尾上菊之助、中村七之助が挑む新作歌
舞伎『風の谷のナウシカ』製作発表記
者会見レポート

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』が、2019年12月6日(金)~25日(水)に新橋演舞場にて上演される。原作は宮崎駿。スタジオジブリの協力のもと、1982年より雑誌「アニメージュ」で連載された漫画版全七巻を歌舞伎化するという試みであり、映画版(1984年公開)で広く知られる物語のその後も描く壮大なストーリーとなる。
9月30日に都内で製作発表記者会見が開かれ、尾上菊之助、中村七之助、G2(演出)、安孫子正氏(松竹株式会社 代表取締役副社長)、そして鈴木敏夫氏(株式会社スタジオジブリ 代表取締役プロデューサー)が登壇した。会見と囲み取材のコメントをあわせてレポートする。
左から、G2、中村七之助、尾上菊之助、鈴木敏夫、安孫子正氏
宮崎駿の中心にナウシカがある
歌舞伎は、時代を象徴する作品を上演するものであり、『風の谷のナウシカ』はまさに現代を象徴とした作品である。そう語ったのは安孫子氏。ナウシカの歌舞伎化の実現は「一つひとつのご縁の積み重ね」だと感謝を述べた。
続いて鈴木は「どのようなものができるか期待する立場。(自分たちでつくる)映画と違い気が楽です」と切り出し、場を和ませた。
「9月歌舞伎座で『寺子屋』を観ましたところ、菊之助さんの演じた千代が絶品でした。こちらが緊張してしまうほどに、大変すばらしかった。歌舞伎は役者の力なんだと感じました。そして『寺子屋』は近代合理主義の感覚では分かりにくいところがある話ですが、そこにナウシカと通じるものがあるのでは思いました」と語り、菊之助に寄せる信頼を感じさせる。
鈴木敏夫
しかしながら『風の谷のナウシカ』は、宮崎駿にとって思い入れの強い作品。
「そばにいて分かるのですが彼(宮崎駿監督)にとって、ナウシカは一番大事な作品です。精魂込め、自分の思いをすべて込めた作品。彼の中心にはナウシカがある。たとえば『ラピュタ』も『風立ちぬ』も、ナウシカの一部を切り取りできたお話です。ハリウッドでの実写映画化のお話もすべてお断りしてきましたから、歌舞伎の話も当然(宮崎の了解を得るのが)難しいだろうと考え、歌舞伎にしたいと考えた張本人の菊之助さんにも『もののけはどうですか? 歌舞伎にも近いですし』なんて提案をしたくらいで(笑)。しかし今回はなぜか、彼(宮崎)が『やろうよ』といってくれました」
そして歌舞伎での上演にあたり、宮崎は2つの条件を出したという。
原作『風の谷のナウシカ』全7巻(徳間書店刊) (c)Studio Ghibli
「1つは、ナウシカというタイトルを変えないでほしい。もう1つは、記者会見とか色々あるだろうけれど、僕は協力しないよ。全部鈴木さんがやってくれるならOKということでした(笑)」「僕のおふくろは、大のつく歌舞伎ファンでした。今回ほんの少しでも歌舞伎に関わることができ、楽しい仕事になっています。期待しています。いい作品を作ってください」
鈴木は笑顔で語り終えると、最後は菊之助の方へ向き直し「よろしくお願いします」と言葉をかけた。
歌舞伎とナウシカの融合に期待
演出家G2は、現代劇だけでなく、2011年には『東雲烏恋真似琴』、2018年には新作歌舞伎『NARUTOーナルトー』で、歌舞伎の演出を手がけている。映画『風の谷のナウシカ』が公開された1984年は、G2がエンターテインメント業界に入った時期と重なるのだそう。
「大変な衝撃でした。『ナウシカのような世界観を、いつか自分なりの形で』と心のどこかでずっと思っていました。35年たってもまだ作れていませんが、ナウシカの歌舞伎版をやらせていただくことになりました。大変光栄であるとともに、責任を感じています」「原作は全7巻。なるべく古典歌舞伎の手法で、という菊之助さんの希望もあります。この融合にどのような反応が起きるか。知力気力体力の限界までがんばります」
演出のG2
一座で力を合わせ創り上げたい
尾上菊之助は、ナウシカの歌舞伎化を考えた張本人。主人公ナウシカ役を勤める。
「5年ほど前から準備をはじめ、この発表の日を迎えられましたことに武者震いがしております。鈴木さんに同席いただき、七之助さんにもお力添えをいただき、G2さんの演出のもと、船出をいたします。古典歌舞伎としての上演をご了承いただいたときの興奮を胸に、ジブリ作品に寄り添い、歌舞伎ファンの方にもジブリファンの方にも絶対に納得していただける作品にしようと、鋭意、製作段階に入っております」
