INTERVIEW / 佐藤征史(くるり)オリ
ジナル・メンバーで作り上げた『感覚
は道標』。アルバム制作背景と3人の
不思議な関係性 オリジナル・メンバ
ーで作り上げた『感覚は道標』。アル
バム制作背景と3人の不思議な関係性

くるりがニュー・アルバム『感覚は道標』を10月4日(水)にリリースした。
初の映画公開、そして14作目のアルバムを岸田繁、佐藤征史、そしてオリジナル・メンバーである森信行の3人で制作したというニュースは、オリジナル・メンバーの森信行を迎えて制作したというニュースは、長年のくるりファンに大きな歓喜と驚きを持って迎えられた。
「東京」や「ばらの花」といった日本の音楽シーンに燦然と輝く名曲を作ったこの3人がいつかまた楽曲を制作するのではないか。長きにわたってそんな願望を抱いていたファンも決して少なくなかっただろう。それは、森の脱退以降も『ミュージックステーション』の出演、『京都音楽博覧会』、アニバーサリー・ツアーなどで共演を果たしており、とても良好な関係が続いていたからだ。とはいえ、それがアルバム一作まるごと制作、そして初のドキュメンタリー映画制作という大きなプロジェクトとして実現するなど、誰が想像し得ただろうか。
Spincoasterでは今回もくるりのベーシストである佐藤征史への単独インタビューを敢行。なぜこのタイミングで3人での制作に至ったのか。くるりと森の関係性にスポットを当てつつ、アルバムと映画の制作背景に迫った。
Text & Interview by Kohei Nojima
Photo by Hide Watanabe(https://www.instagram.com/sumhide/)
「バンドのノリと勢いで作れる曲を」
――前回、 『愛の太陽 EP』のインタビュー(https://spincoaster.com/interview-masashi-sato-from-quruli-sun-of-love) では次なるヴィジョンとして、「原点回帰というわけではないけど、バンドだからできること、ライブの楽しさが詰め込まれた作品を作りたい」とおっしゃっていました。まさかそれがオリジナル・メンバーである森さんを迎えてのアルバム制作に繋がるとは思いもしませんでした。まずは森さんが参加することになった経緯を教えていただけますか?
佐藤:学生の頃やデビューしたてぐらいの頃は、リハーサル・スタジオに入って曲を練習するでもなく適当に遊んでる間に「いいね」ってなったらそれが曲になっていくっていうのが、基本的な曲の作り方だったんですよね。今でも何年かに1回はそういうことをやるんです。だから、今回も2日間だけそういう時間を作って、「スタジオ入ろうぜ」みたいなところからスタートしました。以前、もっくん(森信行)ともやったことがありますし、別のドラマーさんとやったこともあります。
前作の『天才の愛』はそれとは真逆の作り方で、「ああでもない、こうでもない」とこねくり回して、細部に至るまでこだわって作った作品でした。その反動もあってか、「久しぶりにバンドだからこそできるような曲を作りたいね」って話を繁くん(岸田繁)としていたんですよね。ちょうどそのタイミングで映画の話もあったので、それだったらもっくんと一緒にゼロから曲作りしているところを撮ってもらったらいいんじゃないかっていう話になって。気がついたら思った以上にデカいプロジェクトがスタートしていました。
――映画の話が先にあって、どんな内容や結末になるかもわからないまま撮影がスタートしたということでしょうか。
佐藤:はい。とりあえずオリジナル・メンバーで昔よくやってた曲作りの工程を撮ってもらおうって。でも、どうやって着地するかわからない中で、映画のプロジェクトが走るのって、かなり怖いじゃないですか。「これ、上手く着地しなかったらどうします?」ってずっと言ってました(笑)。
――結果的にはアルバムに結実して。それも13曲というボリューミーな作品になりました。
佐藤:最初はアルバムを明確な目標にはしていなくて、3曲くらい録れたらいいかなっていう感じだったんです。1週間とかずっとスタジオに入れるわけではないから、3〜4日間とか飛び飛びで入ってたんですけど、最初のターンで割りと曲のアイデアみたいなものが多めに生まれて。「これやったらアルバムいけるんじゃない?」ということで、途中からアルバム制作に変更しました。
――なるほど。
ちょっと頭使ったような曲とか時間がかかりそうな曲、DTMで作った方がよさそうな曲とか、そういう曲は除外して、バンドのノリと勢いで作れる曲を意識しながら進めていきました。聴いてもらったらわかると思いますけど、ここまでロックな作品って最近ではなかなかやってなかったと思うんですよね。今回はこういう機会だからこそ、敢えて理詰めで作らなかった。だからこそ、たくさん曲が生まれたっていう感じですね。
――タイトル通り、まさに“感覚”を道標にして作っていったと。
佐藤:いつもは大体歌詞ができてから録ることが多いんですけど、今回は先に「とりあえず録ってみようか」という話からオケをレコーディングして、後から歌詞をつけたり、曲ができたその日に勢いで録った曲もありますね。まさしく、タイトル通りノリと感覚でできたアルバムです。
