『ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術と
モデルニテ』展開幕レポート バチカ
ンより初来日の作品も

パナソニック汐留ミュージアム開館15周年、ルオー没後60年を記念した展覧会『ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ』が、2018年9月29日(土)~12月9日(日)まで開催される。注目は、《秋 またはナザレット》などバチカン美術館より初来日を果たした4点と、国内外の協力により集められた9点の《聖顔》、そしてルオー財団や個人より出品された《サラ》《我らがジャンヌ》《キリストとの親しき集い》などだ。
《キリストとの親しき集い》1952年油彩 個人蔵(ルオー財団協力)
28日に開催されたプレス向け内覧会より、監修者の後藤新治氏(西南学院大学 教授)、担当学芸員の萩原氏、そしてルオーの孫でありルオー財団理事長のジャン=イヴ・ルオー氏のコメントとともに、展覧会の模様をレポートする。
古典と現代性、2つの視点の全4章
展覧会の副題にも入っている「聖なる芸術」とは、おおまかには西洋美術史における”古典”、つまりは中世以来受け継がれてきた宗教画を意味し、「モデルニテ」とは、19世紀半ばにボードレールが使いはじめた”現代性”という意味の用語を示している。監修者の後藤氏によれば、この展覧会は「宗教芸術という古典の流れを、20世紀に生きた画家ジョルジュ・ルオーが現代の感覚でどのように受け止め、表現したのか」という視点で構成されているという。
ルオーの代表的な版画集『ミセレーレ』
第1章のタイトルは、「ミセレーレ — 甦ったイコン」。ルオーの代表的な版画集『ミセレーレ』の版画が公開されている。ルオーが『ミセレーレ』の構想に着手したのは1921年(41歳)頃。その後15年かけて制作し、出版は1948年だったという。
学芸員の萩原氏は、58枚の大判版画の中には、聖顔や磔刑の図、風景など、のちのルオーにとって重要なテーマをみつけられると指摘。「ルオーの芸術性の出発点として、抑えておかなくてはいけない版画集」と解説し、『ミセレーレ』のテーマが集約されているというNo.12とNo.13を紹介した。ルオー自身がつけた作品のタイトルは、次のとおり連句となっている。
《生きるとはつらい業・・・》(No.12)
《でも愛することができたなら、なんと楽しいことだろう》(No.13)
「モノクロームの暗い色調の作品です。人間が受ける罪や苦しみ、世の矛盾などが、キリストの十字架への道に重なるようにつづられています。しかしルオーは、苦しみや矛盾の中にも必ず希望があり、それを愛という言葉で語っています。このような表現が、《ミセレーレ》の美しいところではないでしょうか」と、萩原氏はコメントした。
展示風景
聖なるものの表も裏も描く画家
《聖心》 1951年 七宝 ヴァチカン美術館蔵 Photo (c) Governatorato S.C.V. - Direzione dei Musei
第2章「聖顔と聖なる人物 —物言わぬサバルタン」には、ルオーの《聖顔》が9点そろう。
聖顔のベースには、ゴルゴタの丘へ向かうキリストが、聖女ヴェロニカより差し出された布で汗を拭ったところ、その布に顔のあとがのこったという伝説がある。
また、副題の「サバルタン」という言葉は、「発言する手段をもたない、従属的階層」「虐げられているけれども反抗する言葉をもたない層」なのだそう。
キリストの顔だけが、正面から描かれている《聖顔》。聖顔像といえば、教会では中心におかれ礼拝されるものであるが、ルオーが描いたキリストの顔は「決して栄光のキリストではない。むしろモノを言えぬ苦しみを代表する、サバルタンの代弁者としての顔のように見える」と後藤氏はいう。
氏はさらに、「ルオー=宗教画家」という世間的なイメージを、「聖なる」の意味を分解するところから問い直す。
「聖なる(sacré)という言葉に、我々は宗教的なイメージをもち、魅惑的で美しいものを想像します。しかしそれは、本来の『聖なるもの』の半分でしかありません。のこり半分は、グロテスクで恐怖に満ちた、おどろおどろしいものです。今回の展覧会は宗教的なイメージの作品が中心ですが、ルオーは娼婦や道化師なども、思わず後ずさりさせ戦慄させるような存在感で描きました。宗教的なものと、我々に恐怖をもたらす、ある種グロテスクで俗っぽいもの。ルオーは、『聖なるもの』の両面を描いた画家です」
鑑賞の際は、宗教的なコンテクストの読み解きだけでなく、その筆致やマチエール(素材や材質で生まれる効果)にも注目したい。
ルオーのマチエールは、晩年、溶岩を思わせるような立体性を帯びてくる。ポンピドゥーセンターから出品された《聖顔》は、彫刻のように厚みが増してくるそのプロセスをみることができる作品なのだそう。
