矢野通「カッコつけ路線を捨てた異端
のプロレスラー」~アスリート本から
学び倒す社会人超サバイバル術【コラ
ム】

アマチュアレスリングの猛者・矢野通
「凄い技術を持っていても、あえて出さないレスラーもいる。たとえば矢野通選手なんかは学生レスリング三冠王の実力を持ちながらアマレスの技術をリング上でほとんど出さないんですよ。個人的には幻想をかきたてられますよね」
9年前、現WWEで活躍する中邑真輔が、自著『中邑真輔の一見さんお断り』 (エンターブレイン)の中でそう書き記していたのを強烈に覚えている。えっ一体どういうことだろう……。だって、プロレスラーはいかに自分を格好良く強く見せるかの勝負のはずだ。なぜ、あえて最強の武器を隠す必要があるのか?
矢野通は身長186cm、115kgの巨漢で、大学時代はレスリングの王者として知られ、世界学生選手権日本予選97kg級優勝、全日本学生選手権でフリー、グレコの両部門を制覇し、文部大臣杯を獲得という輝かしい経歴を持つ男だ。にもかかわらず、その強さをアピールするどころか、白いモチ肌に時に金髪、赤の法被と田吾作スタイル、近年の得意技は秒速の“コーナーマット外し”に“急所攻撃”からの裏霞(前方へ回転させながら丸め込む変形の首固め)と人を食ったような愉快なヒールレスラーに徹している。
もしかしたら最近、新日本プロレスのファンになった人は、会場で自作DVDを宣伝しながら入場するあの敏腕プロデューサーYTRが、実は圧倒的なレスリングの実績を誇ると知らない人も多いのではないだろうか。1978年生まれの矢野だが、あと10年早かったら藤田和之とともにストロングスタイルの申し子としてPRIDEで大活躍していたかもしれない。しかもデビュー当初は、パンクラスの10周年興行や総合格闘技とバトルロイヤルをミックスしたまさにカオスの「アルティメット・ロワイヤル」にも参戦と、そのレスリング技術をベースにした戦い方でリングに上がっていた。なのになぜ? その強さを知れば知るほど、どうして今のファイトスタイルになったのか知りたくなった。
カッコつけ路線を排除した異端のプロレスラー
いきなりその自伝のタイトルは『絶対、読んでもためにならない本―矢野通自伝』(ベースボール・マガジン社)である。普通はプロレスラーの自伝は、『最強』とか『革命』とかその手のドラマティックな単語がお馴染みなのに、矢野は本書内で一貫して主張する通り「ビジュアルを含めた自分の資質を考え、“カッコつけ路線”は早々に排除した」レスラー人生を送ってきた。
歳の近い先輩には棚橋弘至、すぐ下の後輩に中邑真輔。スター性がある彼らはIWGPヘビー級王者を争う団体の看板エースたちだが、あいつらみたいになれるとも思わないし、なりたいとも思わない。オレはオレ。会社が危ない時期も、自分はみんなを鼓舞するキャラでもないし、若手を引っ張るアニキ気質とも無縁と己を客観的に見つめ、とにかく目立つことをやろうと決意する。定期的にDVDをリリースしたり、東京マラソンを完走して、その足でプロレス会場へ。「強くなりたい」ではなく、「目立ってやろう」。それが結果的に会社のためにもなる。ひと言で言うと、矢野通はプロであり大人だ。
この男はとにかく「カッコつけること」をとことん拒否する。自慢話や武勇伝が当たり前のプロレスラーの自伝で飲食店経営のビジネスをやる理由について、あっけらかんと「将来が最も危ぶまれるのは、自分で言うのもなんだが、私ぐらいのポジションのヤツだ。うっかりしていると、引退した時に何も残らない危険性が非常に高い」なんて書けるのは、今の新日で矢野だけだろう。
カッコいいことはカッコ悪い!
みんな子どもの頃はスーパーヒーローに憧れた。けど、大人になるとヒーローにならなくても生き延びる術を見つける勝負になる。だって、映画やドラマでもヒーローはごく少数。それになれなかったら終わりなんて人生はしんどすぎる。会社の営業部のエースって、売上げ以外に勝負できるものを持ってないとキツイ。誰だって永久に勝ち続けることなんて不可能なのだから。
見栄を張り、時にハッタリもかまして人は生きている。俺だってフリーライターとして大手出版社と仕事をする時は自然と「カッコつけモード」に入ってしまうことがある。いわば「舐められたくねぇ」の空回りだ。あ、オレにはそれできないっすね。全然無理っすね。で、こういう感じなら面白くできますけど。軽くそう笑ってみせる勇気を矢野のレスラー人生から学んだ気がする。
客席を練り歩き会場を湧かせた稀代のヒール飯塚高史の引退で、新日にとってこれまで以上にこの男の役割は重要になってくるだろう。人生もプロレスもすべてが緊迫したタイトルマッチなら見ている方も息が詰まっちまう。時には会場で「ヤノ! トー! ルー!」なんてカッコつけずに叫びたくなる日もある。最後は自伝の中で最も印象に残った矢野通らしい一文を紹介して終わりにしよう。
“バカをやらなきゃいけないところで「カッコいい」を入れちゃう、それこそが一番バカである”

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