森の参加、伊豆スタジオという環境で蘇った初期の感覚
――森さんの参加にはどんなことを期待しましたか?
佐藤:もっくんと一緒にやっていた頃の楽曲というのは、未だにくるりの代表曲となっている曲が多くて。それこそデビュー曲の「東京」なんかはわかりやすい例ですよね。初めて会う方から、「あの曲を聴いて東京に出てきたました」と言われることも多いですし、「ばらの花」にしても、くるりというバンドの一番基本的なところから生まれた曲なんだろうなっていう感覚があって。最近ではそういう衝動的な部分を中々出せていなかったなと感じていたので、もっくんが入ることで“第2の「東京」”じゃないですけど、そんな夢を持ってレコーディングに臨んだ部分はありました。
――実際、森さんとの久しぶりの制作はいかがでしたか?
佐藤:僕らは遠慮しなかったですね。もっくんは年齢的にはひとつ年上ですけど、昔からの同級生という仲なので。くるりの活動を辞めてからもよく会ってるし、ライブを一緒にしたりもしていて。でも、もっくんからはちょっとした緊張というか気遣いみたいなものは感じました。だから、始める前にちゃんと話したりとか、作業が終わってからも飲んだり喋ったり、合宿ができるスタジオを選んだりとか、同じ時間を多く過ごすということを大事にしました。
――バンドにとって何か新しい発見などはありましたか?
佐藤:くるりというよりもっくんに対しての発見はありましたね。「こんなことを考えてドラムを叩いてるんや」ということを初めて理解できた気がします(笑)。彼は天然というかよくわからない人で、だからこその爆発力もあるんです。昔はお互いのことを理解し合おうとあまり思ってなくて、話し合いもほとんどしなかったんですよね。だから、今回「こういう意図で叩いてる」「この曲ではこういうグルーヴを出したい」とか、そんなことをちゃんと話すことができて、すごくよかったですね。
――佐藤さんから見て、森さんとはどんなドラマーなのか、改めて言語化してもらえますか?
佐藤:もっくんのすごいところは瞬発力だと思いますね。繁くんがギターのイントロを弾いた瞬間に、「これでいこう」っていうのがすぐに決まる。そしてそのモードで迷いなくいくんですよ。だからこそ、僕らもそこに乗りやすかったり、曲作りが早く進む。しかもそれが曲の大事なファクターとしてちゃんと成立している。考えていることがハマったらものすごい推進力になる、それがもっくんのドラマーとしての長所だと思います。
一方、曲がある程度形になって、いざレコーディングしたときに、スタジオで叩いてたドラムと全然違うことがあって。「全然違うな……」「あぁでもないこうでもない」って色々やってたんですけど、結局その曲は思うようなドラムが録れなかったんです。その夜、お酒を飲んでいるときに、「俺、最初はヒップホップっぽい感じででやろうと思ってたんだ」って言い始めて、「え、じゃあ今日はその感じでやってなかったん?」って聞いたら「忘れてた」って(笑)。
――(笑)。他に何か印象に残っているエピソードはありますか?
佐藤:自分たちは20年以上くるりとして活動してきて、年齢も重ねてきた。途中、震災もあったし、自分たちの事務所を立ち上げたり、色々なことを経験をしてきたんです。そういったことを経て、バンドに対する責任であったりとか、くるりという看板を背負っているという意識が芽生えてきた。
一方、もっくんは20歳そこそこで脱退していて。当時はがっつり仕切ってくれるディレクターさんもいたし、僕らも若かったから、良くも悪くも今ほど責任感がなかったんですよね。そのあたりの自由な感覚が彼にはまだある気がして。それがいい方向に作用することもあれば、そうでないこともあって……。何度か「これはお前の作品でもあんねんやぞ!」って怒りました(笑)。
――森さんは今のくるりに対して、もしくはおふたりに対して何かおっしゃっていましたか?
佐藤:明確には言ってないですね。たぶん、もっくんはくるりのことはずっと好きだから、ちゃんとアルバムも聴いてくれてるし、抜けた後のくるりの曲を自分の弾き語りライブで歌ってたり、そういう風にして近くにいてくれてるっていうのは僕らもちゃんとわかっていました。
――楽曲制作を通して、当時と近い感覚が蘇りましたか?
佐藤:そうですね。特に1曲目(「happy turn」)とか2曲目(「I’m really sleepy」)は、繁くんが「こんな曲できた!」って持ってくるような曲じゃないんです。バンドでパッとやって歌を乗っけたらおもしろそうな感じだったから、そのまま録ってみました、っていう感じ。いつもだったら「この曲をアルバムに収録する意味はあるのか」みたいなことを考えちゃうんですけど、そういう曲も勢いでアルバムに入れて、くるりの作品として出せたのは、当時の感覚が戻ってきたからなのかなって。あとは伊豆スタジオでできたことも大きいと思います。
――伊豆スタジオを選んだ理由というのは?
