唐津絵理が語る、プロフェッショナル
なダンス創造環境の新モデル~コロナ
禍に生まれた佳編を揃え全国ツアー

2022年秋、日本を代表する振付家たちがコロナ禍に創作した選りすぐりのダンス作品が全国の劇場で上演されている。「パフォーミングアーツ・セレクション 2022」は、2020~21年にダンスハウス「Dance Base Yokohama(愛称DaBY/デイビー)」で創作され、愛知県芸術劇場で初演した5作品のなかから、各会場で2~3作品をセレクトしたショーケース形式のツアーだ。プロデュース/コンセプトを担当した唐津絵理(愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー/Dance Base Yokohamaアーティスティックディレクター)に取材し、11月1日(火)~2日(水)吉祥寺シアターにて行われる東京公演を前に企画意図や上演作品の特色、DaBYの展望を聞いた。

■DaBY✕愛知県芸術劇場がコロナ禍で生んだ、丁寧に創られた作品群
――唐津さんは、愛知県芸術劇場を中心にダンスをはじめとするパフォーミングアーツの海外招聘事業や国際共同制作、企画公演を多数プロデュースされています。2020年以降は、横浜・馬車道にオープンしたDance Base Yokohama(運営:一般財団法人セガサミー文化芸術財団)での活動も始めました。今回、全国7箇所(高知・長野・福島・新潟・東京・熊本・山口)で展開中の「パフォーミングアーツ・セレクション 2022」の趣旨・目的をお聞かせください。
DaBY設立の目的のひとつともつながりますが、日本ではプロフェッショナルに作品を創り上演できる環境があまりない中で、作品を創作して、それを各地で再演するというひとつのプロトタイプを作ろうと思いました。特に「ダンスの系譜学」は、2020年の開館時に創る作品だったのですが、コロナのため初演を一年半ほど延期しました。ただ、その期間があったからこそ、丁寧にクリエイションを行うことができたと感じています。
そうして創った作品を愛知県芸術劇場で世界初演後、普段なかなかコンテンポラリーダンスを観ることができないエリアの方々にもお届けしたい。また関わってくれるアーティストやスタッフに対しても、再演することによって報酬を払い、プロフェッショナルな活動へとつなげていく。同時に、再演を重ねて作品がより練り上げられ強まっていくことが重要だと思うんですね。
30分くらいの作品を複数組み合わせることによって、地域のニーズや好みに合わせた演目を上演できます。ダブルビル、トリプルビル、ダブルビル+アフタートーク、またはプレトークというようにニーズに応じてカスタマイズする形になっています。また、地元のダンサーへのワークショップなどを組み合わせていくことも可能ですね。
Dance Base Yokohama エントランス
――コロナ禍でピンチではありますが、こうしてツアーができるのは素晴らしいですね。
東京公演以外は文化庁の「統括団体によるアートキャラバン事業(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)」として行うことで実現できました。これは劇場から国に申請する形です。地方で現代的なダンス公演がなかなか行われない理由として、集客の難しさ、演劇や音楽に比べて専門のプロデューサーが少ないこと、予算の優先順位などの事情がありますが、DaBYと愛知県芸術劇場が公益性の高いソフトを創り、それぞれの劇場がやり易い仕組みにすることによって今回成立することができたと思います。
「パフォーミングアーツ・セレクション in Tokyo」チラシ