尾上菊之助
さらに菊之助は、鈴木から聞いたという、鈴木と宮崎駿のエピソードを次のように明かした。
「ナウシカを製作した時、はじめに宮崎監督が、3枚のスケッチをもってきたのだそうです。それを1枚ずつ見せ、この絵なら1日に結構な分量を描ける。この絵だと1日1枚しか描けない。最後の1枚はその折衷案。どれにするかという相談でした。その時に鈴木さんは、1日1枚のクオリティのものを作っていこうと答え、『風の谷のナウシカ』が出発したとお聞きました。宮崎監督、そしてスタジオジブリさんにとって大切な作品をお預かりしたことに責任を感じています。しかしラグビーの日本代表ではありませんが、一人がみんなのために、みんなが一人のために。一場面一場面しっかりと、一座で力を合わせ創り上げてまいります」
題字は鈴木敏夫によるもの。「歌舞伎の『和』と原作、両方を感じさせる」と菊之助。「風の谷の素敵さとナウシカの力強さを感じた」と七之助。
断る理由がありませんでした
今回のオファーの経緯を聞かれ「即答で引き受けた」と振り返ったのは中村七之助。
「菊之助のお兄様は尊敬する先輩の一人でもありますし、2017年『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』も楽しかった。役者として純粋に楽しい」「しかもクシャナ役。断る理由がありませんでした」
七之助は、2013年公開のスタジオジブリのアニメ映画『かぐや姫の物語』に声優として出演している。
「兄の勘九郎も、ジブリの大ファンで、兄にとってナウシカは初恋の人(一同、笑)。以前ジブリ作品に出させていただいた際は、声を録りにスタジオへ向かう際、なんと兄が車を運転し(兄の妻)愛さんと一緒に行ったんです。兄はヤッター! ジブリスタジオだ! と大いに盛り上がり、一方で僕は、愛するジブリ作品に仕事として関わるわけですから、胃が痛かったことを覚えています。時が経ち今度は『ナウシカ』を、私たちのホームである歌舞伎でやらせていただきます。本当に嬉しく思います。全員で素晴らしい作品にしなくては、スタジオジブリのためにも歌舞伎のためにもなりません。それを肝に銘じ、一日一日励みたいと思います」
現代に通じる、テーマ性と壮大な世界観
原作の魅力について、菊之助は「テーマ性と壮大さ」をあげる。
「歌舞伎の古典として残るかどうかと、作品自体に普遍的なテーマがあるかどうかには関わりがあると思っています。『風の谷のナウシカ』の連載がはじまったのは1982年です。日本がバブルに突入し、世間が浮足立っていた時代に、宮崎監督はユートピアではなくディストピアを描きました。戦争やエネルギー問題、環境問題、核や遺伝子の問題など、今ほど脅威とされていなかったことがテーマとなっています。そして今、それらのテーマが当時より身近な脅威となっています。言い方は難しいのですが、現代が追いついてきたのだと感じます」
そして本作に、従来の歌舞伎にはないテーマが扱われていることにも言及した。
「歌舞伎の古典では、お家騒動や男女の恋愛が軸になるものが多い。環境問題や遺伝子の問題を描いた歌舞伎はありませんでした。これが古典歌舞伎になったとき、どう残っていくか。とても楽しみにしています」
原作『風の谷のナウシカ』全7巻(徳間書店刊)宮崎駿著、徳間書店刊 B5判 定価1~6巻 各本体430円+税、7巻本体550円+税 (c) Studio Ghibli
格好良く恐ろしいだけじゃない、クシャナにしたい
見どころを聞かれた菊之助は次のように答えた。
「私が演じるナウシカと、七之助さんが演じるクシャナ、それぞれの葛藤は一つの見どころになると思います。クシャナは主人公に匹敵するくらい大事な役。2人の関係性をご覧いただきたい」
トルメキア王国の皇女クシャナは、美しく冷徹で優秀な武人であり、ナウシカとは異なるベクトルでカリスマ性を放つキャラクターだ。役作りについて、七之助は次のように語った。
「映画のクシャナは、愚行とも言える行動もとりますが、原作の漫画では、クシャナの描かれ方が違います。僕は原作漫画を読み、ナウシカと出会いや家族との関係性などを通して、クシャナを女性的な人物としてみています。常に父親を憎んでいるけれど、どこかで愛してもいる。『この道を進まなくてはいけない』という可哀そうな女性でもある。力強さだけでなく、心の揺れも演じることができれば、クシャナというキャラクターがより深くなると思っています。ただ格好良く、ただ恐ろしいだけの女性ではなく、なぜそのような行動に出なくては生きていけないと考えるに至ったのか。そこを意識し、稽古に励みたいです」