佐藤:最初にもお話した通り、今回は合宿できるとこがよかったんですよね。それもできれば東京じゃない場所で、そして窓があることもポイントでした。その日の天候を感じたりしながら演奏したり、「暗くなってきたからそろそろ晩御飯かな」とか、そういう当たり前の生活ができるところがよかったんです。
僕ら、これだけ長いことやらさせてもらってるのに、未だに高級なスタジオに行くと緊張するんです(笑)。そういうところより、いつもの感覚でできるところが今回はよくて。そういった条件を考えていった中で、自然と伊豆スタジオに決まりました。
――実際にレコーディングをしてみていかがでしたか?
佐藤:海とか自然が周りにあって、みんなでちょっと観光したり、気持ちがいい環境でできたのは本当によかったですね。これが東京のスタジオだったら全然違うものになってたかもしれないし、もしかしたらアルバムは完成しなかったかもしれない。スタジオのエンジニアの濱野さんは、10年以上前から知ってる仲なんですけど、Gateballersというバンドのギタリスト・夏椰くんのお父さんなんですよ。年齢的には僕らのちょっと上なんですけど、自分でもバンドやっていたりして、すごく感覚が近いんです。こちらの意図を言わなくても、汲み取ってくれるので、レコーディングもスムーズに進みました。
あと、スタジオが自分と同期なんです。自分が生まれた年にできたスタジオなので、機材も80年代のヴィンテージものが多くて、「ちょうどいい」くらいから「ギリギリあかん」くらいのラインまでエイジングされてて。それがこの3人に一番フィットする音だったなと思います。
「くるりにとって絶対的に特別な人」──時を経た3人の関係性
――映画では和やかな雰囲気の中でレコーディングが行われている印象でした。
佐藤:監督さんがそういうところを切り取ってくれましたが、ギスギスしていたタイミングもちゃんとありますよ。「I’m really sleepy」の《ホンマに腹立つ》っていう歌い出しとかは、繁くんから自然と出てきた歌詞ですからね(笑)。
僕も色々なバンドのドキュメンタリーを観ますけど、やっぱりバンド内の衝突とかしんどくなることも多いんですよね。監督に「そういうのはなしで」と伝えたわけではないですけど、今回の作品はそういう感じではなくて。「In Your Life」が主題歌というのもあって、そこを象徴的に摘んでくれたんだと思います。曲の生まれる瞬間から、ちゃんと育って皆さんの元に届くまでっていうのを一本の映画で見せてくれたから、自分たちとしてはそれがすごく嬉しかったですね。
――個人的に、「In Your Life」はくるりの新しい代表曲になり得る名曲だと感じました。
佐藤:ありがとうございます。「In Your Life」は本当に無作為な曲で。セッションの原型からほとんど変わってないと思いますし、アルバムの中で一番シンプルかつピュアで、くるりっぽい曲だと思っています。
――今回の制作は、今後のくるりや森さんとの関係にどう反映されると思いますか?
佐藤:もっくんとは今後も一緒にやりたいですね。さっきも言った通り、もっくんがいると制作の初速が早くなるんですよね。もちろん、もっくんとじゃないとできないことも明確にあるし。その上で、レコーディング自体は違う人とやってもいいと思うし、クレジットに“Special Thanks”で入れるぐらいでもいい。もちろんライブも一緒にやりたくなったらまたやると思います。
もっくんはくるりにとって絶対的に特別な人ですけど、彼には彼の生活があるし、また完全にくるりになれるかって言ったらそれは別の話なので。これからもいい距離感でいるっていうのがお互いに幸せなことなんだと思います。
――一般的にバンド・メンバーの脱退ってネガティブな印象も強いですし、こういう関係性って中々聞かないですよね。
佐藤:変な話ですよね。もっくんはオリジナル・メンバーでもあるので、今回は当たり前のようにジャケットやクレジットにもくるりとして出てきてもらってるけど、くるりのメンバーに戻ったかと言うとそういうわけでもないので。そこはもう察してもらって(笑)。
もちろん、今回はドキュメンタリー映画もあったからこそ、贅沢なやり方でこれだけガツンとできたっていうのはあると思います。ただ、実際にやったことは昔ながらのベーシックな手法ですし、そこで「やっぱりいいな」と感じたので、これから先いつになるかはわかんないですけど、きっと今後も一緒にやっていくんだろうなって思いますね。
――12月にはアルバムのリリース・ツアーも控えています。こちらは森さんも参加する編成で?
佐藤:はい、もちろんもっくんも一緒に。『チミの名は。』方式で回ります。
――というと?
佐藤:ドラマーが2人いるっていう贅沢な編成になります。今回のアルバムの曲や初期の曲はもっくんとやりますけど、くるりには色々な曲があるので、明確に違う人に叩いてもらった方がいい曲っていうのがあるんですよね。今のツアー・メンバーも結構長いことやってもらってるから、そこはそこでしっかりとバンドなんですよね。なので、“今のツアー・メンバーとのくるり”と“もっくんとのくるり”っていう、その両方を届ける方がお客さんには満足してもらえるんじゃないかなと思っています。
【リリース情報】

