ピアニスト石田成香が吹かせた、瑞々
しいウィーンの風

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.9.9ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。9月9日に登場したのは、優れた才能により15歳から3年半故中村紘子氏に師事し、現在ウィーンで研鑽を積んでいるピアニストの石田成香だ。
山口県出身で、2016年秋よりウィーン国立音楽大学ピアノコンサート科で学びながら演奏活動も積極的に展開している石田成香は、数々の若手音楽家のためのコンクールで入賞し、優勝。2017年7月にはショパンフェスティバル(ブスコ・ズドロイ、ポーランド)に招待されショパンプレリュード全曲を披露。同地で開催された第2回クリスティアン・トカチェフスキ国際コンクール 年齢制限なしのピアノマスターカテゴリーにて第1位を獲得するなど、更に高い評価を得ての活躍を続けている。
そんな石田が、自身の音楽に多大なインスピレーションをもたらしているウィーンでの生活から得た、ウィーンの風や、音楽に対する純粋な気持ちを込めたプログラムでサンデー・ブランチ・クラシックに初登場。紺のシックなドレスがより清楚な雰囲気を醸し出す中、演奏がはじまった。
パデレフスキの美しいメロディーを美しく響かせて
冒頭に演奏されたのは、20世紀ポーランドを代表する音楽家であり、政治家でもあったイグナツィ・ヤン・パデレフスキ「5月のアルバム」 作品10より 第1曲 「夕べに」。高名なピアニストであると同時に、第1次世界大戦中、当時まだオーストリー・ハンガリー二重帝国の統治下にあったポーランド独立の為の運動を繰り広げ、1919年新生独立ポーランドの首相を務めたことでも知られるパデレフスキの、作曲家としての一面には、近年再評価の気運が高まっている。この「夕べに」も非常に美しいメロディーを持つ小品で、石田の演奏は精緻で静かな中に、豊かな強弱の幅があり、フォルテも決して鋭い音にならず、澄み切った美しさがあるのが、楽曲の美点を際立たせるものになった。
石田成香
ここで石田が「初めてのサンデー・ブランチ・クラシックでの演奏を楽しみにしていたので、短い時間ですが是非皆さんも楽しんでください」と改めて挨拶。現在ウィーンで勉強していて、そのウィーンで多くの楽曲を書き、石田自身が小さな頃から大好きだったというモーツァルトの音楽をとのことで、続いたのはモーツアルトの「幻想曲 ニ短調 K.397」冒頭の序奏のような短調の旋律から、最後には実にモーツァルトらしい長調の軽やかなメロディーまで「幻想曲」の名の通り、自由な形式で書かれている楽曲。石田はその冒頭のメロディーを非常にゆったりしたテンポでたっぷりと聴かせることによって、速いパッセージとの対比を際立たせる。ラストのこれぞモーツァルト! のパートは一気呵成な快速さで弾き、モーツァルトの自在さと石田の個性が融合した演奏になった。
石田成香
石田成香
名曲に感じる演奏者の個性
次に「皆さんがご存知の曲を」ということで、ショパン24の前奏曲作品28-15「雨だれ」。ショパンの音楽の特徴と美点がすべて詰まっているとも讃えられる24の前奏曲の中でも、最も著名な曲のひとつ。全編を通じて奏でられる雨だれを表す音が、明るいメロディーの中にもどこか陰鬱に鳴っている、石田の音色にほの暗さがあるのが絶妙だ。激しい部分を慟哭のように弾いたあと、雨があがり虹がかかることを連想させるラストは特段にゆったりしたテンポで演奏されたのが耳に残った。
石田成香
石田成香
そして今日のプログラムのフィナーレはラヴェルの「ラ・ヴァルス」。「ラ・ヴァルス」とは「ザ・ワルツ」の意味で、ウィーンを訪れたラヴェルがウィンナワルツのイメージを盛り込み、更にどこかで皮肉ってもいるような趣の1曲。原曲は管弦楽曲として書かれたが、ラヴェル自身がピアノ曲としても、独奏用、連弾、2台ピアノ用のバージョンを書いていて、独奏版のテクニックの難易度の高さが特に知られている。そんな楽曲の技巧的な魅力が石田のテクニックによって存分に響き渡り、近代音楽らしい和声による軽やかなパッセージがとてもよく似合う。グリッサンドもふんだんにあり、エンターテインメント的な面白さと楽しさが詰まった華やかな演奏に大きな拍手が湧き起こった。
その喝采に応えてのアンコールは冒頭と同じパデレフスキの「ポロネーズ」。ラヴェルの後に演奏されることによって、メロディーのクラシカルな味わいがより引き立ち、装飾的な技巧も存分に盛り込まれつつ、端正な落ち着きを感じる1曲に、より温かな拍手が贈られた。瑞々しい魅力を感じさせる40分間だった。
石田成香
人の心に豊かさをもたらす音楽を届けたい
演奏を終えた石田にお話を伺った。
ーーサンデー・ブランチ・クラシックには初登場でいらっしゃいましたが、リビングルームカフェ&ダイニングでの演奏はいかがでしたか?