■ダンスの歴史に焦点をあてた「ダンスの系譜学」より披露する名作・快作
――ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した「ダンスの系譜学」より安藤洋子さん、酒井はなさん、中村恩恵さんが踊ります(会場によって上演作品は異なる)。「ダンスの系譜学」の狙いを教えてください。
ダンスにとって振付は重要ですが、音楽や美術と違って創られたときの時代背景、どういう人がどういう思いで創っているのかはあまり知られていません。もっと作品全体に興味を持っていただくためには、歴史を知ってもらうことが有効かなと。また、ダンスハウスのオープンにあたって、「ダンス」についてアーティストや観客の皆さんと考える機会を作りたかったんです。
国内外で活躍されている、神奈川にゆかりのある割と近い年代のお三方にフォーカスすることを最初に決めました。彼女たちと何度もミーティングを重ねていくうちに「原点」/「継承」と「再構築」の2つの軸に沿ってクリエイションすることにたどり着きました。それぞれのキャリアの違いに応じて影響を受けて身に着けてきたテクニックや思想と、彼女たちの今にフォーカスすることです。こうしてダンスの歴史的な文脈に沿って公演を構成することによって、鑑賞しているうちに自然と作品の背景や成り立ちなどにも関心を持ってもらえるのではないかと考えました。
安藤洋子『Study # 3』(c)︎Naoshi HATORI
中村恩恵『BLACKBIRD』よりソロ (c)︎Naoshi HATORI
――日本を代表するバレリーナ酒井さんが踊る『瀕死の白鳥』/『瀕死の白鳥 その死の真相』は、東京をはじめ全公演で上演します。『瀕死の白鳥』は20世紀初頭にアンナ・パブロワが踊って一世を風靡しました。酒井さんは、まずフォーキン原型『瀕死の白鳥』を踊った後、演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰の岡田利規さん演出『瀕死の白鳥 その死の真相』に挑みます。共にチェリストの四家卯大さんの生演奏です。こちらについて、ご紹介いただけますか?
はなさんには、バレエを象徴する作品をまず上演してもらおうと。『瀕死の白鳥』は、いわゆる名バレリーナが踊る、それぞれのダンサーの歴史みたいなものが象徴される約2分半の作品です。フォーキンはバレエの改革者で、天上に向かうバレエのテクニックを尊重しながらも、死を志向する作品を創作したりと、非常に革新的だったわけです。同時代的な舞台作品を紹介するにあたって、20世紀バレエの改革期にあったバレエ・リュスのプロローグのようなこの作品をひとつの基準値に設定しました。
そこから、思いっきりそれを解体してしまうことをひとつの軸として考えました。はなさんが岡田さんのチェルフィッチュが好きでしたので、岡田さんにお願いするのはすぐに決まりました。はなさんというバレエダンサーが、振り幅のある2作品を踊ることによって、バレエの世界しか観たことがない方、古典にしか目が向かっていない方にも興味深く見てもらえると思います。「ダンスの系譜学」を象徴する作品になりました。
酒井はな『瀕死の白鳥』(c)︎Naoshi HATORI
酒井はな『瀕死の白鳥 その死の真相』(c)︎Naoshi HATORI

■鈴木竜が問いかける、今踊る必然性とは?
――「鈴木竜トリプルビル」より2作品『never thought it would』『When will we ever learn?』もあり、東京公演では両方とも披露されます。こちらに関してもご紹介ください。
竜さんはDaBYのアソシエイトコレオグラファーの立場で継続して作品を創っています。2020年に行なっていたDaBYコレクティブダンスプロジェクトから発展した作品もあります。それぞれの専門分野を持つ人たちと意見を交わし、最終的に竜さんがまとめ上げます。演出・振付家が絶対的な力としてヒエラルキーのトップにいて、自分のやりたいことを音楽家や照明さんにその通り依頼するのとは違う、もっとフラットな創作方法を目指しています。
鈴木竜 (c)︎Takayuki Abe
作品のテーマは「わたしのからだはわたしのものか?」。鈴木竜がコロナ禍で身体表現に関わり、この時代に踊る必然性を問うことから生まれた作品です。自分が何かの組織・共同体に属していれば、そこにあるのが自分自身の身体であっても、何らかの影響を受けざるえないことがあります。それに対し、自身の身体への自己決定権について考える言葉として、昨今「ボディ・オートノミー」という表現が使われ始めています。これは、身体をメディアとして扱う振付家にとっても、重要なテーマです。自身の身体に向き合って創ったのがソロ作品『never thought it would』で、ダンサーと振付家という関係性にフォーカスしたのが『When will we ever learn?』です。振付家とダンサーという非対称的な関係から出発して、身体表現がどういうコミュニケーションのツールになり得るのかを問うています。ソロの方は柿崎麻莉子さんが踊るバージョンもできるので、どこまでが振付で、どこからが彼女の身体性を活かしたものになるのか、今模索している状況です。
なお、DaBYでは「フェアクリエイション」という言葉を掲げています。フェアトレードと似ていますが、誰かが犠牲になったり嫌な思いをするようなことはしない。振付家とダンサー、スタッフそれぞれがクリエイティブな能力を発揮して、健全なクリエイションができる環境を創るために尽力しています。「健全」というのは、精神的な意味だけでなく、労力的に搾取されないということでもあります。「好きなことをやっているんだから、お金をもらえなくていいだろう?」というのではなくて、使っている時間に対して一定の対価は保証されるべきです。お客様に作品を観てもらうだけではなく、そういったフェアで健全なクリエイションによって創られたプロセスを共有・評価いただくことが現代の舞台芸術の発展に決定的に重要だと考えています。
鈴木竜『never thought it would』(c)︎Naoshi HATORI
鈴木竜『When will we ever learn』(c)︎Naoshi HATORI

