「喜劇が一番むずかしい」久本雅美×
錦織一清インタビュー 大阪が舞台の
人情コメディ『垣根の魔女』会見には
室龍太、大和悠河、ラサール石井も

2023年に開場100周年を迎えた大阪松竹座。アニバーサリーイヤーを多彩なラインナップで寿ぐ中、4月21日(金)より30日(日)まで『垣根の魔女』が上演される。主演は久本雅美。演出は錦織一清。1979年に発刊された村野守美の同名漫画が原作だ。久本と錦織に、松竹座の思い出、本作の魅力、喜劇のむずかしさについて話を聞いた。製作発表会見の模様とともにレポートする。
右からラサール石井、室龍太、久本雅美、大和悠河、渋谷天笑
■室「今でも純朴です!」に、錦織が斜め上をいくフォロー
錦織清一
原作では東京下町だった舞台が、本公演では大阪の架空の町に変わる。記者会見には錦織と久本のほか、室龍太、大和悠河、渋谷天笑、そしてラサール石井が登壇した。錦織は台本を読んだ感想として「キャラクター一人ひとりに魅力があり、今から楽しみ」と語り、「親しみを感じるメンバーです。リラックスして作れます」と出演者たちに目を向けた。
久本雅美
久本は、お洒落で口うるさくてお節介なミドリ婆さんを演じる。「錦織さんは本当に面白いお芝居を作られます。安心して、丁々発止しながらどこまでハーモニーを作れるか。お客様に喜んでいただける、心温まるお芝居をお見せできれば」と笑顔で場をあたためた。
室龍太
室が演じるのは、恋に悩むスーパーの店主アキラ。「純朴な青年の役です。ジャニーズに入る前は僕自身、女性と話をするのも苦手でした。その頃の気持ちを思い出してがんばります」。過去には「大阪松竹座は僕の原点」とも語っていた室。「錦織さんはお芝居の楽しさを教えてくれた方。またご一緒できることを光栄に思います」と気合充分の様子。
大和悠河
坂本の娘でピアニストのナナ役を演じるのが大和。「松竹座に出演するのは初めてです。ここにいる素晴らしい皆さんと一緒に人情喜劇をやらせていただけることがとても嬉しく、ワクワクどきどきしております」と声を弾ませた。「劇中の設定を楽しみながら皆さんと一緒に作っていけたら」と意気込む。最近の元気の源を問われると「お餅」と回答。アクアブルーのドレス姿でお餅愛を語るギャップが、一同を和ませ楽しませた。
渋谷天笑
松竹新喜劇の渋谷天笑は、町のお巡りさん役。室が演じるアキラと幼なじみという設定になる。約10年ぶりの共演となる室を「ライバルだと思っています。負けないようにがんばります!」とあえて真顔でコメントし、笑いを誘っていた。
ラサール石井
大阪出身のラサール石井は「子どもの頃、親に連れられ松竹新喜劇を生で観ました。この世界に憧れるキッカケのひとつになり、年をとったらこういう喜劇に呼ばれる役者になりたいと思っていました」。スーパーの店員、坂本役を演じる。元気の源は「猫と若い嫁」。正直すぎるコメントに記者席で笑いが起きた。
室龍太
質疑応答では、先述の室のコメントに「現在は純朴ではないという意味か」との確認が。室は「ちがいますちがいます! 語弊がありました。今でも純朴です! 」と前のめりになって訂正。純朴を絵に描いたような室の慌てぶりが、久本をはじめ皆を笑いに包んだ。さらに2020年まで同事務所に所属していた錦織が「僕は純朴に戻りたくて辞めました」とギリギリのジョークで斜め上を行くフォロー。爆笑をさらっていた。一座の息の合った掛け合いに、公演への期待が膨らむ記者会見だった。
■錦織一清✕久本雅美のタッグで大阪松竹座開場100周年記念公演
久本雅美、錦織一清
——ここからは主演の久本さんと、演出の錦織さんにお話をうかがいます。大阪松竹座が100周年ですね。
錦織:松竹座で思い出すのは、東日本大震災なんです。僕はちょうど松竹座で黒木瞳さんの主演舞台『取り立てや お春』に出演していました。昼の部と夜の部の間に地震が起きて大阪も揺れ、その日は大阪でも多くの劇場が公演中止になった。でも松竹座はなんとか復旧し、幸い幕を開けることができました。終演後は黒木さんのお声がけでロビーで募金を呼びかけたり。忘れられないですね。
久本:(錦織演出の)舞台『蘭~緒方洪庵 浪華の事件帳~』や『毒薬と老嬢』でも松竹座にうかがいましたね。私は大阪の生まれなので、松竹座といえば伝統的で崇高な劇場というイメージ。立派な入口の横のガラスケースに、公演のポスターが貼られていますよね。あそこに自分の写ったポスターが初めて貼られた時は、私すごい! と超感動でした。通りがかりの方を呼び止めて「これ私です!」と言いたくなるくらい(笑)。
——「100周年記念」として『垣根の魔女』の他、松竹新喜劇さんやジャニーズさんの公演、ミュージカルや歌舞伎がラインナップされています。1月は坂東玉三郎さんの歌舞伎公演でした。
久本:(思わず立ち上がり)みなさん、聞きました?(一同笑) その記念すべき公演のひとつに、憧れの錦織さん演出で、主演させていただくんですよ? 勲章ですよ。一生自慢させていただきます!