厚塗りした絵具の表面をこそいだ跡や、さらに上乗せした絵の具。この表現方法は、宗教的なモチーフだけでなく、道化師や娼婦の絵にも同じようにように見られることから、後藤氏は「ルオーには、テーマに貴賎はない。彼が一番大事にしているのは、マチエールをいかに作っていくかということでは」と言葉に力をこめる。
パリから出品、ルオーの代表作
《聖顔》の向かいには、ルオーの代表作《ヴェロニカ》も展示されている。伝説の聖女を描いたもので、ポンピドゥー・センター・パリ国立近代美術館からの出品。萩原氏は「エメラルドグリーンの統一された色彩。たまご型の顔の形、それを包み込むようなベールのライン。それを受けるように、後ろの建築物のアーチ。重複していくアーチ構造により広がりとともに、目線が中心のベロニカに集中する構造」であると解説した。
《ヴェロニカ》1945年頃 ポンピドゥー・センター パリ国立近代美術館蔵 Photo (c) Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist.RMN-Grand Palais /image Centre Pompidou,MNAM-CCI / distributed by AMF
ルオーの最晩年の作品《サラ》は、ジョルジュ・ルオー財団のコレクションより出品された作品。ジャン=イヴ・ルオー氏は、この作品が普段は自身のオフィスにかけてあることを明かし、「今はそれがなくてオフィスがさみしい」と笑い、場を和ませた。
そして「ルオーは長年、この作品を手元におき、創作をつづけていました。《サラ》という名前は死後に、慣例的にそう呼ばれていたことに由来します。厚みのある作品で、もろく、10年に一度くらいしか旅(外部への貸し出し)ができません。このように、東京で皆さんにみていただけるのは幸いなこと」と言葉をよせた。
《サラ》 1956年 油彩 ジョルジュ・ルオー財団蔵
否定し削り、重ねて描く、ルオーの厚塗り
第3章は、「パッション[受難]—受肉するマチエール」と題されている。
絵画は基本的に平面のものだが、ルオーの作品は、50~60年代でどんどん厚塗りになる。これは決して、ポジティブな思いで絵具を塗りかさねたわけではなく、一度描いたものを否定し、削っては上から描くことを繰り返すネガティブなプロセスを、何年も続けた結果なのだそう。《受難(エッケ・ホモ)》は、ポンピドゥーセンターより出品されたもの。《受難 (エッケ・ホモ)》1947-49年 油彩 ポンピドゥー・センター パリ国立近代美術館蔵 Photo (c) Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist.RMN-Grand Palais /image Centre Pompidou,MNAM-CCI / distributed by AMF
ステンドグラスが飾られた特別セクションでは、工芸の原画となった絵や、ルオーが日々祈りを捧げていたというキリスト像などが展示されている。これは清春白樺美術館より特別に出品された、17世紀バロック様式の像。ルオーが着彩したものだそうで、よくみると赤や黄色などの色がのせられていたことがわかる。
床にはステンドグラスから落ちてきたかのような光の演出も
ルオーの描いたユートピア
「聖書の風景 —未完のユートピア」と題された第4章には、ルオーの風景画が一堂に会す。このセクションで後藤氏は、ルオーにとってのユートピアについて持論を展開した。
「ルオーの晩年の風景画には、定型パターンがあります。まず地平線があり、手前に広場があり、そこでは人が語らっている。三角の道が遠近法的に奥へ向かって描かれ、彼方には建物が建っている。 そして必ず天空には、月とも太陽とも知れぬものが描かれている。このパターンの反復は、ルオーにとって、ユートピアとして描かれているものだと思うんです。ルオーの想像力の中でうまれたユートピアではないか」
西洋絵画を見渡してみると、ユートピアは、大海原の孤島や山の頂上、洞穴の奥など、外界から孤絶した、特殊な立地状況で描かれることが多い。しかしルオーのユートピアは「誰がきてもいいよ」と、常に開かれたユートピアであると語られた。
《秋 または ナザレット》1948年油彩 ヴァチカン美術館蔵 Photo (c) Governatorato S.C.V. - Direzione dei Musei
《サラ》、《ヴェロニカ》、バチカン美術館所蔵の《聖顔》は、ガラスに入っていない状態で展示される。この時代の作品を、ガラスケース越しでなく、生でみられる機会は極めて貴重だ。ルオーの筆致から放たれる光の表情を、ぜひ会場で楽しんでほしい。
『ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ』は、パナソニック汐留ミュージアムにて12月9日(日)までの開催。

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