ジュディ・ガーランド生誕100年記念
(Part 7)快作「ザッツ・エンタテイ
ンメント!」大特集~「ザ・ブロード
ウェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 7) 快作「ザッツ・エンタテインメント!」大特集
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年2022年に生誕100年を迎える、20世紀を代表する天才エンタテイナー、ジュディ・ガーランド(1922~69年)の偉業を後世に伝えるこの番外編特別連載企画。Part 5 & 6では、ユニバーサル ミュージックから6月8日にリリースされるCDから、彼女が編曲家のゴードン・ジェンキンス、ネルソン・リドルと組んで放った好盤を取り上げた。Part 7では、ガーランドが1960年に発表したアルバム「ザッツ・エンタテインメント!」と、そのアレンジに迫ろう。
■MGMサウンドを創った男
編曲家コンラッド・サリンジャー(1940年頃、MGMで撮影された写真)
 「ザッツ~」は、今回発売されるCDの中で、最もジャズ・センスが横溢する一枚だ。これは、アレンジを担当しバック・バンドを率いる、ジャック・マーシャルのテイストが色濃く反映されている。彼については後述するが、このアルバムもう一つの大きな魅力は、ゲスト・アレンジャーにコンラッド・サリンジャー(1901~62年)を招いた事だろう。彼こそは、ガーランドが在籍した映画会社MGMで活躍した辣腕アレンジャーで、代表作は「雨に唄えば」(1952年)。主演のジーン・ケリーが、土砂降りの雨の中でタイトル曲を歌い踊る名シーンは、サリンジャーのダイナミックな編曲を得て、より一層高揚感を増幅させた。

MGM時代をメインにした名唱集「ジュディ・ガーランド・イン・ハリウッド」(輸入盤CD)
 もちろんガーランドのキャリアの中でも、前述のジェンキンスやリドル以上に、長期間にわたり密接にコラボレーションを続けたアレンジャーで、代表作「若草の頃」(1944年)と「イースター・パレード」(1948年)の編曲も担当。生涯の十八番となった前者の〈トロリー・ソング〉や、後者で共演のフレッド・アステアとコミカルに歌い踊る〈2人の名士〉などで腕を振るった。ブラス・セクションの煌めくような音色と、美しいストリングスが織り成すリッチな編曲は、人呼んで「MGMサウンド」。上記作品の他には、「踊る大紐育」(1949年)や「ショウ・ボート」(1951年)、「巴里のアメリカ人」(1951年)など多くの名作に貢献している。また、ミュージカル映画が量産されていた当時は、一つの作品に複数の編曲家が参加するケースが殆どだが、サリンジャーは中でも信頼の厚い存在だった。

「イースター・パレード」(1948年)より〈2人の名士〉 Photo Courtesy of Scott Brogan
 ガーランドにとってMGMは、スターの座を掴む大きなきっかけを作った「ドリーム・ファクトリー」(夢の工場)だった。だが反面、過密スケジュールをこなすため興奮剤と睡眠薬を交互に投与され、その結果精神を病んだ挙句に解雇と、辛い記憶が多いスタジオでもあったのだ。ただし音楽的環境に関しては、非常に恵まれていた。サリンジャーら名アレンジャーや音楽監督、ヴォーカル・コーチが彼女の才能を引き出し、確実に伸ばしたからだ。
■ショウビズの醍醐味を凝縮した名曲
MGMのレコーディング・スタジオで録音の合間に Photo Courtesy of Scott Brogan

 アルバムのタイトル曲で、オープニングを飾る〈ザッツ~〉は、アステアとシド・チャリース主演の「バンド・ワゴン」(1953年)から生まれた名曲。「雨に唄えば」と双璧をなすハリウッド・ミュージカルの最高傑作で、この作品もサリンジャーが編曲を手掛けた。楽曲は後年、MGMミュージカルの名場面集「ザッツ・エンタテインメント」(1974年/続編のPART 2 & 3も製作)のテーマ曲で使われ、再注目されたのは御存知の通り。
「バンド・ワゴン」(1953年)のラストで、〈ザッツ・エンタテインメント!〉を歌うキャスト
 曲の内容は、「ズボンがずり落ちた道化師が登場すれば、ダンスはロマンスの夢。悪漢たちは暗躍し卑劣を極める。すべてはエンタテインメント」と歌われるショウビズ賛歌。旋律は平明なものの、歌詞が込み入っており、歌い難い事でも知られる(ハワード・ディーツ作詞、アーサー・シュウォルツ作曲)。だがそこは、「ミス・ショー・ビジネス」ことガーランド。2歳半で初舞台を踏み、この世界を知り尽くした彼女にはぴったりのナンバーで、堂々たるヴォーカルが爽快だ。さらに、サリンジャーの華やかで趣味の良いアレンジが曲の特質をフルに生かし、本アルバムで歌って以来、コンサートでは欠かせない十八番となった。

