伝統の常識を打ち破って再解釈した「
寒山拾得」シリーズ102点を怒涛の初
公開 『横尾忠則 寒山百得』展レポ
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『横尾忠則 寒山百得』展が2023年9月12日(火)から東京・上野公園の東京国立博物館 表慶館で始まった。12月3日(日)まで行われる本展では、現代美術家の横尾忠則が「寒山拾得」を独自の解釈で描いた「寒山拾得」シリーズの新作102点が初公開されている。東洋美術で古くから伝統的な画題として描かれ続けてきた寒山と拾得。その型破りの伝説に横尾の自由奔放なイメージが加わった作品たちは、一人のアーティストの手から生み出されたとは思えないほど、多様性に満ちた空間を作り出している。
現代美術家・横尾忠則が伝統的題材「寒山拾得」をアップデート
東京国立博物館の表慶館で開催されている本展。「古典的な題材を扱った作品の展覧会」とだけ思って展示室に足を踏み入れると、最初の壁には、赤いヘルメットをかぶって“背番号17”のユニフォームを着たベースボールプレーヤーと描かれた二人の人物の姿が……。「寒山拾得」というややお堅い字面とはかけ離れたキャッチーな作品にさっそく驚かされる。
《2021-09-09》 2021年 作家蔵
「寒山拾得」は、唐の時代の中国を生きた2人の詩僧を描いた、東洋美術の伝統的な題材だ。天台山にある国清寺の豊干禅師に拾われた拾得と、国清寺に出入りして食事係の拾得から残飯をもらい受けていた寒山。型にはまらない風狂な振る舞いと詩作で知られた2人は、仏教における「散聖(正統な法系にはまらず、仏法の真理を目覚めさせる人物)」の象徴的な存在として古くから絵画に描かれてきた。日本にも鎌倉時代に伝わり、水墨画などの題材に。さらには森鴎外や芥川龍之介の短編小説など、文学作品の題材にもなっている。
展示風景
横尾忠則は1970年代に江戸時代の絵師・曾我蕭白が描いた寒山拾得の作品に魅了され、自らも寒山拾得をモチーフにした作品を発表してきた。その中で今回展示されているのは、コロナ禍の最中にアトリエに籠って描きあげた初公開の102点だ。その期間は約1年。今年で87歳を迎えたアーティストが、これだけの作品を描き続けたことに、まずは恐れ入る。ちなみに内覧会のはじめに挨拶に立った東京国立博物館・学芸研究部調査研究課長の松嶋雅人氏の話では、同館で現役作家の個展を開催するのは、約150年の歴史の中でも稀なことだという。
鑑賞する側にも「自由に」鑑賞する権利が与えられている
本展は、展示にタイトルや解説が添えられていない。なぜなら、これらの新作は、横尾自身も1枚1枚に何らかの意図やメッセージを込めず、肉体がおもむくまま描いた作品だからだ。展示空間にあるのは、作品群ごとのテーマと描かれた日付、そして横尾忠則の著作『原郷の森』に書かれた一説という数少ない情報のみ。今回展示されているのは、すべてがここで初公開の作品。つまり、見る側にも余計な先入観を持たず、「自由に」鑑賞する権利が与えられている。
展示風景

横尾忠則の小説『原郷の森』に書かれた一説

寒山拾得を時空を超越した存在として描く中で、横尾が寒山拾得の何に魅了され、別の時代の出来事や要素をどのようにミックスしたのか。そんなことを読み解く見方がある一方、短期間に集中して描かれたシリーズでありつつ、その中で多様に変容してきた横尾の「寒山拾得の旅」を、絵日記を見るかのような感覚で追体験するという鑑賞の仕方もありだろう。
展示風景
なお、同じ東京国立博物館の本館では、本展の開催に合わせて特集「東京国立博物館の寒山拾得図 ー伝説の風狂僧への憧れ」が11月5日(日)まで開催され、国宝の因陀羅筆、楚石梵琦賛《寒山拾得図(禅機図断簡)》(10月9日まで展示)、河鍋暁斎の《豊干禅師》など18点が前期・後期に分けて展示されている。これを見て知識を深めてから行くか、それとも後に見るかによっても「寒山百得展」の見え方が違ってくるはずだ。
トイレットペーパーと掃除機を持ち、とにかく明るい寒山と拾得
自由な発想で描かれた102点の作品は、横尾自身が「朦朧体」と呼ぶ軽やかな筆さばきと暖かみのある色彩が、水墨画の世界とは異なる明るい印象を与える。伝統的に奇妙な笑顔で描かれる二人の表情は、まるでやんちゃな青年のような雰囲気。また、ボロをまとって粗末な生活を送っていたという寒山だが、横尾が描く人物にそうした様子はない。そして寒山とセットで描かれる右手の巻物はトイレットペーパーに、同じく拾得が持つ箒は掃除機に替わっており、寒山拾得の世界観にコミカルさが加わっている。
左:《2022-05-05》、右:《2022-05-06》 いずれも2022年 作家蔵

《2022-02-09》 2022年 作家蔵

寒山と拾得は『寒山子詩集』という資料の中に伝説が伝わっており、実在したか定かではない。さらに寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩と、それぞれ釈迦三尊の脇侍である菩薩の化身として神格化されている側面もある。ならば、人間を超越した存在として横尾の作品に描かれるようにホウキに乗って風のように洋の東西と時空を飛び回り、現代のどこかでオリンピックに参加したり、赤道の南側で象の背中に乗ったり、マネやゴッホの作品の中に入り込んだり、または天才・アインシュタインと談笑していても、きっとおかしくはない。もしかしたら居酒屋で偶然居合わせたサラリーマンの中にも2人がいるかもしれない……、そんな風に思わせるところまで寒山拾得という伝統的なテーマを身近なものに感じさせてくれる。

《2022-08-23》 2022年 作家蔵

《2022-03-24》 2022年 作家蔵
展示風景
なお、明治42年(1909)に国内初の本格的美術館として誕生し、今は建物全体が重要文化財に登録される表慶館の館内は、年間の中でも限られた期間にしか公開されていない。本展は1階北側から2階に上がり、館内をぐるっと一周する順路になっている。吹き抜けのドーム天井やモザイクタイルの床、優美な曲線を描く階段など、クラシカルな空間を味わうのも本展の楽しみのひとつだ。
東京国立博物館・表慶館
表慶館の館内
『横尾忠則 寒山百得』展は、12月3日(日)まで東京・上野公園の東京国立博物館 表慶館で開催中。伝統的な概念を越えて自由奔放に描かれた寒山と拾得の姿は、仕事でもプライベートでもいろいろ堅苦しい時代を生きる我々に、何らかの示唆を与えてくれることだろう。

文・写真=Sho Suzuki

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