江戸時代からの手法を駆使して肉薄したい
記者からは、派手な演出に期待する声がいくつか上がった。しかし登壇者たちの言葉からは、派手な演出はあるものの、それがメインではないと考えていることが伺えた。たとえば七之助は、「立ち廻りや大仕掛けは多々ありますが、それはグリコのおまけ。まずは心です。菊之助のお兄様がお話されたようなテーマを、深いところで『いいな』と感じていただけるように。そこに良いおまけがつくように」と語った。
G2もまた次のようなコメントで、原作と歌舞伎、双方へのリスペクトを感じさせる。
「空を飛んだり巨大生物が登場したり等のケレンは、しっかり出します。ただし昨今の舞台演出でみる手法ではありません。歌舞伎には、江戸時代から行っているSFX的な効果を出す演出や、見立ての手法があります。それらを駆使し、原作の世界に肉薄できるようにしたいです」
古典の力を信じ、合流地点を探す
登場人物たちの扮装については、菊之助よりコメントがあった。
「(歌舞伎の衣装でありつつ)ご覧になる方々が、みてすぐにナウシカと分かるようにしたい。ナウシカの髪型や衣装などのエッセンスを、どう歌舞伎と融合していくか。その合流地点を探しています」
今回のために用意される衣装の制作は、外部の著名なデザイナー等ではなく、普段から歌舞伎の衣装を担当している方々が取り組むのだそう。
「松竹で衣装を担当されている方や床山さんなどの職人が、古典の力を信じている方々が、一つひとつ手探りしながら一致団結して作っています」「小道具さんたちの目には、いつにない輝きがあり、制作の方々もキラキラとして、ふだんよりやりやすいくらい(笑)。皆、ジブリの作品を愛しているのだと感じています」
脚本は、スタジオジブリより『借りぐらしのアリエッティ』『ゲド戦記』『思い出のマーニー』などを担当した丹羽圭子と、松竹文芸部より戸部和久が参加し、二人三脚で担当。劇中には日本舞踊のシーンや、久石譲の曲を和楽器で編成した音楽を使うプランもあるという。
課題は醍醐味。きっといい作品に
昼の部、夜の部を通し、全7巻分の壮大な物語を歌舞伎の舞台に立ちあげる新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』。会見では安孫子氏より「現在調査中ではありますが、新作を昼夜通しで上演するのは江戸時代以来かもしれない」という話があった。
現時点では稽古にも入っていないものの、およその上演時間を問われると、菊之助は「歌舞伎の常識では昼が午前11時頃にはじまり4時頃に終わります。夜は16時半頃はじまりますが……終わりが見えない……」と語尾を濁し、一同の笑いを誘った。すると七之助が「もう時間は気にしないでください!」と思い切ったフォロー。
「面白い作品なら何時間でも観られますよね? 疲れないようにしますから! お客様もがんばって! 今日は腹くくって観よう! って」と場を盛り上げつつ、「もちろんそう(遅く)ならないよう、がんばります」と念を押し、菊之助も「全員に見せ場を創りつつ上演時間をまとめ、歌舞伎の常識的な時間に終わるようにします」と続いた。
直面する課題について語る声さえ明るく、長時間の上演への体力面を心配する質問には「それは大丈夫だと思います!」と即答の菊之助。
最後は「江戸時代から考えられてきた工夫を駆使し、古典の手法でどう疾走感を出せるか。原作に忠実に描いているからこそ、どう歌舞伎味を出していくか。そういった課題は醍醐味です。『風の谷のナウシカ』が大好きな人たちが集まっているので、きっといい作品になると思います」と呼びかけ締めくくった。
ますます期待の高まる新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は、新橋演舞場で2019年12月6日(金)初日~25日(水)の上演。
「兄は羨ましがっていました。出演は無理でも、お願いしたら何でもしてくれると思いますよ」と七之助

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