■「最高の作品・パフォーマンスをお見せし、全国でみんなで盛り上げたい」
――今回は事前にオンラインレクチャーを行うなど広報にも力が入っていますね。
どの劇場もがんばって広報してくださるんですね。作品をお客様に届けることが重要だとあらためて感じます。そこからフィードバックをもらってこそ、ひとつの創作サイクルです。9月の高知公演はほぼ満席で、その4割くらいの方がアンケートを書いてくださり、とても熱かったです。普段ダンスを見慣れていない方も多かったですが、ダンス公演を観る機会が少ないので、ひとつの舞台を観る集中力がもの凄い。観た後も味わって考える充実した時間を持っていらっしゃるのが伝わってきました。地域にこそ最高の作品を持っていかなければいけない、最高のパフォーマンスをお見せしないといけないですね。
――今後より一層ダンスを鑑賞する習慣を広げていくためにどうすればよいとお考えですか?
30年間、愛知県芸術劇場でやってきましたが、継続していくしかないと実感しています。おもしろいと思っていただいても、やらないとすぐ忘れられてしまう。今回の各地域とも1回やっておしまいではなくて、何らかの形で継続させていきたいと話し合っています。ようやくひとつのサーキットができはじめてきているので、全国みんなで盛り上げていくのが重要だと思います。今回ご縁のなかったエリアの方々ともつながっていきたいので、興味を持った劇場の方には、ぜひ声をかけていただきたいです。
福島公演(いわきアリオス)でのアフタートークの様子
■「創造の場を社会に開いていきたい」
――DaBYの展望について、今後のラインアップを踏まえてお話しください。
今再演している作品やこれから創作する作品を、国内だけでなく、海外でも上演できるようにしていきたいと考えています。
同時に海外カンパニーの招聘公演も行います。世界の一流の舞台をライブで観ることは重要です。30年前、バブルの時代には海外カンパニーがどんどん来ていました。私や今のコンテンポラリーダンス界で活躍されているアーティストたちの多くは、そこでたくさんの作品に接することで触発されていると思います。でも、今の若い人たちはなかなか観ることができません。そこで、2023年5月には、2019年のネザーランド・ダンス・シアター日本公演で好評だった『The Statement』の振付家クリスタル・パイトが率いるKidd Pivotを招聘して、2022年にローレンス・オリヴィエ賞(新作ダンス部門)を受賞した『REVISOR』の初来日公演を愛知県芸術劇場と神奈川県民ホールで行います。コロナで中止になったカンパニーもあるので、それも含めて今後も海外招聘を準備中です。
2023年3月には、DaBYダンスプロジェクト 鈴木竜✕大巻伸嗣✕evala『Rain』を愛知県芸術劇場で世界初演し、その後再演を計画中です。米沢唯さん(新国立劇場バレエ団プリンシパル)以外の出演者はほぼDaBYのダンサーです。一定水準のダンサーたちがプロフェッショナルに活躍できるプラットフォームを作りたいと考えています。
Dance Base Yokohama アーカイブエリア
DaBYでは今年の春にオーディションを行い、現在20人のダンサーが所属しています。毎週1回レジデンスアーティストのクラスを受けたり、リーガルアドバイザーに契約書の書き方や著作権などの法律的な話を教わったり、ダンスの歴史やアートマネジメントについて学んだりしています。先日の小暮香帆さんの「音楽と即興」のクラスなど、プロフェッショナルとして活動をスタートさせたい若手に役立つことをレジデンスアーティストがメンターとしてシェアしています。
11月には、レジデンスアーティストのハラサオリさんのクリエイションにDaBYレジデンスダンサーらも参加します。また10月に3週間のクリエイションののちにトライアウト公演を行ったイリ・ポコルニさんの作品も来年9月に愛知で初演を行う予定です。ほかにも、来年すでにいくつかの再演が計画されています。創作するプロセスを健全にすること、公演に対する対価が支払われること、再演が成立すること、観客が増えることなど、これらのレイヤーが有機的に結び付いてスパイラルしていくことによって、今の環境が改善されていければいいですね。
政府が文化予算をしっかりとつけてくれる羨ましい国もありますが、羨ましがっていても真似しても仕方ない。今の日本の状況の中での最善は何かを常に考えてきました。小さな規模の民間のメリットは、すぐに変えることができる点ですね。近々、来年度のアソシエイトコレオグラファー、レジデンスアーティスト、レジデンスダンサーの公募を開始します。いろいろな方に関わっていただきたいです。DaBYでのクリエイションは見学していただくことが可能です。近くにいらした際はぜひ覘いてください。やっぱり創造の場を社会に開いていかないと、関心を持っていただくことは難しいですので、ぜひ気軽に見に来ていただければと思っています。
「パフォーミングアーツ・セレクション 2022」ダイジェスト動画
取材・文=高橋森彦
写真提供=Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場、いわき芸術文化交流館アリオス

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