「イタリアはとにかく自由で、感情が
豊かです」〜ピアニスト、森本隼太は
語る

ピアニストの森本隼太が、2023年6月24日(土)東京・銀座王子ホール、6月28日(水)兵庫・兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホールにて、『ピアノ・リサイタル 2023「幻想」』を開催する。この度、森本に公演について聞いたインタビューが届いたので紹介する。

2004年に京都府で生まれたピアニスト、森本隼太を初めて聴いたのは2020年8月21日。東京のサントリーホールで行われた一般社団法人の全日本ピアノ指導者協会(PTNA=略称ピティナ)が主催するコンクール、『第44回ピティナ・ピアノコンペティション』の「特級ファイナル」だった。16歳の森本は岩村力指揮の東京交響楽団とラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を弾き、第2位を得た。プロフィールには「角川ドワンゴ学園N高校在学」とあり、「いかにも今風の男の子」だとも思った。
当日、私はレヴュー(ホームページ:www.iketakuhonpo.com)に「森本は屈託なく、良くいえばスポーティーなヴィルトーゾ・スタイル、悪くいえば派手なガチャ弾きでグイグイ、早いテンポで進む。半面、スタインウェイを鳴りきらせる力量や、歌うべきところではゆっくりと歌う切り換えには見るべき才があり、今後の展開が楽しみだ」と記した。果たして4年後の2022年5月7日、浜離宮朝日ホールのリサイタルでは「今後の展開」の予想以上の大きさに驚く。「和声やフレージングなど、ヨーロッパの古典音楽の構造に対する視点が急速に芽生えつつある実態をはっきりと示した」「ゆったり歌わせる部分で絶妙のペダリングが繊細かつ多彩な音色の妙を現出させ、本領はここにありと思わせた」「怖れを知らない若者の気負いが芸術の格調を損ねるどころか高め、ただならないものを感じた。次に聴くのが本当に楽しみなピアニストだ」と書いた。
「次に聴くチャンス」は意外に早く、2023年6月の東京(24日、王子ホール)と神戸(28日、神戸女学院小ホール)で訪れる。いずれも日本コロムビアなどの主催。18世紀フランスのクラヴサン(チェンバロの仏語表記)音楽のラモーからJ・S・バッハを20世紀初頭のブゾーニが編曲したもの、古典派のモーツァルト、ロマン派のショパン、リスト、ブラームスに至るまで、堂々のヴィルトゥオーゾ(名人)級プログラムで、さらなる変貌をみせてくれるに違いない。幸いなことに年明け早々、東京・南青山の日本コロムビア本社で一時帰国中の森本の話を聞く機会を授かった。最初は46歳の年齢差に戸惑ったものの、聡明なピアニストはすべてを克明に、確かな主張とともに話す。できるだけ当日の雰囲気に沿って、再現してみようと思う。
ーー「N高」と知った瞬間のインパクトが今も続いています。
もともと高校生になったら留学したいと考え、通信制のN高を選びました。イタリア行きは中学3年生の時に決まったのですが、ヴィザの取得に手間取り、コロナ禍にも見舞われた結果、高校2年生になった2021年4月にようやく、イタリアへ来ました。
ーーなぜ留学、それもイタリアなのですか?
マスタークラスのために来日したウィリアム・グラント・ナボレ先生と知り合い、先生が主宰するイタリアのコモ湖ピアノアカデミーでの弟子入りを志願しました。
ーー私は若い頃、ドイツで働いていました。日本は明治維新後、ドイツから多くを学んだので「日本人とドイツ人は似ている」と言われがちですが、後にオペラの仕事などを通じ、「イタリア人の方がより近い」と思っています。森本さんにはどう映りますか?
僕はそこまで、日本人に近いとは思いませんけど(笑)。とにかく自由なところが大好きです。感情の豊かさ、行動力も。あとヨーロッパのキリスト教にも関心があります。
ーー音楽面の特徴は。
準備よりも、最終的に成功へ持っていく力はすごいと思います。でも、よくよく考えれば基礎ができているということです。日本人の『努力、努力!』ではなく、絶対に頑張らなければならない場面に必要な基礎が、予めできています。楽譜を読むことの基礎訓練であるソルフェージュひとつとっても、元はフランスのメソードですが、イタリアの教育法はすごく難しいです。今の僕は大きな野望を持つよりも、将来ぜったいに役立つ基礎をラモーやJ・S・バッハ、モーツァルトなどともに固め、音楽家としての一生の基本を学びたいと考えています。国民の”色”は言語と関係しながら、音楽にも出てくると思うのですが、イタリア人はとにかく良く歌い、フレーズにも現れてきますね。