くるり 『感覚は道標』

Release Date:2023.10.04 (Wed.)
Label:Victor Entertainment
[生産限定盤] 2CD+Tシャツ VIZL-2226
[通常盤] CD VICL-65873
Tracklist:
1. happy turn
2. I’m really sleepy
3. 朝顔
4. California coconuts
5. window
6. LV69
7. doraneco
8. 馬鹿な脳
9. 世界はこのまま変わらない
10. お化けのピーナッツ
11. no cherry no deal
12. In Your Life (Izu Mix)
13. aleha
※生産限定盤、通常盤共通
==

生産限定盤付属CD

『くるりのえいが』オリジナル・サウンドトラック
1. メインテーマ
2. いがいが根
3. 伊豆スタジオ宿泊所
4. 三村さんのおもてなし
5. 伊豆のテーマ
6. スタジオの大きな窓
■ 『感覚は道標』特設サイト(https://www.jvcmusic.co.jp/quruli14thalbum/)
【イベント情報】
『「感覚は道標」発売記念ツアー「ハードにキマる!つやなし無造作ハッピージェル」』

日時:2023年12月16日(土) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:愛知 ZeppNagoya
問い合わせ:ジェイルハウス TEL:052-936-6041(平日 11:00〜15:00)

日時:2023年12月17日(日) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:大阪 Zepp Osaka Bayside
問い合わせ:キョードーインフォメーション TEL:0570-200-888(平日・土曜 11:00〜16:00)

