ART-SCHOOL×syrup16g×POLYSICS!!!
 超スペシャルな木下理樹生誕祭で何
が起こったのか?

ART-SCHOOLの木下理樹が45歳の誕生日を迎えたことを記念し、POLYSICS、syrup16g、そしてもちろんART-SCHOOLという関係性の深い3組が集結し、『KINOSHITA NIGHT 2023~木下理樹生誕祭・SHIGONOSEKAI~』が開催された。批評家/ライター・伏見瞬によるレポートをお届けする。
2006年、ART-SCHOOLのライブを最初に観たとき、私は大いに不満だった。『REQUIEM FOR INNOCENCE』をヘッドホンで聴いたときの音の分厚い層に包まれる感覚、『LOVE/HATE』をスピーカーから鳴らしたときの迫りくる力が、ライブの演奏には欠けていたからだ。あのとき私は、ライブだからといって音源よりも轟音で生々しい響きを持つわけではないことを、苦々しく学んだように思う。
おっと。焦ってはいけない。これはKINOSHITA NIGHTという、ART-SCHOOLのフロントマン木下理樹の生誕45年を祝うイベントのレポートであり、共演者であるPOLYSICSとsyrup16gの話ももちろんしなくてはいけない。ちなみに今回のKINOSHITA NIGHTには「SHIGO NO SEKAI」というサブタイトルがついていたが、「45=死後=SHIGO」のかけことばになっていることを、POLYSICS・ハヤシのMCまで気付かなかった。
POLYSICS
18時をまわり、最初に登場したのはPOLYSICS。私はPOLYSICSの音楽はあまり通ってこなかったのだが、今回のライブは素晴らしかった。なにより演奏がタイトで、とりわけベーシスト・フミがいい。ゴリゴリに歪んだサウンドにもかかわらずフレーズがクリアに聴き取れ、音の切り方・伸ばし方も極めて的確。ベースの音を追いかけているだけで楽しくなれる。そんな時間だ。MCも含めたライブ全体の構成がうまく小気味よいし、ハヤシが木下との出会いを語るエピソードも微笑ましく、祝福感が拡がっていた。
POLYSICS・ハヤシヒロユキ(G/Vo/Syn/Programming)
POLYSICS・フミ(B/Syn/Vo)
POLYSICS・ヤノマサシ(Dr/Vo)
2番手のsyrup16gがどんなライブを見せるかは全く読めなかった。だいいち、誕生日とか祝い事が全く似合わないバンドである。しかし、彼らは見事な祝祭を演出した。といっても、フレンドリーなライブを見せたわけではない。そんなバンドなはずはない。むしろその逆。冒頭から、新曲を4曲続けて演奏したのだ。憂いと重たさを含む質感の向こうから、(聴き取りだからどこまで正確なリリックかわからないが)「怠惰の極み、子どもでおっさん」「だらしない君が好きだった、金のない君が好きだった」と歌う五十嵐隆の声が聞こえてくる。3曲目の前には五十嵐が「全部新曲やる」と宣言して、感嘆とも戸惑いともつかない声が客席から漏れる。直後に「ごめんなさい嘘です。あと2曲。」と聞こえて、会場は安堵と苦笑に包まれた。絶望と諧謔と穏やかさが同時に現れる新曲群はどこまでいってもsyrup16gのそれだったが、新曲を畳みかけるそのハードコアな姿勢こそが祝いのメッセージなのだと私たち観客は理解していた。

syrup16g
そして、「神のカルマ」以降、「生活」「天才」と、多くのリスナーに突き刺さってきた名曲達が矢継ぎ早にたたき込まれる。中畑大樹のドラムにも力強さを増し、先ほどまで丁寧に歌っていた五十嵐はやけくそなテンションで叫びはじめる。最後の「落堕」の後半、「木下理樹、誕生日おめでとう!」と言い飛ばして、彼らはステージから去って行った。底なしに後ろ向きな曲の中で祝福の言葉を放つなんて、なんてシロップらしいんだろう。
syrup16g・五十嵐隆(Vo/G)
syrup16g・中畑大樹(Dr)
syrup16g・キタダマキ(B)
最後はもちろんART-SCHOOLである。彼らのライブについて語るときは、彼らの変遷についても語りたい。この文章の冒頭で、私はかつての彼らのライヴへの失望をったが、大きな変化は2012年に訪れた。ベースに中尾憲太郎、ドラムに藤田勇がサポートメンバーとして加入してから、ライブの迫力が段違いに増したのだ。戸高賢史のギターの技術も高まった。以降、ART-SCHOOLのライブは強い魅力を放つことになった。
病気で休養していた木下理樹が復活した2022年から、サポートギターにニトロデイのメンバーであるやぎひろみが加わった。十分強力だったART-SCHOOLのライブに、3本のギターの壁というさらなる蠱惑的な要素が増加された。音源ではギターが多重録音されているために、今までは戸高が一人で多くの仕事を請け負っていた。やぎが参加したことにより、戸高はより自由にプレイできるようになり、音響的な圧力も増した。

