湯木慧が“歌うこと”と改めて向き合
い導き出したライブ『うたうこと』に
見た決意

スペシャルワンマンライブ 「うたうこと」

2023.6.4 品川・Club eX
シンガーソングライター・湯木慧が、6月4日スペシャルワンマンライブ『うたうこと』を品川・Club eXで行なった。舞台は円形ステージ。そのステージは翌日に25歳の誕生日を控えていた、湯木へのスタッフからのバースデーケーキのように見えた。ステージ上部にぐるっと設置されたスクリーンはまるでロウソクのようで、そこに曲毎に映し出される映像は、さながらロウソクに灯された火のように、湯木の歌を照らしていた。
湯木はこのライブを開催するにあたって“うたうこととは。”というメッセージを、ファンに届けていた。歌というもの、歌うことと改めて向き合い、導き出した答えを胸にこのライブに臨むんだという決意表明でもあった。
その言葉通り、この日はバンドスタイルでも、アコースティックスタイルでもなく、弾き語りは数曲あったものの、ソプラノ楠美月、アルト陽香留、テナー田口昌範の3人のコーラスと共に“剥き出しの歌”を近い距離で、集まったファンに届けていた。ハンドマイクを手に登場し、オープニングナンバーに選んだのは「網状脈」。2017年、湯木が18歳の時に発表したミニアルバム『決めるのは”今の僕”、生きるのは”明後日の僕ら”』に収録されている楽曲だ。ミステリアスな雰囲気を漂わせるこの作品には、苛立ちや悩み、悲しみを抱えながらも前進する、そんな10代の湯木の感情が溢れているが、24歳になってもそれは変わらない。この曲を1曲目に持ってきたこと――それが後半のMCでも語っていたが今年に入って「気持ちの浮き沈みが激しい時期が続いて、ライブをやること、歌うことへの葛藤があった」と吐露したシーンにつながっていく。もがき苦しみながらも、そこにひと筋の光をみつけ、それが“歌うこと”であり、そして“楽しいライブにしよう”という思いに至った。
「Answer」で、2階にいる3人のコーラス隊にスポットが当たる。3人の声が湯木に降り注がれ、4つの声が重なり心に響いてくる。《わっはっは、わっはっは 笑い声あげて》という歌い出しが印象的な、キャッチーでリズミカルな「ニンゲンサマ」では手拍子が起こり、続く「キオク」では胡坐をかき、滔々と歌う。「極彩」ではステージがゆっくり回転し、360度、一人ひとりに向け歌を真っすぐ届ける。
代表曲の一曲「存在証明」は《自分で決めたこの道なんだと 明日へ一歩踏み出すのです。》という歌詞が、いつもに増して力強く伝わってくる。ギターを爪弾きながら歌った「五線譜の花」の後は客席からリクエストを募り、色々な曲名が飛び交うが「覚えてないや(笑)」と笑いを誘っていた。選んだのは初期の作品「涙スキップ」。途中で歌詞が怪しくなると、客席が歌いフォローする。ライブで声出しがOKになったことを実感させてくれる。25歳を目前にし、「幸せになったら不安が増える」と、10代の頃と変わってきた思いを吐露し、3月のソロライブでも披露した、今世界を覆う不穏な空気の中で生まれた「未完成の満足」という仮タイトルが付けられた楽曲を披露。《戦う理由は誰のため?》《満たされるほどに壊してゆく》と切々と歌う。
アカペラで披露した「金魚」はこの日のハイライトのひとつだった。3人のコーラスの声が光になって湯木を照らしているような感覚。湯木は自身の歌と、そしてどこまでも優しく強い人間の声に救われた。「スモーク」を情感をたっぷり込め、アイロニックな視点が痛快な「ありがとうございました」はいつ聴いても強い浸透度で伝わってくる。
「一匹狼」はミュージックビデオとは別テイクの映像が流れ、客席でも驚いた人が多かったはずだ。消え入りそうな声と情熱的な声で、濃い輪郭が生まれる“鼓舞ソング”は、《僕はただ、唄う。》《僕はただ、生きる。》と、湯木自身と客席一人ひとりの心の温度を上げていく。“生”への意味が強く込められた「産声」は、やはりコーラスの深さが、曲にさらに強い生命力を与えているようだった。『SDガンダム バトルアライアンス』のエンディングテーマ「Error」は、ヒゲドライバーが作った親近感のあるメロディと感情を込めた歌が重なり、切なさが生まれる。
ここで湯木は、客席、コーラス、様々な映像で歌を“立て”、その世界観をしっかりと伝えた映像チーム、照明チーム、PA、スタッフの全て、会場関係者、このライブに関わってくれた全ての人に感謝の言葉を贈る。このライブに“辿り着く”までの思いの大きさ、このライブの大切さが伝わってくる。
春を、人間の心を切り替えてくれる季節と捉え描いた「春に僕はなくなる」を披露。情感をたっぷり込めた歌からは、桜の花が舞い上がる風景や、吹いてくる風の心地よさを感じることができた。そして冒頭で書いた、最近の心の葛藤や不安を吐露したシーンだ。「とにかく楽しいライブにしたい」と思った彼女は「最後はみんなで歌いたい」と強く思ったという。本編ラストの「二人の魔法」で湯木はステージを降り、《精一杯の声を聴かせて》と客席を移動しながらオーディエンスと大合唱。《どうしようもない闇の中》で《君と僕と未来へ歌う》ことで、ひとつになれるんだと共に励まし合う。
アンコール1曲目は飛び跳ねながら「拍手喝采」を披露。そしてコーラス隊を呼び込み「バースデイ」を歌ったが、ここでもコーラス3人の声が湯木を包み込むような優しさを感じさせてくれる。誕生日を目前にしてどんな気持ちで「バースデイ」という曲と向き合ったのか気になる。《僕は真っ直ぐ真っ直ぐ前を向いて生きてゆくよ》という言葉が、湯木の絶唱となって会場中に響き渡る。ここでコーラス隊が♪HAPPY BIRTHDAY TO YOU~と湯木にサプライズプレゼント。客席も加わり美しくゴージャスなコーラスが生まれる。
「私、人間の声が大好きなの」と語り、人と人との関わり方の根源的な部分を歌う「魚の僕には」を披露した。コーラスと湯木ののびやかな声から生まれる感情の交感が心地いい。ラストは「魔法の言葉」。手拍子に包まれ《いつか 最後は皆死ぬんだ 笑うんだよ》とこの日のライブで一番言いたかったことを高らかに歌う。
思いのままに歌を作り、歌う湯木慧のライブは、まさに“感情劇場”。喜怒哀楽全てを感じることができる空間と時間が、オーディエンスの心を潤す。

取材・文=田中久勝 撮影=菊池貴裕

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