森本隼太 『ピアノ・リサイタル 2023「幻想」』
ーーナボレ先生も1941年生まれのアメリカ人ながら、長くイタリアが本拠ですね。
17歳でローマのサンタ・チェチーリア音楽に留学して以来、イタリア在住です。そこでフェルッチョ・ブゾーニ、アルトゥール・シュナーベルの流れをくむカルロ・ゼッキ、テオドール・レシェティツキの流れをくむレナータ・ボルガッティという2人の恩師と出会い、イタリアだけでなくドイツのシューレ(流派)も修められ、その後チェリストのピエール・フルニエと10年間室内楽を勉強されていました。僕もローマ在住で、地元の京都よりも大勢の観光客に驚いたりもしますが、ローマの良き人々には偏見があまりなく、優しくて寛容なのが、すごく気に入っています。
ーーそう感じるのは、森本さんも寛容だからですよ。
どの地域に出かけても、地元の人々との触れ合いは大切だと確信します。単に演奏家として行き、演奏家としてだけ振る舞っていたら、絶対に得られない何かです。数人の前で弾いても、何千人の大ホールの舞台に立っても、結局は一人ひとりの聴き手と音楽、作曲家、作品、演奏家がどこかの1点でつながり、その積み重ねで演奏会は成立します。
ーー2023年6月のリサイタルではラモーの「クラヴサン組曲」からの「ガヴォットと6つの変奏」「サラバンド」が目を引きます。森本さんにとっての新しいレパートリーです。日本のピアノ教育では一時、18世紀クラヴサン音楽の「ポルトレ(肖像画)」と呼ばれる性格的小品を現代のピアノ教育に応用する試みが盛んでした。第二次世界大戦前のフランスで育ち、戦後の日本にフランスのピアノ曲を広めた安川加寿子先生の功績だったのですが、いつしか、継承が途絶えたように思います。
安川先生のことは詳しく存じ上げませんが、ラモーは今、一番『はまっている』作曲家です。僕には今まで、弾く機会がありませんでした。同じ18世紀音楽でも、J・S・バッハとは和声が全然違います。装飾音とハーモニー、メロディーと伴奏などの関係が斬新で、すごくシンプルなのに画期的な音楽です。ラモーを体験した後でショパンに目を向けると、全く別の音楽に思えてきます。日本ではセンチメンタルでエモーショナルな作曲家にみられがちですが、実際にはもっと男らしくて、自身の強い意思を音楽にこめていたように思えてきました。
※インタヴュー後、森本から次のコメントが来た:「僕が日本で小学2年生の頃から学んでいる関本昌平先生とお話しした際に、彼の先生である二宮裕子先生の先生、高良芳枝先生の先生にあたる方だと知りました。僕の演奏にもフランス由来の安川先生の伝統が受け継がれていると考えると、胸が高鳴ります。
ーーそうした視点を得たとき、作曲も手がけたくはなりませんか?
はい。今は演奏の勉強にかかりきりですが、ゆくゆくは作曲もやりたいです。僕は最初、超絶技巧系のレパートリーに特化した練習を積みました。留学と前後して色々なマスターコースに参加するうち、ラモーやバッハなど日本で手がけなかった作品を中心に、ヨーロッパ音楽の原点に戻りつつある段階にあるといえます。
ーーもはや、音楽だけの知識では間に合いませんね。昭和の大ピアニスト、園田高弘先生もドイツに渡って音楽仲間と語らううち、ご自身の知識が音楽に偏っていたと気づき、日本から「岩波文庫」を大量に取り寄せて哲学や文学、演劇など「幅広い世界の教養を身につける糸口にした」と、振り返っておられました。
もともと本を読むのは好きだったので、ギリシャやローマなど、ヨーロッパの人々が基本的に持っている知識の世界を共有したいと願い、哲学書や文学書を読みあさっています。僕もだんだん、岩波文庫に接近してきました(笑)。うわべだけ勉強しても『40年後にどうなるのか』と考えれば、いま10代のうちに基礎をしっかり固めなければならないと思います。まだまだ『西洋の壁』は厚く、文化の違いも存在しますが、様式の違いはあっても根底に共通する人間性、どの人でも持っている人間らしさを理解できれば、こちらの意識も変わるでしょう。ドビュッシーの音の裏側にあるもの、リストが傾倒したダンテの世界などでも、より深く見えてくるものがあるはずです。
ーー素晴らしい! 次の演奏でも、びっくりさせてください。ありがとうございました。
聞き手は池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)

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