ART-SCHOOL・戸高賢史(G)
そして今日。冒頭から戸高が残響まみれのノイズを激しいアクションで弾き始める。ドラムのカウントと共に全員の演奏がはじまる。新作アルバム『Luminous』の1曲目「Moonrise Kingdom」。音がとにかくデカい。強烈な圧がある。過去観てきたART-SCHOOLのライブの中でも、断トツに轟いている。ウェス・アンダーソン監督映画のタイトルに仮託されたロマンティシズムが、音圧の中で切実に響いてくる。次の「アイリス」では、戸高がステージの前に来て、性急な拍動をさらに掻き立てる。3曲目の「EVIL」は特に圧巻。藤田勇がキックとスネアをたたき出した瞬間の高揚感を、私ははっきりと覚えている。「オルタナティブ・ロック」のフォルムそのもののような、メタルの重たいリズムとパンクの性急な感覚が共存するこの曲でこそ、藤田と中尾のリズム隊が活きることを悟った。そして、気付いた。私がかつてART-SCHOOLのライブに抱えていた不満が、いつのまにか全て吹っ飛んでいたことに。
ART-SCHOOL・中尾憲太郎(B)
「クロエ」では、木下がギターを持たず、戸高とやぎのカッティングの絡みが心地よく胸を躍らせる。サビでは、戸高もギターを弾かず、やぎ一人のアルペジオが残る場面もあった。ギター3本の効果は、音を減らしたときの新鮮さにも活きている。
久しぶりに「プール」の演奏も聴いた。個人的に大好きな曲だが、2016年5月にさいたまヘブンズロックで観たときは、音のスケールの大きさが感じ取れないちぢこまった演奏で残念に思った。今回は、ホール会場の大きさとギター3本の震えによって、楽曲が持つ拡がりの感覚が漲っていた。
ART-SCHOOL・藤田勇(Dr)
原曲より遙かにアグレッシブな「ロリータ キルズ ミー」、中尾憲太郎印の高速ダウンピッキングが特徴的な「Just Kids」と新旧入り混ぜた選曲が続き、最新作からの「Bug」でフィニッシュ。熱の覚めやらぬままアンコールに突入。「今日はART-SCHOOLに加入した際に買ったエフェクターを繋げてきました。その頃作った曲をやります」という戸高のMCの後にはじまった「スカーレット」の高揚。最後「ニーナの為に」のイントロ、ディレイをかけた戸高のギターが響いたときには、会場から大きな溜め息が漏れた。希求と絶望と夢と気怠さの間で揺れるミドルテンポのパワーポップは、なにか凶暴な恩寵のように感じられた。
ART-SCHOOL・やぎひろみ(G)
今回は木下理樹の生誕記念イベントだけあって、当然祝祭のムードがあった。しかし、大事なのはその祝祭性ではない。ART-SCHOOLというバンドには、反復の感覚が付きまとう。刹那的な愛の感情を、くりかえしくりかえし歌うという矛盾を、彼らは生きてきた。その刹那と反復の矛盾は、バンドの活動自体にも重なる。レコーディングとライブ、およびその訓練と宣伝を繰り返すバンド・ミュージシャンの生活は、おそらく人々が想像するよりも単調だ。にもかかわらず、目新しいものを求められて巨大化してきたのが1960年代以降のロック産業だった。オルタナティブ・ロックは肥大化した産業へのアンチテーゼを含んでいたが、その代表格となったニルヴァーナやスマッシング・パンプキンズ、あるいはKINOSHITA NIGHTの会場SEで流れていたレディオヘッドのようなバンドは、大きな商業的成功によって、挫折や変節を余儀なくされた。反復なき進化を強制され、そこに応答できるかどうかでバンドの未来が左右された。
ART-SCHOOLは、反復を拒絶するのではなく、反復の質を高めてきたバンドだ。私はメンバーが変わるとライブの質が変わったという単純なストーリーを語ったが、もちろん実際はそんな簡単なものではない。メンバーの変遷にも、観客のあずかり知らぬ多くの困難が伴っただろう。重たい困難の通過と、繰り返しのなかでのトライアルとエラーが、ライブの質を上げた。反復の向上の中で、自らの生活を保証していくこと。それはとても普通の、多くの人が生活の中で続けている作業だ。「オルタナティブ」というのは、際限ない産業要請のなかで、普通に生きる術を磨くことである。ART-SCHOOLのやってきたことは、本質的にオルタナティブだといっていい。祝祭を特権視しない反復こそが、彼らの在り方なのだ。KINOSHITA NIGHTのあとも、ART-SCHOOLの反復は続いていく。今や半ば形骸化して陳腐にも響く「オルタナティブ」という形容詞は、彼らの活動の中で生々しく息づいている。
ART-SCHOOL
そして、ART-SCHOOLの中心にはいつも木下理樹がいた。たどたどしいMC、お世辞にも上手いはといえないヴォーカリゼーション。どう見ても頼りない人だが、戸高がMCで「みんな木下理樹がいないとこで彼の話をしている」と言っていたように、木下を知る誰もが木下のことを気にしている。個人的な性格を詳しく知っているわけではないが、ART-SCHOOLのオーディエンスならその感覚はわかるはず。彼の楽曲とパフォーマンスには、欠点と思われる要素が多分に含まれているにもかかわらず、やたらと魅力的なのだ。その魅力にひきずられるように、バンドの演奏と音響は向上し、バースディを祝う共演者達が最高のはなむけを贈った。かよわき魅力と共にいるために、誰もが最大限のサポートを与えてしまう。ART-SCHOOLはそんなバンドだ。過去最大の大音量の中で、木下理樹の声が埋もれずにクリアに聞こえたことに、私はライブのあとに気付いて驚いた。PAすら、最高の音響バランスで応えているのだ。
それにしても、結成20年以上経ってART-SCHOOLが過去最高のライブをするなんて、誰が想像しただろう。彼らは何も変わらないまま、ずっと反復の質を更新し続けている。その二重性を、私は今日だけでなく、いつでも祝福したいと思う。
文=伏見瞬 撮影=古溪一道
木下理樹

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