東京バレエ団が古典バレエの薫り高き
名作『眠れる森の美女』を新制作初演
~公開リハーサル&斎藤友佳理(芸術
監督・新演出・振付)囲み取材レポー

東京バレエ団が創立60周年記念シリーズ2『眠れる森の美女』全3幕 プロローグ付き(音楽:ピョートル・チャイコフスキー)を新制作初演する。クラシック・バレエの最高峰と称される豪華絢爛な大作だ。公演は、2023年11月11日(土)~19日(日)東京文化会館、11月23日(木・祝)アクトシティ浜松、11月26日(日)よこすか芸術劇場、11月28日(火)フェニーチェ堺にて開催される。10月31日(火)午後に行われたプレス向けリハーサル見学&芸術監督で新演出・振付を手がける斎藤友佳理の囲み取材の模様をレポートする。

■「古典バレエの薫りを残しつつアップデートしたい」
『眠れる森の美女』は1890年、ロシアのマリインスキー劇場でマリウス・プティパ振付により初演された。シャルル・ペローの童話に基づく物語で、チャイコフスキーの壮麗な音楽も相まって名作の誉高い。悪の妖精カラボスの呪いによって100年間眠っているオーロラ姫が、リラの精に誘われて現れるデジレ王子の口づけによって目を覚ます、という展開だ。
東京バレエ団は『眠れる森の美女』全幕を1968年にニコラ・べノワの舞台装置・衣裳により初演し、ボリショイ劇場や欧州諸国でも上演。その後、2006年にウラジーミル・マラーホフ版を導入した。そして今現在、短縮版の子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』(2012年初演)を全国各地で上演している。このたびは満を持しての新版初演となる。
斎藤友佳理 photo Shoko Matsuhashi
斎藤は「本来あるべき『眠れる森の美女』の中核と、時代とともに少しずつ変わっている革新すべき技術とのバランスをとるのが苦しかった」と明かす。「ストーリーの根本は変えてはいけない。古典バレエである薫りを残さなければいけない。それから(第1幕の)オーロラ姫の登場、ローズアダージョ、ヴァリエーション、第3幕の(オーロラ姫とデジレ王子の)グラン・パ・ド・ドゥもそうです。私自身、マリーナ・セミョーノワ先生、(エカテリーナ・)マクシーモワから散々習っているので、そこだけは変えたくなかった」と語る。プロローグのリラの精のヴァリエーションや第3幕の青い鳥とフロリナ王女などのディヴェルティスマンも基本的に変えない。
伝承への思いはひときわ強い。ロシア国立舞踊大学院バレエマスターおよび教師科を首席で卒業したが、在学中に歴史舞踊と伝承学に関心が高かったと話す。そして巨匠振付家のモーリス・ベジャール、ジョン・ノイマイヤー、ピエール・ラコットとの協同作業を通して「バレエは伝統を保つだけじゃ駄目なんだ。伝承されていくべき芸術なんだ」と学んだ。「根本のコアな部分は変えずに、時代とともにアップデートされていかなければいけない」と述べ、「今回の場合、妖精だったら5人の妖精の性格を同じような印象にしてはいけない。全員違う色にしないといけない。そのときのパ(ステップ)を時代的に退屈するようにはしたくないです」と意気込む。
東京バレエ団『眠れる森の美女』公開リハーサル 政本絵美(リラの精) photo Shoko Matsuhashi

■「次元の違う存在」のオーロラ姫とデジレ王子がリラの精の導きで出会う!
新演出の一番の大きな軸となる存在がリラの精だ。リラの精のオーロラ姫への贈り物は、カラボスの呪いによって永遠に眠るのではなく、デジレ王子が現れて口づけすると目が覚めるようにしてあげること。「リラの精がオーロラの洗礼の母となり、デジレ王子を見つけます。そして彼女がデジレの洗礼の母ともなり、オーロラに出会わせる。それが、たまたま100年かかったというのが私の解釈です。100年後ではなく」と説明する。「リラの精が、デジレ王子にまず幻影のオーロラ姫を見せます。そこから第2幕が始まりますが、その場面の音楽くらい聴いていて胸を鷲づかみにされるものはないかもしれません。あの曲で踊るのが一番大切で、今回の『眠れる森の美女』で一番手を加えているのが第2幕のこの部分だと思います」。
オーロラ姫とデジレ王子は「次元の違う存在」であり、「オーロラ姫は眠っていて、夢のなかでデジレと出会う。デジレ王子は現世で生きている。肉体を持って生きている彼が、違う次元の世界にいるオーロラ姫と会う。それはリラを通してという考えなので、2人は触れ合いません。絶対に触れさせたくなかった」と語る。「第2幕を深めることで、『眠れる森の美女』の作品そのものが単純なおとぎ話ではなく、深いものになっていくと思うのでそうしています。リラの精の導きが常に大切だと捉えています」とコンセプトを語った。
斎藤友佳理 photo Shoko Matsuhashi
男性陣の活躍の場を増やす。第2幕の「村人の踊り」を男性5人、女性1人にしたり、第3幕の「宝石の踊り」をパ・ド・ユイットにして4組の男女の踊りとして披露したりする。悪の精カラボスは男女日替わりで、柄本弾と伝田陽美が競演。柄本はデジレ王子役と交替出演だが「弾は中(内面)が成長してきている。世界中どこをみても、カラボスを踊った人が同じ公演で数日の間にデジレ王子を踊るのを私は観たことがありません。今の彼には無限大の可能性を感じます」。伝田に関しては「初日にダイヤモンドの精を、他日にカラボスを踊ります。これも観たことがありません」。2人のカラボスは「まったく違う。観ていて凄くおもしろいです」とほほ笑む。
こうした采配の意図について「カメレオンのようなダンサーになってほしい。何を踊っても同じではなくて、「どれが本当のあなた?どれが本性なの?」というくらいの役者にならなければいけないと常にいっています。そのときの一番中身が濃い人にチャンスをあたえれば、もっと成長していくと思うので、そういうことを考えました」と明かした。
東京バレエ団『眠れる森の美女』公開リハーサル 柄本弾(ロットバルト) photo Shoko Matsuhashi