〈トロリー・ソング〉などサリンジャーの編曲を、自らのオーケストラが演奏した「MGMサウンド/ア・ラヴリー・アフタヌーン」(1957年/輸入盤CD)

■ジャズ歌手ガーランドの面目躍如
 サリンジャーは他にも、ゴージャスなストリングスの伴奏に陶然となる〈アイヴ・コンフェスト・トゥ・ザ・ブリーズ〉や〈イエス〉、〈アローン・トゥゲザー〉をアレンジ。その他のナンバーの編曲と指揮は、ジャズ&クラシックのギタリスト、TVドラマの作曲家としても鳴らした才人ジャック・マーシャル(1921~73年)が受け持った。フィンガー・スナッピングを効果的に絡めた、ペギー・リーの大ヒット曲〈フィーヴァー〉(1958年)は彼のアレンジだ。
ジャック・マーシャルのアレンジで歌う、ペギー・リーのヴォーカル集「スウィンギン・ブライトリー・アンド・ジェントリー」(輸入盤CD)

 本盤は、スケールの大きいサリンジャーのアレンジと対比するように、小編成のバンドを巧みに生かし、きびきびと闊達にスウィングするマーシャルの編曲を堪能出来る。軽妙な伴奏に乗って、ガーシュウィン作曲の〈フー・ケアズ?〉や、アーヴィング・バーリン作詞作曲のスタンダード〈プティン・オン・ザ・リッツ〉などを、気持ち良さそうに歌うガーランド。ジャズ・ヴォーカリストの天分を、惜しみなく示して絶好調だ(この2曲もライヴの定番曲となった)。加えて〈イフ・アイ・ラヴ・アゲイン〉や、ピアノ伴奏のみで聴かせる〈イット・ネヴァー・ワズ・ユー〉などの渋いバラードを比較的さらっと歌っており、いつものドラマティックな演唱とは一味違う繊細な表情を見せる。またこのアルバムは、本連載Part 3で紹介した「ライヴ!」(1962年)同様、ガーランドが初めて挑戦した楽曲がほとんどだった。

■コンピレーションに初のライヴ録音など

 最後に、ユニバーサル ミュージックから発売されるCDから、残りの3タイトルにも触れておこう(曲名は下記一覧参照/すべて日本初CD化)。まず、ガーランドのキャピトルにおける初録音「ミス・ショー・ビジネス」(1955年リリース)は、メドレーを含む18曲収録の充実盤。情感溢れるバラード〈ダニー・ボーイ〉が、胸に染み入る素晴らしさだ。1962年リリースの「ザ・ガーランド・タッチ」は、それまでのレコーディングから選りすぐった一枚。ブロードウェイ・ミュージカル『地下鉄は眠るために』(1961年)からの一曲で、シングル盤で発売された〈カムズ・ワンス・イン・ア・ライフタイム〉が楽しい。
ココナッツ・グローヴでのショウの後、ガーランドを祝福するマレーネ・ディートリッヒ Photo Courtesy of Scott Brogan
 1959年にリリースされた「ガーランド・アット・ザ・グローヴ」は、彼女初のライヴ盤。前年の夏に、LAのナイトクラブ、ココナッツ・グローヴで行われたショウを収録している。声の調子が今ひとつなのは惜しいが、伴奏を務めるフレディ・マーティン指揮のオーケストラが抜群で、歯切れの良いサウンドでガーランドの歌を盛り立てる。白眉は〈パープル・ピープル・イーター〉。これは、〈ロックを踊る宇宙人〉の邦題が付けられた当時のヒット曲で、「紫色の人喰い一角獣が空から現れた。目的を尋ねれば、『オレ、ロックンロールのバンドで働きてえ』」というナンセンスな内容だ。彼女は、この手のコミカルなナンバーも実に上手かった。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着