日時:2023年12月22日(金) OPEN 18:00 / START 19:00

会場:東京 ZeppDiverCity
問い合わせ:ハンズオン・エンタテインメント info@handson.gr.jp

日時:2023年12月23日(土) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:東京 ZeppDiverCity
問い合わせ:ハンズオン・エンタテインメント info@handson.gr.jp
==
料金:1Fスタンディング ADV. ¥7,000 / 2F指定席 ADV. ¥7,700 *学生割引 ¥5,000
*学割対象:大学生OK(入場時学生証提示/学割は1Fスタンディングのみ)
■ くるり オフィシャル・サイト(http://www.quruli.net/)
くるりがニュー・アルバム『感覚は道標』を10月4日(水)にリリースした。
初の映画公開、そして14作目のアルバムを岸田繁、佐藤征史、そしてオリジナル・メンバーである森信行の3人で制作したというニュースは、オリジナル・メンバーの森信行を迎えて制作したというニュースは、長年のくるりファンに大きな歓喜と驚きを持って迎えられた。
「東京」や「ばらの花」といった日本の音楽シーンに燦然と輝く名曲を作ったこの3人がいつかまた楽曲を制作するのではないか。長きにわたってそんな願望を抱いていたファンも決して少なくなかっただろう。それは、森の脱退以降も『ミュージックステーション』の出演、『京都音楽博覧会』、アニバーサリー・ツアーなどで共演を果たしており、とても良好な関係が続いていたからだ。とはいえ、それがアルバム一作まるごと制作、そして初のドキュメンタリー映画制作という大きなプロジェクトとして実現するなど、誰が想像し得ただろうか。
Spincoasterでは今回もくるりのベーシストである佐藤征史への単独インタビューを敢行。なぜこのタイミングで3人での制作に至ったのか。くるりと森の関係性にスポットを当てつつ、アルバムと映画の制作背景に迫った。
Text & Interview by Kohei Nojima
Photo by Hide Watanabe(https://www.instagram.com/sumhide/)
「バンドのノリと勢いで作れる曲を」
――前回、 『愛の太陽 EP』のインタビュー(https://spincoaster.com/interview-masashi-sato-from-quruli-sun-of-love) では次なるヴィジョンとして、「原点回帰というわけではないけど、バンドだからできること、ライブの楽しさが詰め込まれた作品を作りたい」とおっしゃっていました。まさかそれがオリジナル・メンバーである森さんを迎えてのアルバム制作に繋がるとは思いもしませんでした。まずは森さんが参加することになった経緯を教えていただけますか?
佐藤:学生の頃やデビューしたてぐらいの頃は、リハーサル・スタジオに入って曲を練習するでもなく適当に遊んでる間に「いいね」ってなったらそれが曲になっていくっていうのが、基本的な曲の作り方だったんですよね。今でも何年かに1回はそういうことをやるんです。だから、今回も2日間だけそういう時間を作って、「スタジオ入ろうぜ」みたいなところからスタートしました。以前、もっくん(森信行)ともやったことがありますし、別のドラマーさんとやったこともあります。
前作の『天才の愛』はそれとは真逆の作り方で、「ああでもない、こうでもない」とこねくり回して、細部に至るまでこだわって作った作品でした。その反動もあってか、「久しぶりにバンドだからこそできるような曲を作りたいね」って話を繁くん(岸田繁)としていたんですよね。ちょうどそのタイミングで映画の話もあったので、それだったらもっくんと一緒にゼロから曲作りしているところを撮ってもらったらいいんじゃないかっていう話になって。気がついたら思った以上にデカいプロジェクトがスタートしていました。
――映画の話が先にあって、どんな内容や結末になるかもわからないまま撮影がスタートしたということでしょうか。
佐藤:はい。とりあえずオリジナル・メンバーで昔よくやってた曲作りの工程を撮ってもらおうって。でも、どうやって着地するかわからない中で、映画のプロジェクトが走るのって、かなり怖いじゃないですか。「これ、上手く着地しなかったらどうします?」ってずっと言ってました(笑)。
――結果的にはアルバムに結実して。それも13曲というボリューミーな作品になりました。
佐藤:最初はアルバムを明確な目標にはしていなくて、3曲くらい録れたらいいかなっていう感じだったんです。1週間とかずっとスタジオに入れるわけではないから、3〜4日間とか飛び飛びで入ってたんですけど、最初のターンで割りと曲のアイデアみたいなものが多めに生まれて。「これやったらアルバムいけるんじゃない?」ということで、途中からアルバム制作に変更しました。
――なるほど。
ちょっと頭使ったような曲とか時間がかかりそうな曲、DTMで作った方がよさそうな曲とか、そういう曲は除外して、バンドのノリと勢いで作れる曲を意識しながら進めていきました。聴いてもらったらわかると思いますけど、ここまでロックな作品って最近ではなかなかやってなかったと思うんですよね。今回はこういう機会だからこそ、敢えて理詰めで作らなかった。だからこそ、たくさん曲が生まれたっていう感じですね。