■演出家の錦織✕俳優の久本
錦織清一
——久本さんと錦織さんのタッグは4回目です。舞台に立つ久本さんをどうご覧になっていますか?
錦織:僕の認識では久本さんはコメディエンヌでボードビリアン。ハットの扱いとか身体の使い方がうまい。エンタテインメントショーとして見せる技術をお持ちでしょう?
——思えばワハハ本舗の方々は、体を使う訓練をされている印象があります。
久本:ちがうんです! ワハハは体を使うしかないだけ。しかも不器用!
錦織:いやいや(笑)。ポカスカジャンなんて日本のストンプだと思っていますよ?
久本:錦織さん、優しい! 伝えておきます!
久本雅美
——演出家の錦織さんは、演出家席にあまり座っていないそうですね。
久本:ぐるぐる歩き回りながら、色々なアイディアをポンポン思いつかれるんですよね。
錦織:これまで先輩方の芝居を見て勉強してきたわけですが、それはたいてい客席ではなく、その舞台袖から観ていたんです。正面からではなく横から。だから今でも横から観たほうがイメージしやすいのかもしれません。それに演出家席は客席のど真ん中に作られますよね。そこは役者の気が集まるところだから、稽古とはいえ芝居の邪魔になる気がするんです。役者さんが何かを見る目を作っている時に、僕と目が合うのはどうなのかなと。
——演者さんへの配慮が行き届いていますね。
久本:トップアイドルとして大スターとして、演者側で活躍されてきた方ですからね。稽古場では、私たちが何かを試しにやってみた時も、一番最初に大笑いしてくれるんです。もっと試行錯誤してみよう、と意欲がわきますよね。褒めるばかりではなく、やりすぎていたら「その間じゃないな」、「もう少しこっちの言い方にしようか」と。繊細な部分まで的確に見てくださっているので、私たちは信頼して思い切りやらせていただくことができます。
——錦織さんは、演出家として怒ることもあるのでしょうか。
錦織:若い頃は、舞台でハッチャけて色々やってみたい時期があると思うんです。僕自身が決して舞台で行儀のいい役者ではなかった。自分も通ってきた道だし、皆の前で晒すようなダメの伝え方をするのは違うよね。目標は、『スラムダンク』の安西先生みたいな演出家です。
久本:最っ高! 今回も明るくて和やかな現場になりそうです!
■芝居の中の不謹慎、お客さんへの嘘のなさ
久本雅美
——『垣根の魔女』のチラシには「人情コメディ」と銘打たれています。
錦織:「人情喜劇」と聞くと、笑いと人情に溢れてるだけの話を想像する方もいるかもしれないけれど、そうではないんだよね。(藤山)寛美先生の喜劇を見ていた時も思った。喜劇の笑いの中にも、ちょっと叱られるような感じというのかな。情けをかけているばかりではなく、ピリッとした厳しさがある。ミドリ婆さんも、キャラクターとしての魅力の中に、厳しさやある種の正しさを持つ人だと思っています。
久本:昔は大人がよその子どもを怒るのは普通でしたよね。あの時代の垣根を超えたコミュニケーションを表現できればいいな。でもね、錦織さんが演出される以上は淡々と芝居が続くのではなく、きっと踊りや音楽がバーっと入ってきたり。エンタテインメントでエスプリの効いた、錦織ワールドになるんです!
