松緑と勘九郎の『猩々』、玉三郎・七
之助がウフフと微笑み合う『天守物語
』~歌舞伎座『十二月大歌舞伎』第三
部観劇レポート

2023年12月3日(日)より歌舞伎座で『十二月大歌舞伎』が上演されている。1日三部制のうち、17時45分開演の第三部をレポートする。演目は、舞踊『猩々(しょうじょう)』と泉鏡花作の『天守物語(てんしゅものがたり)』。

なお、第一部、第二部は別の記事(https://spice.eplus.jp/articles/324359)にてレポートしている。
一、猩々
第三部『猩々』(左より)猩々=中村勘九郎、猩々=尾上松緑 /(c)松竹
言い伝えによると猩々は、顔が人間に似た猿のような霊獣だという。唐の時代、親孝行の青年が、夢のお告げに従って酒を売ると店は繁盛。その常連となったのが猩々だった。お酒をもって、猩々たちに会いに揚子江のほとりにきたのだった。
第三部『猩々』(左より)猩々=中村勘九郎、酒売り=中村種之助、猩々=尾上松緑 /(c)松竹
第三部『猩々』(左より)猩々=中村勘九郎、猩々=尾上松緑 /(c)松竹
松羽目の舞台の中央に、緑色の酒壺がおかれている。まず中村種之助の酒売りが現れる。長唄の華やかさが厚みを増す中、尾上松緑と中村勘九郎の猩々も登場。ふたりは同じ赤い鬘、赤い衣裳だ。しかし踊りでは、緩急のつけ方や余韻の着地点など、それぞれの個性で楽しませる。かと思えば、格調高い音楽にぴたりと合わせ、見る者の心をぐっと引き寄せる。テンポが速まると、足さばきの躍動感に心が前のめりになった。客席の空気も、品よくほろ酔いの温かさ。幕切れには花道で、ふたりの猩々がさらに舞う。目は光を発するような、同時に光を吸い込むような輝きを放った。人間とは思えない、まさに霊獣のようで目を奪われた。
二、天守物語
幕間のにぎわいが残る客席に、わらべ歌の「とおりゃんせ」が流れ、ゆっくりと暗転。再び明るくなると、そこは白鷺城(姫路城の別名)の天守の最上階。天守夫人の富姫をはじめ、人間ではない者たちが暮らしていた。
第三部『天守物語』富姫=中村七之助 /(c)松竹
坂東玉三郎は、富姫役を1977年よりつとめてきた。近年では演出も手がけている。今回は初役で、亀山城の亀姫を演じる。富姫の妹分のような存在だ。そして富姫役は、今年5月の平成中村座姫路公演につづき中村七之助がつとめる。泉鏡花の文学が、舞台に立ち上がる。
第三部『天守物語』(左より)朱の盤坊=中村獅童、亀姫=坂東玉三郎、舌長姥=中村勘九郎、富姫=中村七之助、薄=上村吉弥 /(c)松竹

最上階の欄干から、侍女たちが下界に糸を垂らしている。秋の草花を釣っているのだ。奥女中の薄(上村吉弥)が、餌はなにかと問えば、白露だと答える。天守夫人の富姫は、所用で夜叉が池へ出かけていたが雲に乗って帰城する。まもなく亀姫が、朱の盤坊(中村獅童)や舌長姥(中村勘九郎)をお供に訪れる。手鞠遊びをしにきたという。心づくしの手みやげは男の生首。舌長姥がきれいにして差し出し、富姫と亀姫は膝をよせて微笑みあう。

ふたりの姫や侍女たちの微笑みを、あえて文字にするなら「うふふ」「おほほ」。シュールな印象さえ与えてしまいかねないが、歌舞伎座は得も言われぬ綿密で夢幻的な美しさに満ちていた。この空気は、何かひとつのきっかけで作られるものではない。「とおりゃんせ」で暗転からあけ、奥女中と侍女たちの他愛ない会話に耳を傾けるうち、現実の時間から切り離されていく。彩り豊かな音楽とともに、七之助の富姫が出先でのあれこれを語れば、鏡花の言葉が美しい世界を描き出す。劇場という同じ空間の客席で呼吸するうちに、天守の空気になったような心持ちになった。思い返せばエキセントリックなキャラクターや奇怪な展開にも、ウフフという気持ちになるばかりだった。
それほどに“あちら側”の気分になっていたので、夜に“こちら側”の人間、姫川図書之助(中村虎之介)が現れた時はギョッとした。図書之助は、富姫が捕らえた鷹の行方を追っていた。図書之助と出会った富姫は、図書之助を人間界に帰してやるが……。
第三部第三部『天守物語』(左より)姫川図書之助=中村虎之介、富姫=中村七之助 /(c)松竹
七之助は、天守夫人を美しく気高く強くつとめる。後半に見せる感情のゆらぎが、夢幻の世界にいながら、現実的な深い孤独と痛みを感じさせた。玉三郎は姫の気品とあどけなさを自在に巡らせる。そしてちょっとしたリアクション、台詞回しに可笑しみをまじえ、異界のセレブ生活を観客に届ける。勘九郎はグロテスクなのに笑いを誘うパンチの効いた舌長姥、そして近江之丞桃六の二役。獅童は豪快さと愛嬌のある朱の盤坊。虎之介の図書之助の覚悟には、若々しい真っすぐさがあった。「あなたの手にかけて」ほしいと訴える声には、切実さと色気。物語に躍動感が生まれていた。異世界の時間の流れの中で、不自然を感じさせないリズムでかわされる泉鏡花の言葉に、心を動かされた。
第三部『天守物語』(左より)富姫=中村七之助、姫川図書之助=中村虎之介 /(c)松竹
台詞、音楽、空間を、玉三郎が磨きあげてきた美意識とカリスマ性によりまとめあげた作品であり、1977年以降、本興行では玉三郎のみがつとめてきた役だ。それが七之助に受け継がれていく。大詰は、歌舞伎ならではのカタルシスで結ばれ、喝采のうちに幕となった。
取材・文=塚田史香

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