――タイトル通り、まさに“感覚”を道標にして作っていったと。
佐藤:いつもは大体歌詞ができてから録ることが多いんですけど、今回は先に「とりあえず録ってみようか」という話からオケをレコーディングして、後から歌詞をつけたり、曲ができたその日に勢いで録った曲もありますね。まさしく、タイトル通りノリと感覚でできたアルバムです。
森の参加、伊豆スタジオという環境で蘇った初期の感覚
――森さんの参加にはどんなことを期待しましたか?
佐藤:もっくんと一緒にやっていた頃の楽曲というのは、未だにくるりの代表曲となっている曲が多くて。それこそデビュー曲の「東京」なんかはわかりやすい例ですよね。初めて会う方から、「あの曲を聴いて東京に出てきたました」と言われることも多いですし、「ばらの花」にしても、くるりというバンドの一番基本的なところから生まれた曲なんだろうなっていう感覚があって。最近ではそういう衝動的な部分を中々出せていなかったなと感じていたので、もっくんが入ることで“第2の「東京」”じゃないですけど、そんな夢を持ってレコーディングに臨んだ部分はありました。
――実際、森さんとの久しぶりの制作はいかがでしたか?
佐藤:僕らは遠慮しなかったですね。もっくんは年齢的にはひとつ年上ですけど、昔からの同級生という仲なので。くるりの活動を辞めてからもよく会ってるし、ライブを一緒にしたりもしていて。でも、もっくんからはちょっとした緊張というか気遣いみたいなものは感じました。だから、始める前にちゃんと話したりとか、作業が終わってからも飲んだり喋ったり、合宿ができるスタジオを選んだりとか、同じ時間を多く過ごすということを大事にしました。
――バンドにとって何か新しい発見などはありましたか?
佐藤:くるりというよりもっくんに対しての発見はありましたね。「こんなことを考えてドラムを叩いてるんや」ということを初めて理解できた気がします(笑)。彼は天然というかよくわからない人で、だからこその爆発力もあるんです。昔はお互いのことを理解し合おうとあまり思ってなくて、話し合いもほとんどしなかったんですよね。だから、今回「こういう意図で叩いてる」「この曲ではこういうグルーヴを出したい」とか、そんなことをちゃんと話すことができて、すごくよかったですね。
――佐藤さんから見て、森さんとはどんなドラマーなのか、改めて言語化してもらえますか?
佐藤:もっくんのすごいところは瞬発力だと思いますね。繁くんがギターのイントロを弾いた瞬間に、「これでいこう」っていうのがすぐに決まる。そしてそのモードで迷いなくいくんですよ。だからこそ、僕らもそこに乗りやすかったり、曲作りが早く進む。しかもそれが曲の大事なファクターとしてちゃんと成立している。考えていることがハマったらものすごい推進力になる、それがもっくんのドラマーとしての長所だと思います。
一方、曲がある程度形になって、いざレコーディングしたときに、スタジオで叩いてたドラムと全然違うことがあって。「全然違うな……」「あぁでもないこうでもない」って色々やってたんですけど、結局その曲は思うようなドラムが録れなかったんです。その夜、お酒を飲んでいるときに、「俺、最初はヒップホップっぽい感じででやろうと思ってたんだ」って言い始めて、「え、じゃあ今日はその感じでやってなかったん?」って聞いたら「忘れてた」って(笑)。
――(笑)。他に何か印象に残っているエピソードはありますか?
佐藤:自分たちは20年以上くるりとして活動してきて、年齢も重ねてきた。途中、震災もあったし、自分たちの事務所を立ち上げたり、色々なことを経験をしてきたんです。そういったことを経て、バンドに対する責任であったりとか、くるりという看板を背負っているという意識が芽生えてきた。
一方、もっくんは20歳そこそこで脱退していて。当時はがっつり仕切ってくれるディレクターさんもいたし、僕らも若かったから、良くも悪くも今ほど責任感がなかったんですよね。そのあたりの自由な感覚が彼にはまだある気がして。それがいい方向に作用することもあれば、そうでないこともあって……。何度か「これはお前の作品でもあんねんやぞ!」って怒りました(笑)。
――森さんは今のくるりに対して、もしくはおふたりに対して何かおっしゃっていましたか?
佐藤:明確には言ってないですね。たぶん、もっくんはくるりのことはずっと好きだから、ちゃんとアルバムも聴いてくれてるし、抜けた後のくるりの曲を自分の弾き語りライブで歌ってたり、そういう風にして近くにいてくれてるっていうのは僕らもちゃんとわかっていました。
――楽曲制作を通して、当時と近い感覚が蘇りましたか?
佐藤:そうですね。特に1曲目(「happy turn」)とか2曲目(「I’m really sleepy」)は、繁くんが「こんな曲できた!」って持ってくるような曲じゃないんです。バンドでパッとやって歌を乗っけたらおもしろそうな感じだったから、そのまま録ってみました、っていう感じ。いつもだったら「この曲をアルバムに収録する意味はあるのか」みたいなことを考えちゃうんですけど、そういう曲も勢いでアルバムに入れて、くるりの作品として出せたのは、当時の感覚が戻ってきたからなのかなって。あとは伊豆スタジオでできたことも大きいと思います。
