清水靖晃に聞く「ゴルトベルク変奏曲
」の深奥

『究極のゴルトベルク』と題されたコンサートが2023年12月初頭に東京と大阪で開催される。第1部には世界でもっとも熱い注目を集めるアイスランド出身のピアニスト、ヴィキングル・オラフソン、第2部にはバッハをライフワークに独自の世界を切り拓いてきた清水靖晃(サキソフォン奏者、作曲家、音楽プロデューサー)率いるサキソフォネッツが登場し、それぞれバッハの「ゴルトベルク変奏曲」全曲を演奏するという企画。この前代未聞のコンサートについて、清水に話を聞いた。
バッハ、サキソフォン、スペースの三角関係
――清水靖晃&サキソフォネッツのアルバム『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』がリリースされたのが2015年。5本のサキソフォンと4本のコントラバスによる異次元のバッハは衝撃的でした。このアルバムが生まれた経緯について、お聞かせいただけますか。
もともと「サキソフォネッツ」は、1983年に僕がひとりではじめたソロ・プロジェクトでした。バッハに取り組んだのは1990年代後半、「無伴奏チェロ組曲」をテナーサキソフォンのために編曲・演奏したのがはじまり。「バッハ、サキソフォン、スペース(空間)の三角関係」というコンセプトで、崇高なバッハの音楽と、世俗の楽器であるサキソフォンを、残響の長い空間で掛け合わせたら面白いのではないかと思ってね。
その後、サキソフォネッツは2007年のアルバム『ペンタトニカ』から、4人のサキソフォン奏者を加え、「実体」をもって生まれ変わりました。そして、2010年にすみだトリフォニーホールの委嘱で、5本のサキソフォンと4本のコントラバスによる「ゴルトベルク変奏曲」を初演。5年後の2015年に同曲を録音したアルバムがリリースされたという流れです。
清水靖晃&サキソフォネッツ「ゴルトベルク・ヴァリエーションズ」
――作品の構造はそのままに、新たな旋律を書き加えたり、リズムを変えたりして大胆に編曲された「ゴルトベルク変奏曲」は、どのように作られていったのでしょう。
譜面をMIDIに打ち込んで、その音を何度も再生しながら、自分の旋律を加えたり、自分にはこう聞こえるという音に変えたりしていきました。MIDIファイルにすることで、曲の骨格がシンプルに見えるようになるんです。さらにリズムの捉え方を変えて、ポリリズムやミニマルのように捉えてみたり、アフリカのリズムのような躍動を入れてみたり。
僕はドイツ音楽の原理的な基本というものを深く学んだわけではないので、自分が今までやってきたこと、培ってきたものでアプローチできる。ドイツの正統とは違う、日本人だからこその自由なバッハを、尊重してみたいなと思ったんですよね。
――今回は、「ゴルトベルク変奏曲」を初演したすみだトリフォニーホールでふたたび演奏するわけですが、ここ数年の間にこの作品を演奏する機会はありましたか?
いえ、2015年にアルバムのリリースコンサートをやって以来、全曲演奏はしていません。2018年に國本怜くん(ラップトップ、ピアノ)とヨーロッパをツアーして回ったとき、「アリア」だけプログラムに入れましたけれど。
今回は、2015年と同じ譜面で演奏しますが、サキソフォネッツのメンバーがスケジュールの都合で変わりましたし、なにより自分の身体の細胞がこの8年の間に変化しているので、かなり違う音になると思います。
清水靖晃&サキソノネッツ ステージ写真 (c)井上百代(Momoyo Inoue) ※2015年東京・オペラシティ公演/今回の出演メンバーとは異なります。
「グッとくる瞬間」を求めて
――清水さんは幼い頃から、ジャズやロック、歌謡曲、クラシック、ワールドミュージックなど、あらゆる音楽に触れて育ったそうですね。そのなかで、なぜ「バッハ」に惹かれたのでしょう?
クラシックの作曲家だと、ドビュッシーやラヴェル、リゲティなども好きですが、僕にとってバッハは作曲家というよりも、「御触書(おふれがき)」という感じなんですよね。あるいは、神の言葉がスラスラ出てくる御神託のような。それでも「ゴルトベルク変奏曲」には人間的な息づかいを感じるけれど、「フーガの技法」や「インヴェンション」などは本当に自然そのもの、川の流れを眺めているような気分になります。
僕はたまにラジオを4台ぐらい同時に鳴らして、その真ん中に座ってサラウンドで聴いたりするんだけど、突然、すべてが合う瞬間があるんです。そういうとき、なんだかすごくグッとくる。バッハの場合は、グッとくる瞬間がわりとしょっちゅう訪れるんですよね。教会に集まる民衆の心を掴んで、神に向けて上らせていく術を体得していたのでしょうね。
――バッハは教会の毎週の礼拝のために、たくさんのカンタータを書いていましたからね。
もはや織物みたいなものだよね、職人のように、ひたすらテキスタイルを紡ぎ上げていく。織物は実体として残るけれど、音だと空気に滲んでなくなっていくというところがまたいいですよね。
――バッハの音楽を新しい視点で捉え直すという意味においては、オラフソンさんも同じかもしれないと思うのですが、彼の演奏は聴きましたか?
ええ、最近リリースされたばかりの「ゴルトベルク変奏曲」のアルバムも聴きましたよ。すごく音の粒立ちが面白いと思いました。タンチョウヅルが水辺から飛び立つときみたい。生で聴けるのを楽しみにしています。
ヴィキングル・オラフソン (c)Markus Jans
――最近の清水さんのご活動についてお聞かせください。NHKドラマ『透明なゆりかご』『空白を満たしなさい』やドキュメンタリー番組、映画のための音楽も多く手がけていらっしゃいますね。
作曲に入っちゃうと、なかなか楽器を吹かなくなってしまうので、両立はけっこう大変。でも今年はドラマの音楽の作曲と演奏活動を同時にやっていたので、昼間は練習して、夜に作曲するみたいな生活をしていて、すごくハードでした。それでも映像のための音楽を作り続けていきたいと思うのは、やっぱり音のテキスタイルを紡ぎ上げていく喜びがあるからでしょうね。ストーリーに浮遊する言葉の意味と、音楽と、空間の絡み合い。そこにグッときます。
――お話を伺っていると、清水さんとバッハの姿が重なりました。12月にはどのような「ゴルトベルク変奏曲」を聴かせていただけるのか、期待しています!
取材・文=原典子

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