髙木竜馬、”移りゆくもの”に思いを
馳せて~「変奏曲」をテーマとしたピ
アノ・リサイタルを開催、その意気込
みを語る

2024年1月・2月、千葉・東京・大阪にてピアニスト髙木竜馬がリサイタルを開催する。シューマンの「謝肉祭」を軸に組み立てたというプログラムは、「変奏曲」がテーマ。人生を「変奏曲のよう」と例える髙木の哲学、2023年度からスタートした教育活動への想いなどをきいた。
――髙木さんは、演奏活動にとどまらず、2023年度からは名門、京都市立芸術大学で専任講師として後進の指導にもたずさわっていらっしゃいます。
教育活動と演奏活動との両立は、時間的には相当大変ですが、僕にとっても勉強になることが多いです。例えば、学生の演奏を聴きながらじっくりと楽譜を読むことができますし、取り組んだことのないレパートリーも、アナリーゼしたり調べたりしてレッスンするので、音楽の知識も広がったように思います。
教えることを通じて、僕自身が自分に教えているような感覚もあります。学生に対して投げかける言葉を、学生を通して自分にも説いているような……。僕が今までいろんな先生方から教わった言葉は、常にすべてが頭の中にあるわけではなく、引き出しの奥の方にあります。それは、普段はなかなか出てこないのですが、いざ学生に教えようとしたとき、フラッシュバックして戻ってくる。ですから、先生方の教えをもう一度呼び起こすような面があるんです。
レッスンは人と人とが接する時間ですので、精神的にも充実しています。毎週のように京都へ行きますが、学生たちが温かく迎え入れてくれるので、今では「帰る」ような気持ちになっています。
――高木さんは、演奏面でも教育面でも今後の日本の音楽界を担っていく方だと思っています。
最も大事なのは、歴史と伝統だと思っています。クラシック音楽において、それらは自分の先生から教えを授かるものです。自分の先生も、先生の先生から教えを授っています。そうして辿っていくと、ベートーヴェンやバッハに行き着く。バトンが落とされることなく連綿と受け継がれてきたものを次の世代に引き継ぐことはとても重要であり、大切にしたいと思っています。
教育は、そのバトンを引き渡す直接的な作業です。最初は、学生の人生に関わるという重責を思い、自分がそれを全うすることができるのだろうかと不安でいっぱいでしたが、今こうして考えてみれば、自分の先生から教わってきたことを次に伝えていける講師という仕事は、自分の理念と合致する天職なのかもしれないですね。
――2024年1月に千葉の千葉市文化センター アートホール、2024年2月に東京の浜離宮朝日ホールと大阪のザ・フェニックスホールでリサイタルを開催されます。プログラムについてお訊かせください。
最も演奏したかったのは、シューマンの「謝肉祭」。そこから演奏する曲目を決めていきました。
「謝肉祭」は、当時シューマンが想いを寄せていた女性の出身地アッシュにちなみ、ASCH=「♭ラ・ド・シ」「ラ・♭ミ・ド・シ」の音に当てはめ、いろんな形で発展していきます。変奏曲的ですので、プログラムの柱を「変奏曲」としました。変奏曲も「謝肉祭」も、ひとつのテーマから作られ、それがどんどん形を変えて発展し、変容していきます。これまで変奏曲をテーマにプログラムを組んだことはあまりありませんが、”移り変わっていくもの””形を変えても原型はある”そのような作品を集めてみたところ、CD化したいぐらい素敵なプログラムができたと思います。
変奏曲は、作曲家の腕の見せどころです。与えられたひとつのテーマからどれだけ発展させるか。変奏曲には、作曲家の気合いの入っている作品が多いと思います。
――変奏曲は、ひとつの作品だけでもボリュームがあります。
例えば、同じ10分程度の作品でも、ひとつの物語で完結する10分と、その中でいろんな世界を行き来する変奏曲の10分とでは、かなり違うように感じられます。ひとつのテーマをもとにいろんな性格へと変わっていく世界を、音色や弾き方の変化などを通して表現しなければいけませんから、変奏曲は、先ほど「作曲家の腕の見せどころ」とお話ししましたが、ピアニストにとっても腕の見せどころです。
――シューマンの「謝肉祭」を演奏したかったとのことですが、この曲への思いをお聞かせください。
この曲は、いままで何度も演奏してきました。シューマンには、例えば僕自身も大好きな「幻想曲」とか、素晴らしい曲がたくさんありますが、個人的には一番好きな作品は「謝肉祭」です。久しぶりに「謝肉祭」を聴く機会があり、弾きたい!じっくり勉強したい!と。そして、お客さまにシューマンの作品を聴いていただきたかったのです。最近、ロシアの作品をメインに演奏する機会が多かったので、ドイツの作品を久しぶりにメインに据えたいと思ったのも、大きな理由のひとつです。
――髙木さんの考えるシューマン作品の魅力を教えてください。
弾いていて、とても感情移入しやすいところがシューマンの魅力だと思います。一曲の中で性格がどんどん変わっていくんですよね。彼(シューマン)自身があまりにデリケートな精神の持ち主で、ファンタジーの世界で生きている人だったのだと思います。僕も、ファンタジーの世界はとても好きです。ひとつの世界をずっと描き続けるよりは、いろんな世界を旅することのできる作品が好きですね。
――「謝肉祭」は、フロレスタンとオイゼビウスという二つのキャラクターが繰り広げている音楽ですが、髙木さんはどちらの性格がお好きですか?