—— 舞台『毒薬と老嬢』も基本的に会話劇でしたが、死体を運ぶ場面がダンスで表現されるなど、楽しませていただきました。ブロードウェイ版もあのような演出だったのでしょうか。
錦織:他のを観ていないから分かりません。
久本:こういう方なんです。エンタメの世界で育ったから、人を楽しませるものしか作れない。
——文字にすると不謹慎な演出ですが、あの場面はユーモアエレガントさが印象に残っています。言葉ひとつで抗議が殺到しかねない世の中ですが、演劇における「不謹慎」とはどう付き合っていますか。
錦織:不謹慎にも色々あって。不謹慎な芝居なのか、不条理演劇なのか、破廉恥な要素が入ってるのか。僕は、時として毒をもって毒を制するものだと思っていて、つかこうへいさんのお芝居には、人を傷つける辛辣な言葉がいっぱい出てきます。僕もつかさんの舞台に出た時、そんな言葉を口にした。けれども、つかさんは釘を刺すんだよね。「ふだんは絶対に使っちゃいかん言葉だ」と。つかさんは批判を覚悟でご自分のアイデンティティをはじめとした様々なものを背負い、勇気をもって「不謹慎」と言われうる言葉も使う。だから決して軽々しくはならなかったんだよね。
久本:たしかにつかさんの作品には、差別的な言葉が使われることがありますね。でもその芝居に私たちは感動するし、言っちゃいけない言葉を劇中で聞いて「ひどい! これが許される世の中でいいのか!」と逆に考えさせられたりもして。
錦織:そう。しかも現実の世界には、もっとひどいことを言う人間がいくらでもいるのに、そういう人間を芝居から消してしまうのはどうなのか。言っちゃいけない言葉だからこの台詞はやめようとするのは、お客さんに嘘をつくことにならないかという話になるんだよね。
—— すると不謹慎かどうかのラインは……。
久本:根底にお客さんへの思いがあるかどうかじゃない? 過激なことをして目立ちたい! みたいな自己満足ではなく、お客さんに喜んでもらうための情熱や魂があるか。エンタメショーとして、どこまでもお客様本位の物作りができているか。精神論になるけれど、そこから生まれてくる知恵もあると思っています。松竹新喜劇で(渋谷)天外にいさんが、ある役者におっしゃったんです。喜劇の芝居で「リアルはいいけどシビアはあかんで」と。お客さんに笑って喜んでいただくために皆でやっている中、一人でもシビアな芝居が入るとつまらなくなる。深いな、と思いました。表現ひとつでも、お客さんの方を向いていることが喜劇には大切なんですね。
■喜劇は一番むずかしい
錦織清一
—— おふたりにとっても喜劇は難易度が高いものなのですね。
錦織・久本:難しい!
錦織:一番深い。喜劇は芝居の全てをわかった人たちで作るものだと思います。
久本:喜劇が一番むずかしいです。
錦織:でも久本さんは、大劇場の幕がバーッと開いて舞台に一人立っているだけで、すでにすべてが完了。お客さんを一瞬で楽しい気持ちにさせるんです。めいっぱい笑わせて出番を終えた久本さんは、弾ける笑顔で舞台袖に帰ってくる。「すごいな、不思議だな」と思ったけれど、久本さんの額の汗に感じるものがありました。軽々と笑わせているようだけれど、大変な準備をして全力で本番に挑まれていることを知っているから。「鴨の水かき」僕の好きな言葉です。すーっと優雅に泳いでいるけれど、水面下では一生懸命もがいているのです。
久本:そんなふうに見ていただけるなんて恐縮です。ありがとうございます!
——久本さんにとって、水面下の努力は苦もなく当たり前にされていることなのですか。
久本:全っ然。体に悪いなと思うくらいに、しんどいです(笑)。ホテルに戻ってもノートを広げてもっと面白く広げるにはどうしたらいいだろう、なんてずっと考えています。松竹新喜劇で57年ぶりの台本を使った時(『流れ星ひとつ』)は、今の時代には面白さが伝わりづらいと思った箇所を毎日毎日担当の方に電話して相談して。でも私、それが嫌いじゃないんです。テレビの仕事にはテレビの面白さがありますが、舞台にはひとつの台本を皆で稽古し、本番を迎えて千穐楽まで変わっていく面白さがある。稽古場でなんやかんや言いながら、皆で作り上げていくのが好きなんだなと、最近あらためて実感しています。
——会見を拝見した限りカンパニーは和気あいあいとし、物語にも錦織さんの演出にも期待が高まります。
久本・錦織:ありがとうございます。
——錦織さんも、少し出たくなりませんか? しれっと出てしまうこともできるのでは……。
錦織:もちろん出たくなりますよ!(笑) でも気が引けてしまうんです。先日まで出ていた舞台『サラリーマンナイトフィーバー』も、当初やるつもりのなかった美味しい役を僕が演じることになったんですが……。自分で「図々しいだろ」と思っちゃうんですよね。
久本:こういう考え方、品がありますよね。美味しいところだけちょっと出て……とやろうと思えばできる人なんです。でもやらない。人として信頼できます。
——姑息な提案をしてしまい大変失礼しました。
錦織: いやいや(笑)。でもね、ゲームの世界だとチートはありますよね。ちょっとしたズル。それを良しとしないのがミドリ婆さんだと思うんです。久本さんは汗をかいて稽古して、悩みながら作り上げたものをお客さんに見せようよ、というスタンスの方です。お客さんに納得してもらうための準備に手を抜きません。舞台へのインチキがないところは、ミドリ婆さんそのもの。ぜひ皆さんにご覧いただきたいです。
久本:とってもうれしいです。気合が入りますね。稽古が始まるのを楽しみにしています!
久本雅美、錦織一清
取材・文=塚田史香 撮影=大橋祐希

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