――伊豆スタジオを選んだ理由というのは?
佐藤:最初にもお話した通り、今回は合宿できるとこがよかったんですよね。それもできれば東京じゃない場所で、そして窓があることもポイントでした。その日の天候を感じたりしながら演奏したり、「暗くなってきたからそろそろ晩御飯かな」とか、そういう当たり前の生活ができるところがよかったんです。
僕ら、これだけ長いことやらさせてもらってるのに、未だに高級なスタジオに行くと緊張するんです(笑)。そういうところより、いつもの感覚でできるところが今回はよくて。そういった条件を考えていった中で、自然と伊豆スタジオに決まりました。
――実際にレコーディングをしてみていかがでしたか?
佐藤:海とか自然が周りにあって、みんなでちょっと観光したり、気持ちがいい環境でできたのは本当によかったですね。これが東京のスタジオだったら全然違うものになってたかもしれないし、もしかしたらアルバムは完成しなかったかもしれない。スタジオのエンジニアの濱野さんは、10年以上前から知ってる仲なんですけど、Gateballersというバンドのギタリスト・夏椰くんのお父さんなんですよ。年齢的には僕らのちょっと上なんですけど、自分でもバンドやっていたりして、すごく感覚が近いんです。こちらの意図を言わなくても、汲み取ってくれるので、レコーディングもスムーズに進みました。
あと、スタジオが自分と同期なんです。自分が生まれた年にできたスタジオなので、機材も80年代のヴィンテージものが多くて、「ちょうどいい」くらいから「ギリギリあかん」くらいのラインまでエイジングされてて。それがこの3人に一番フィットする音だったなと思います。
「くるりにとって絶対的に特別な人」──時を経た3人の関係性
――映画では和やかな雰囲気の中でレコーディングが行われている印象でした。
佐藤:監督さんがそういうところを切り取ってくれましたが、ギスギスしていたタイミングもちゃんとありますよ。「I’m really sleepy」の《ホンマに腹立つ》っていう歌い出しとかは、繁くんから自然と出てきた歌詞ですからね(笑)。
僕も色々なバンドのドキュメンタリーを観ますけど、やっぱりバンド内の衝突とかしんどくなることも多いんですよね。監督に「そういうのはなしで」と伝えたわけではないですけど、今回の作品はそういう感じではなくて。「In Your Life」が主題歌というのもあって、そこを象徴的に摘んでくれたんだと思います。曲の生まれる瞬間から、ちゃんと育って皆さんの元に届くまでっていうのを一本の映画で見せてくれたから、自分たちとしてはそれがすごく嬉しかったですね。
――個人的に、「In Your Life」はくるりの新しい代表曲になり得る名曲だと感じました。
佐藤:ありがとうございます。「In Your Life」は本当に無作為な曲で。セッションの原型からほとんど変わってないと思いますし、アルバムの中で一番シンプルかつピュアで、くるりっぽい曲だと思っています。
――今回の制作は、今後のくるりや森さんとの関係にどう反映されると思いますか?
佐藤:もっくんとは今後も一緒にやりたいですね。さっきも言った通り、もっくんがいると制作の初速が早くなるんですよね。もちろん、もっくんとじゃないとできないことも明確にあるし。その上で、レコーディング自体は違う人とやってもいいと思うし、クレジットに“Special Thanks”で入れるぐらいでもいい。もちろんライブも一緒にやりたくなったらまたやると思います。
もっくんはくるりにとって絶対的に特別な人ですけど、彼には彼の生活があるし、また完全にくるりになれるかって言ったらそれは別の話なので。これからもいい距離感でいるっていうのがお互いに幸せなことなんだと思います。
――一般的にバンド・メンバーの脱退ってネガティブな印象も強いですし、こういう関係性って中々聞かないですよね。
佐藤:変な話ですよね。もっくんはオリジナル・メンバーでもあるので、今回は当たり前のようにジャケットやクレジットにもくるりとして出てきてもらってるけど、くるりのメンバーに戻ったかと言うとそういうわけでもないので。そこはもう察してもらって(笑)。
もちろん、今回はドキュメンタリー映画もあったからこそ、贅沢なやり方でこれだけガツンとできたっていうのはあると思います。ただ、実際にやったことは昔ながらのベーシックな手法ですし、そこで「やっぱりいいな」と感じたので、これから先いつになるかはわかんないですけど、きっと今後も一緒にやっていくんだろうなって思いますね。
――12月にはアルバムのリリース・ツアーも控えています。こちらは森さんも参加する編成で?
佐藤:はい、もちろんもっくんも一緒に。『チミの名は。』方式で回ります。
――というと?
佐藤:ドラマーが2人いるっていう贅沢な編成になります。今回のアルバムの曲や初期の曲はもっくんとやりますけど、くるりには色々な曲があるので、明確に違う人に叩いてもらった方がいい曲っていうのがあるんですよね。今のツアー・メンバーも結構長いことやってもらってるから、そこはそこでしっかりとバンドなんですよね。なので、“今のツアー・メンバーとのくるり”と“もっくんとのくるり”っていう、その両方を届ける方がお客さんには満足してもらえるんじゃないかなと思っています。
【リリース情報】