サンデー・ブランチ・クラシックのコンセプトが、演奏者の自宅のリビングに皆様をお迎えして開くコンサートということでしたので、私の家のリビングはこんなに豪華ではないのですが(笑)、そういう雰囲気で私も舞台に出ていかせていただいたところ、皆様がとてもリラックスしていらして。普段クラシックのコンサートにはどこか気高いイメージがあると思うのですが、ここはゆったりしたソファで美味しいお食事をいただきながらという場なので、クラシックを気楽に楽しんでいただけることが嬉しかったです。尚且つ、演奏をしている間には皆様がとても静かに聴いてくださっているのが良く伝わってきましたので、クラシックとお客様の距離が近く感じられる素敵な雰囲気でした。
ーーお客様も間近での演奏を楽しまれたことと思いますが、今日のプログラムを選曲されるにあたってはどのような思いが?
20世紀ポーランドを代表する音楽家のパデレフスキの芸術を探求している日本パデレフスキ協会さんとのご縁から、パデレフスキの楽曲を演奏する機会をいただきました。私にとってもこれまで取り組んだことがなかった作曲家との出会いだったのですが、ショパンにも通じるようなとても美しいメロディーで、私自身とても好きになった5月のアルバムから、5月ではないのですが(笑)「夕べに」をまず弾かせていただきました。次のモーツァルトの「幻想曲」は、私自身が小さな頃からモーツァルトが大好きで、この曲は短調からはじまって最後が長調になるコントラストが特徴的で特に気に入っているんです。演奏時間も6分くらいで短いですし、その短い中に盛り込まれたファンタジー性を皆様に聴いていただきたいと思いました。ショパンの前奏曲「雨だれ」は、クラシックを普段ほとんどお聴きにならない方でも、どこかしらで耳にされたことがあるだろうという曲なので、雨の静けさを感じていただくことで、この暑さを吹き飛ばせればよいなと思って。そして最後のラヴェルの「ラ・ヴァルス」は1年くらい勉強している曲で、三段譜で書かれているんですね。バッハ=ブゾーニのシャコンヌや、またリストのエチュードにしても、そういう譜面は自分でどちらかを選んで弾けばよいのですが、「ラ・ヴァルス」の場合は書かれている楽譜を全て弾くのは不可能な中で、どの音を選ぶかは演奏者に委ねられていて。ですから同じ「ラ・ヴァルス」を弾いても、演奏者によって全く同じ演奏というのはひとつもないという、エンターテインメント性の高い曲なので、それを感じていただきたいと思って演奏しました。
石田成香
ーー近現代の曲ならではの面白さがありましたね。そしてアンコールがまた美しかったですが。
アンコールをどうしようかと考えていて、かなり直前になって、やはり今私にとって新しいレパートリーであり、新しい学びをたくさん与えてもらえているパデレフスキにしようと、「ポロネーズ」を弾かせていただきました。コンサートの最初と最後をパデレフスキにして、皆様にも楽曲に親しんでいただけたらという想いもありました。
ーーご自身にとっても新しい作曲家との出会いから、新たな扉が開かれているのですね。
はい。とてもたくさんの勉強をさせていただいています。
ーーそんな中で石田さんは現在ウィーンで研鑽を積んでいらっしゃいますが、実際に生活をしてみて日本との違いなどはどう感じられていますか?
如何に日本の公共施設のホスピタリティが行き届いたものだったのかを、向こうに行って1番感じました。例えばビザの申請などをする時にでも、現地の方にしたら当然なのでしょうが、私にとってはこんなに冷たいのか……と感じることが多くて。例えば何か困っていると日本では自分のことは置いても手を差し伸べてくれる方がいるのですが、向こうでは「私の仕事はここまで」という割り切り方がとてもハッキリしています。それはもちろん文化の違いですから、今ではずいぶん慣れてきましたし、日本が如何に温かいところだったかを向こうに行ったからこそ感じることができましたね。一方で音楽に関しては良いホールでのコンサートが毎晩あって、5~6ユーロの立見席でウィーンフィルの演奏を聴けるんです。さらに巨匠と呼ばれるようなピアニストの演奏会も頻繁に開かれていて、その演奏に接することで大きな刺激を受けています。今までは映像でしかお目にかかったことがなかったような大演奏家の演奏をホールで生で聴くと、やはりその方達のオーラや培ってきたものがわかりますし、建物自体からもインスピレーションを受けている毎日で、刺激になることばかりの2年間を過ごしています。
石田成香
ーーその成果がまた演奏に反映されることでしょうが、今後の活動への夢やビジョンなどにはどんなものが?
私は音楽は純粋なものであって欲しいと、常に思っています。もちろんすべてが公平な世界ではありませんが、周りの方達からも、人生で最後に残るものは音楽なのではないかと言っていただいていて。クラシックに限りませんが、心の拠り所になる、助けになるものは音楽だと思うので、私も人の心に届く、人の心に豊かさをもたらす音楽を、たとえそれが少人数の方達とであっても分かち合い、感じあえる時間を大切にしながら、自分の音楽をもっともっと熟成させていきたいと思っています。
ーーこれからのご活躍を楽しみにしています。是非またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらして下さい!
今日演奏させていただいてリビングルームカフェ&ダイニングがとても好きになりましたので、是非また演奏させていただきたいです。
石田成香
取材・文=橘涼香 撮影=岩間辰徳

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