。長谷川白紙 オフィシャルTwitter
「シー・チェンジ」
Official Audio