兵庫芸術文化センター管弦楽団芸術監
督 佐渡裕、大いに語る!

コロナ禍の中にあっても、世界を飛び回っている指揮者 佐渡裕は、「都市(まち)にとって劇場やオーケストラは、市民の誇りでなければいけない!」と語ります。
兵庫芸術文化センター管弦楽団(以下PAC)18年目のシーズンを前に、多忙を極める芸術監督の佐渡裕が、あんなコトやこんなコトを語ってくれました。
―― 佐渡さんが芸術監督を務められているPACを、アカデミー機能を持つオーケストラにされたのは何故だったのでしょうか。
阪神・淡路大震災から10年目の2005年に、当時の井戸兵庫県知事から復興のシンボルとして日本を代表するオーケストラ、世界に誇れるオーケストラを作って欲しいと言われました。海外で指揮をする機会の多い僕からすると、街と劇場とオーケストラは、切っても切れない関係だと云うことを痛感していたので、兵庫県の西宮にオペラが出来る立派な劇場と、そこをホームグラウンドにするオーケストラが出来ると云う構想を聞いた時は、本当に嬉しかったですね。ただ、井戸知事の注文を実現しようと思うと、とても予算的に無理だったので(笑)、色々と考えて、あまり例のないアカデミー機能を持つオーケストラを作ることにしました。
色々考えて、PACをアカデミー機能を持つオーケストラにしました。  (c)飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― PAC出身者で、これまでに何人くらいプロのオーケストラ奏者が誕生しているのでしょうか。
日本と外国で100人ほどでしょうか。首席奏者クラスも多く輩出しています。欠員が出ないとオーディションが行われないと云うオーケストラの状況を考えれば、立派な数字だと思います。第一期メンバーのクラリネット奏者ラスロ・クティは、現在ミュンヘン・フィルの首席奏者ですが、今年5月の「第133回定期演奏会」ではコープランドのコンチェルトのソリストとして凱旋します。とても誇らしいことですし、現在のメンバーにとっても励みになります。
ラスロ・クティ(ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団クラリネット首席奏者)  写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― アカデミーオーケストラという事で、普通のオーケストラと違う点も多いと思います。
いちばんの違いは、在籍期間が3年と決まっていることですね。毎年メンバーの1/3が入れ替わります。オーケストラは長い時間をかけて、独自のサウンドを作り出すものだと色々な方からご意見を賜りました。僕は110年の歴史を有するウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団も指揮しているので、その事もよくわかります。ただ、このオーケストラの目的は少し違います。ここでは伝統のある高校吹奏楽部のように、先輩が後輩に色々と教えていきます。言葉や文化の壁を超えて育まれた人間関係は、かけがえのないものです。お客様もその事をよくご存知で、今年のオーケストラのサウンドはどんなものか? 応援団のような気持ちで楽しみにされています。
兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)  (c)飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 現在、定期演奏会は2000名収容の大ホールで、1公演3回が基本パターンですね。6000枚のチケットがあるはずなのに、PACはチケットが取りにくいイメージがあります。
確かにそんな時代も有りましたが、最近はコロナの影響もあって、集客は大変です。僕は、クラシック音楽がいくら素晴らしい芸術だからといって、お客さんが入らなくても仕方ないとは全く思っていません。演奏者が良い演奏をするためにもいつでも満席にしようと努力する姿勢を持たないといけない。その事を確認した上で、実はもう一つ大きな目標があります。
―― もう一つの大きな目標とは何でしょうか。
兵庫県立芸術文化センターやPACは、復興のシンボルです。劇場に足を運ばれたことのない人にとっても、誇りに思える存在でなければいけないと思っています。いつかあの立派な劇場でオーケストラやオペラを体験してみたいと思って頂くことが大切です。オーケストラを聴くという行為は、当たり前のことではありません。自然にオーケストラを聴くようになったのでは無く、何か“縁”があって、好きになったはずです。それは、両親の影響かも知れないし、家にあったレコードや、音楽の授業、あるいは彼女に無理やり連れて行かれたことがきっかけかも知れません。そういった“縁”を作って行かなければいけないと思っています。

兵庫県立芸術文化センター  写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― その点、PACはメンバーによるアウトリーチに力を入れられていますし、鑑賞教室も積極的に行われています。