くるり 『感覚は道標』

Release Date:2023.10.04 (Wed.)
Label:Victor Entertainment
[生産限定盤] 2CD+Tシャツ VIZL-2226
[通常盤] CD VICL-65873
Tracklist:
1. happy turn
2. I’m really sleepy
3. 朝顔
4. California coconuts
5. window
6. LV69
7. doraneco
8. 馬鹿な脳
9. 世界はこのまま変わらない
10. お化けのピーナッツ
11. no cherry no deal
12. In Your Life (Izu Mix)
13. aleha
※生産限定盤、通常盤共通
==

生産限定盤付属CD

『くるりのえいが』オリジナル・サウンドトラック
1. メインテーマ
2. いがいが根
3. 伊豆スタジオ宿泊所
4. 三村さんのおもてなし
5. 伊豆のテーマ
6. スタジオの大きな窓
■ 『感覚は道標』特設サイト(https://www.jvcmusic.co.jp/quruli14thalbum/)
【イベント情報】
『「感覚は道標」発売記念ツアー「ハードにキマる!つやなし無造作ハッピージェル」』

日時:2023年12月16日(土) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:愛知 ZeppNagoya
問い合わせ:ジェイルハウス TEL:052-936-6041(平日 11:00〜15:00)

日時:2023年12月17日(日) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:大阪 Zepp Osaka Bayside
問い合わせ:キョードーインフォメーション TEL:0570-200-888(平日・土曜 11:00〜16:00)

日時:2023年12月22日(金) OPEN 18:00 / START 19:00

会場:東京 ZeppDiverCity
問い合わせ:ハンズオン・エンタテインメント info@handson.gr.jp

日時:2023年12月23日(土) OPEN 17:00 / START 18:00

会場:東京 ZeppDiverCity
問い合わせ:ハンズオン・エンタテインメント info@handson.gr.jp
==
料金:1Fスタンディング ADV. ¥7,000 / 2F指定席 ADV. ¥7,700 *学生割引 ¥5,000
*学割対象:大学生OK(入場時学生証提示/学割は1Fスタンディングのみ)
■ くるり オフィシャル・サイト(http://www.quruli.net/)

Spincoaster

『心が震える音楽との出逢いを』独自に厳選した国内外の新鋭MUSICを紹介。音楽ニュース、ここでしか読めないミュージシャンの音楽的ルーツやインタビュー、イベントのレポートも掲載。

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