難しいですね。どちらのキャラクターもいます。おそらくみなさんもそうだと思いますが、僕自身の中にもいろんなキャラクターがいるのは自覚していて――僕が「謝肉祭」に親近感を覚えるのはこのためだと思いますが――だから、変化の激しい場面で気持ちが追いつかなくなることはあまりありません。落ち着いたオイゼビウスの方が好ましいとは思いますけど、激情的になってしまうときもあります。
――「謝肉祭」を初めて弾いたのは何歳ですか?
初めて勉強したのは、14歳だと思います。
――同じ「謝肉祭」の楽譜でも、初めて演奏した時と現在とではずいぶん見方も違うのでしょうね。
まったく違います。初めて演奏した時はよくわからなかったですし、あまり好きではありませんでした。当時は、いろんなキャラクターがあるというよりは、割とがっちりと演奏していたので、謝肉祭の世界観に追いついていけなかったのだと思います。
でも、折に触れて演奏していくと作品の良さが少しずつわかってきて、近しいものを感じるようになりました。いまではとても愛する作品です。久しぶりに演奏すると、自分自身も変遷していくのを実感します。新しい部分が見えるようになっていたり、新しい感じ方をするようになっていたりすると、成長したかどうかはわかりませんが、自分もいろいろ経験を積み重ねているのがわかります。
――モーツァルトのピアノ・ソナタ 第11番「トルコ行進曲つき」を選曲されたのは、なぜでしょうか。
このピアノ・ソナタは、ウィーンに留学した頃に勉強しました。シンプルにとても良い曲だと思います。「トルコ行進曲」がフューチャーされすぎるのですけど、例えば、第1楽章などにはモーツァルトの天才性がいかんなく発揮されている。デモーニッシュな部分がまったくなく、基本的にハッピーで、モーツァルトの美しさが表現されています。そこに、「トルコ行進曲付き」とのタイトルがあります。みなさまが一度は聴いていらっしゃるその有名な曲は、第3楽章に置かれています。
――モーツァルトのこのピアノ・ソナタも、第1楽章が変奏曲ですね。短調の変奏も含まれていますが、悲愴感はあまりありません。
そうですね。短調の変奏はひとつだけ。イ短調なので、ディープな悲しみではないと思います。
――ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」も変奏曲のスタイルの曲です。本来はオーケストラ作品ですが、その第18変奏を江口玲さんがピアノ独奏用に編曲した版を演奏されます。
基本的にリサイタルでは、ドイツ、ロシア、そしてフランスの作品をプログラムにとり入れ、そのプログラムの中でいろんな要素をお聞きいただきたいと考えています。そのなかで、今回の「変奏曲」というテーマで考えたとき、人の心の最も深いところに染み渡るような美しいこの曲は、流れを変えるきっかけになると感じました。
――そして、チャイコフスキーの「主題と変奏」作品19-6。演奏される機会は多くない作品だと思います。
この作品も変奏曲で、華やかです。かなり小さい頃に初めて勉強しました。エレーナ・アシュケナージ先生からこの曲のレッスンを受けたこともあり、コンクールでも演奏したことがあります。私にとって、人生の変遷という中でとても大切な時間を、小さい頃から一緒に歩んできた作品なのです。
――今回のリサイタルの会場のひとつ、ザ・フェニックスホールでは6歳の時にリサイタルを行なったとうかがっています。髙木さんの演奏家の長いキャリアを支えているものは何でしょうか?
作曲家に対しての想いが一番大きいかもしれません。作曲家の残した作品の素晴らしさをお客さまにお伝えすることが、演奏家の務めだと僕は考えてます。演奏を聴いてくださったお客さまが「いい作品だな」と思ってくださったり、その作品を通してエネルギーを受け取ってくださるのならば、さらにハッピーです。作曲家の作品を演奏家が潰えてしまうと、その作品の価値がどんどんなくなってしまいます。作品を演奏することが、いまの自分の務めです。
――読者のみなさまにメッセージを。
人生と言いますか、日々生きていることは、変奏曲なのではないかと思います。わたしという自分は同じですが、日々の生活の中でいろいろ変化していきます。自分の外面もない面も、1日たりと同じことはなく、その中で変化があるからこそ、人生はとても彩り豊かだと思うのです。それを、音楽で表したのが変奏曲です。
ひとつのテーマをもとにいろんな世界を旅することができるし、そこにも作曲家が意匠を凝らし、いろんなアイディアをもって書き上げた素晴らしい作品だと思います。このプログラムで、みなさまと一緒にいろんな世界を旅できることを楽しみにしています。
取材・文=道下京子 撮影=福岡諒祠

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