まだまだ十分ではないと思っています。芸文センターが出来た当初は、ホールを中心に、コンパスで円を書いて、その中の学校を順番に廻りました。劇場を街の広場にするため、いろいろな動きをやって来ましたが、本当にやりたいことの20パーセントも出来ていません。コロナ禍と云うこともあって、今、力を入れているのがYouTubeを使った「わくわくon lineオーケストラ教室」というものです。ベルリオーズの「幻想交響曲」を題材に、楽器紹介や曲目解説といったオーケストラを聴く上でのポイントを、僕とPACのメンバーが、実演で説明しています。一般的な楽器紹介よりも踏み込んだ内容となっています。これを見て、オーケストラって面白そう。一度、芸術文化センターの大ホールで聴いてみたいと思っていただけると嬉しいです。第1弾が好評だったので、第2弾としてドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」も作りました。学校の音楽の時間に使って欲しいので、配布しようと思っています。
『わくわくon lineオーケストラ教室』をぜひ見てくださいね!  写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 9月から始まる2022-23シーズン定期演奏会のラインナップが発表となりました。紹介して頂けますか。
全部で9回の定期演奏会の内、僕が指揮するのは3回です。残りの6回の内訳は、井上道義さん、下野竜也さん、ユベール・スダーンさんといったお馴染みの指揮者のほか、ミヒャエル・ザンデルリンクさん、準・メルクルさん、カーチュン・ウォンさんといった世界的な指揮者が、それぞれ得意とする曲を持ち寄って指揮して頂きます。
僕が指揮するのは、ブルックナーの交響曲第6番とマーラーの交響曲第7番という、これまで一度も指揮していない大曲です。1980年頃からでしょうか、一流のオーケストラは、ブルックナーやマーラーが演奏出来ないといけないと云った風潮が起こったように思います。オーケストラは競って彼らの曲を取り上げるようになりました。マーラーはバーンスタイン先生が得意としていたこともあって、若い頃から勉強して来ましたが、ブルックナーに関しては、正直に言うとあまり気持ちが動かず、取り組み出したのは50歳を過ぎてからでした。しかし、勉強しだすと急速にブルックナーの魅力にハマりました(笑)。マーラーは激しい音楽が持ち味です。うねる弦楽器、咆哮する管楽器…。一方、ブルックナーもドラマチックな音楽ですが、精神性が高いと云いますか、教会のオルガンサウンドのようです。全く真逆の魅力を持つのがマーラーとブルックナーです。
来シーズンの定期演奏会のラインナップも魅力的です!  (c)飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― これまで、佐渡さんとPACで取り上げられたマーラーの交響曲は何番ですか。
1番「巨人」、2番「復活」、3番、4番、6番「悲劇的」ですね。 今回取り上げる7番、実は大好きな曲なのですが、マーラーワールド炸裂で、少し難解な曲です。僕とPACにとっては、チャレンジングな選曲です。
一方ブルックナーは、4番、7番、8番、9番を演奏しましたし、イタリアやフランスでは3番もやっています。今回、5番にするか6番にするか迷った結果、6番を選びました。
―― もう一つのプログラムは、ブラームスの交響曲第2番をメインに、ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」より「4つの海の間奏曲」とヒンデミットの室内音楽第5番というプログラムです。
ブラームスに関しては、皆さんよくご存じだと思います。4つの交響曲の中にあって、第2番は青春のエネルギーを感じる名曲です。前半の「ピーター・グライムズ」は大好きなオペラで、いつか夏のプロデュースオペラでも取り上げたいと思っているほどです。今回は、その中から、シーンをつなぐ4曲をお聴き頂きます。ヒンデミットはヴィオラ協奏曲です。ソリストの谷口朱佳さんを皆さんに紹介したくて、この曲を選びました。彼女は凄いヴィオリストです。この機会に名前を覚えておいてください。
―― オーケストラにとってのファンクラブのような存在、定期会員に対してはどのように思われていますか?
自分の生活の中に、一つのチャネルとして音楽を取り上げようという考えは、素敵な事だと思います。好きな曲や知っている曲を聴く喜びもありますが、全然知らない曲に出会う楽しみも格別です。同じホールの同じ席で、1年間同じオーケストラを聴き続けると、指揮者や曲目によって響きが違って聴こえるかもしれません。そんな発見を、PACを通じて感じて頂けたら嬉しいですね。事務局も積極的に定期会員券のプロモーションを行っているようですし、ぜひこの機会にご検討ください。
PACの定期会員になってみませんか。音楽の楽しみ方が変わりますよ!  (c)H.isojima
―― 世界中のホールで指揮されていますが、芸文センターの大ホールの響きはどのように思われますか。
時間の経過と共に、良い感じに響きが丸くなってきましたね。2000人規模の大きなホールですが、4階席で聴いても近いと思って頂けるのではないでしょうか。ステージの両側にアクリル板を取り付けた事で、オーケストラは、互いの音が聴き合えるようになりました。そして、このオーケストラの最大の強みが、リハーサル段階から本番のホールが使える事です。響きを味方に出来ることほど、贅沢な事はありません。
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール  写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 佐渡さんは、ホールのどこで聴くのがお好きですか。
このホールはどこで聴いても素晴らしいと思います。何よりもナマのサウンドは良いですよ。ぜひ一度、お越しください。
―― 今年のプロデュースオペラは、2年越しの「ラ・ボエーム」ですね。こちらも一言メッセージをお願いします。
2020年に記者会見まで行ったのにコロナで断念した「ラ・ボエーム」を、予定通りのプロダクションで上演することが決まりました。キャスト、スタッフ一同、2年越しの熱い思いで作り上げて行きます。最高の形で、最高のオペラを皆さまにお届け致しますので、どうぞ、ご期待ください。
皆さま、兵庫県立芸術文化センターでお会いしましょう!  (c)飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
インタビュー&テキスト=磯島浩彰

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