■3人の個性豊かなオーロラ姫が華麗に競演!
装置・衣裳も新製作だが、振付に入るずいぶん前からコンセプトを詰めなければならない。一番苦労し悩んだのが、デジレ王子がリラの精に導かれてオーロラ姫の眠る城へと向かうパノラマに関してだ。「次元の違う人たちを連れていくためには、必ず水を渡らなければいけない」。そこで、なんと約45メートルにおよぶ背景幕が移動し壮大なスペクタクルを現出させる。「スモークを焚いて、ゴンドラで移動して」というよくある演出では満足できず、初演の時から使われているスケールの大きなパノラマが「絶対に必要」だと譲らなかったという。
今回の『眠れる森の美女』新制作が成功裏に終わり、レパートリーとして定着すれば、ブルメイステル版『白鳥の湖』(2016年)、斎藤自身が改訂した『くるみ割り人形』(2019年)に続くチャイコフスキー三大バレエ新制作が完成する。そうなれば「肩の荷が下りるというか、それまではどんなことがあっても頑張っていきたいという気持ちが凄くありました」と胸の内を語る。
オーロラ姫役は3人。芸術監督就任前のラコット版『ラ・シルフィード』の振付指導時から共に歩み産後復帰して活躍する沖香菜子、芸術監督就任直後のオーディションで採用し「スタートが一緒」である秋山瑛、さまざまな役を踊って成長し子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』でオーロラ姫を見事に踊ったと称える金子仁美を選んだ。「他のダンサーたちもそうなんですけれど、一緒に成長してきた3人と『眠り』をやりたいという気持ちが強くありました」と述べる。「(彼女たちの)プラスの部分が全面的に出るように、長所を生かせるようにエネルギーを注ぎたい。皆可能性を持っていると思います」と期待を寄せた。
斎藤友佳理 photo Shoko Matsuhashi

■適材適所、層の厚いダンサーたちの活躍に注目!
囲み取材に先んじて公開されたリハーサルでは、第1幕の通し稽古を披露。この日の配役は、オーロラ姫:沖香菜子、悪の精カラボス:柄本弾、リラの精:政本絵美。オーロラ姫に求婚する4人の王子は、フォルチュネ王子:ブラウリオ・アルバレス、シャルマン王子:鳥海創、シェリ王子:安村圭太、フルール・ド・ポワ王子:後藤健太朗。
第1幕の舞台は宮廷で、オーロラ姫の16歳の誕生日を祝している。花輪・花を持つ人々が晴やかにワルツを踊り、お祝いの気分を盛り上げる。そこへ、この日の主役であるオーロラ姫が現れる。沖のオーロラ姫は、軽やかな足取りで登場し、爽やかに踊る。4人の王子から薔薇を受け取りながら踊るローズアダージョでは、バランス技を苦もなくこなし、落ち着いた雰囲気をただよわせる。その後のヴァリエーションでは、繊細なポワント・ワークとともに愛らしく踊った。先日の金森穣 演出振付による世界初演作品『かぐや姫』影姫役で陰影深い存在感を発揮して鮮烈だったのと打って変って、古典中の古典で初々しく華やかに舞うのが何とも新鮮である。
東京バレエ団『眠れる森の美女』公開リハーサル 沖香菜子(オーロラ姫) photo Shoko Matsuhashi
そこへ忍び寄ってくるのが柄本扮するカラボス。柄本は王子役だけでなくキャラクター色の強い役も踊り当たり役が多い。たとえば『白鳥の湖』ロットバルト、『ペトルーシュカ』シャルラタンなど。ここでも麗しい所作で妖しい存在感を醸し出した。デジレ王子とのダブルキャストに注目したい。リラの精の政本絵美は、長身とおおらかな存在感でまさに適役だ。
優秀なダンサーたちが多数揃わないと本格上演は難しい『眠れる森の美女』において、主役・準主役・ソリストそれぞれにおいてダブル、トリプルの配役を組めるのは、現在の東京バレエ団の水準の高さ・層の厚さを示していよう。開幕を楽しみにしたい。
取材・文=高橋森彦

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