ピアニスト・反田恭平がブルクミュラ
ー「25の練習曲」全曲音源&解説を公
開! 聴きどころを紹介 by 飯田有抄

2020年5月25日(月)、ピアニスト・反田恭平が自身のnoteにて、ブルクミュラー「25の練習曲」演奏音源と解説を公開、販売を開始した。「25の練習曲」といえば、ピアノを習う人なら誰もが通る、といっても過言ではない王道練習曲。今回、クラシック音楽ファシリテーターで、書籍『ブルクミュラー 25の不思議:なぜこんなにも愛されるのか』(2014年:音楽之友社/飯田有抄・前島美保)や『ブルクミュラー ピアノ曲集』(音楽之友社)解説なども執筆する音楽ライターの飯田有抄氏に反田ブルクミュラーの「聴きどころ」を紹介してもらった。(編集部)

ブルクミュラー「25の練習曲」。ああ、なつかしい! と思う方もいれば、今バリバリ練習中です! とか、うちの子どもが弾いてます、という方もいらっしゃるでしょう。
ひととおり楽譜が読めて、指が動くようになって、さぁこれからいろいろなピアノ作品の世界に出発〜というピアノ学習者の心も技術も後押ししてくれるのが、ブルクミュラー「25の練習曲」。1曲は1分未満から長くても2、3分。全曲通しても30分程度とコンパクトながら、ひとつひとつの愛らしくドラマティックな曲想。そこから汲みとれることはまさに無尽蔵! 大げさでしょうか? いいえ、そんなことはありません。21世紀になってから、ブルクミュラー研究は(とくに日本で?!)加速度的に進んでおり、多くのピアニストさんたちが、録音をリリースしています。それだけ、さまざまな表現の可能性を秘めた、良い意味で余白が多い、懐のふか〜い曲集なのです。
■ファツィオリ✕ブルクミュラー 絶妙な間合い、遊び心に満ちた音色の変化が魅力!
さて、前置きが長くなりましたが、このたび反田恭平さんが、「25の練習曲」を全曲録音しそれを配信されたということで、これはもう嬉しすぎるニュースです! 一般の音楽ファンはもちろん、未来ある子どもたちのことも、いつも考えておられる反田さん。いわゆる「練習曲」と言われるものは、とかく技術修練に特化した視点で弾かれたり語られたりしがちですが、反田さんのように表現力と遊び心、そして技術をもったピアニストが、こうした誰にでもアプローチしやすい曲集を、本気で愛おしみ想いを込めて伝えてくれるなんて、音楽が好き、ピアノが好きという老若男女をますます刺激してくれます。
今回の録音で、私が特に注目したいのは、反田さんがファツィオリのピアノを使用されたということ。イタリアが生んだFazioliは1981年創業。老舗ピアノ会社の多い業界の中では比較的新しいメーカーですが、ショパン国際コンクールの公式認定メーカーとなったことでもよく知られるようになってきました。ファツィオリのピアノの魅力というと、なんといっても伸びやかで朗らかな音色、深くダイナミックなフォルテはもちろん、コントロール次第では繊細で柔らかなピアニッシモもどこまでも際限なく出せて、なおかつその音がなかなか減衰せずに持続するということ。さすが、オペラの国イタリアが生んだ楽器! そう言いたくなるほど、弾き手の歌心を刺激してくれる楽器なのです。比較するには楽器の年代がまったく違いますが、ショパンが当時愛したプレイエルというフランスの楽器の音色が良い意味で「陰」なのだとしたら、現代ピアノのファツィオリの音色は「陽」。明るさの中でさまざまな感情の機微が表現可能な楽器なのです。
反田さんの音楽は、勢いや瞬発力の良さと同時に、なんとも言えない絶妙な間合いがあったり、遊び心に満ちた音色の変化が魅力です。そんな反田さんがこれまでにも弾いてこられたファツィオリとのコラボレーション・ブルグミュラー! まさにピアニストとピアノの見事な対話が25の小品にギュッと込められました。ぜひ一曲ずつじっくりお楽しみいただきたいです。
Kyohei Sorita - J.Burgmüller / Etude Op.100 No.20 "La tarentelle" ( ブルグミュラー / 25の練習曲 作品100 より 第20番)
■思ったよりも「テンポが速い?!」そのワケは・・・
ところで、お聴きになる皆さんにとっては、ご自身のお稽古時の記憶や小さなお子さんが弾いておられる曲の印象と、かなり違う部分があると思います。その筆頭となるのがテンポでしょう。「ものすごく速い!」とお感じになるかもしれません。 しかしブルクミュラーが初版で指定しているテンポ表示というのは、実際に速いのです。
1806年生まれのヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルクミュラーは南ドイツのレーゲンスブルクで生まれ、26歳頃からはパリで活躍したピアノ教師です。作曲家であり、オペラ座の伴奏ピアニストであり、バレエ音楽作曲家という多彩な顔を持った人でしたが、特に力をいれていたのが、ピアノ入門者への教育でした。この「25の練習曲」を1851年に出版する以前にも、ドレミの読み方から指南するような超入門者向けテキストをヨーロッパ各地で出版していた売れっ子教師なのでした(このあたりの詳しいことは、拙著『ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか』飯田有抄・前島美保、音楽之友社をご参照ください)。
そんな彼が指定するテンポですから、子どもたちの手に無理がかかるようなことを強いているとは思えません。ショパンと同時代のパリで生きたブルクミュラーが、実際当時はどんなピアノを使用していたのかはわかりませんが、ひょっとすると、ショパンと同様にプレイエルを愛していた可能性もあります。プレイエルはパワー系のピアノというよりも、軽やかで美しい響きを生み出すピアノです。実際「25の練習曲」の楽譜をよくよく見てみると、「p」や「pp」という強弱記号のなんと多いことでしょう。ショパンはあまり大きな音で弾くことを好まなかったと言いますが、ブルクミュラーもまた「弱音美」系の音楽家だったのかもしれません。そのようなわけで、軽やかに、さわさわさわ〜〜〜っと優しく演奏すると、状態の良いピアノであれば鍵盤の反応も良い(軽い)わけですから、ブルクミュラーが指定したテンポも無理がなかったのかもしれません。
そのようなわけで、反田さんのテンポも全体的に軽快です。その一方で、「アヴェ・マリア」のようにじんわりと美しく、ステンドグラスから射し込むカラフルな光がまっすぐに伸びているような音色の機微もじっくり味わうことができます。
以下は、録音を届けてくださった反田さんに一曲ずつコメントさせていただいた私の感想です。多少コーフンしすぎですが、ご笑覧いただければと思います。
***
No.1「すなおな心」:ニュートラルな歌心が本当にまっすぐで素直。幕開け感が素敵です。
No.2「アラベスク」:冒頭小節の和音のデクレッシェンドが粋!みんなの憧れ「アラベスク」反田さんバージョン、クールです。
No.3「牧歌」:左手の和音の「そっと」した連打にしびれます。まさに牧歌的な、すなおな右手のメロディー。こうシンプルするのは意外と難しい。
No.4「小さな集会」:序奏から「大好き!」って思ってしまう。可愛いよぉ〜生き生きしてる小さな命の躍動。
No.5「無邪気」:リピートしたあとの表情変化の美しさよ!やっぱり、左手の和音のバランスすてき。
No.6「進歩」:トートトトトトトトっていうスケール音色!縦型の音色!!素敵。初版(原点版)のアーティキュレーションが生きますね。
No.7「清らかな流れ」:見えた…私には見えた…緑の中を流れる小さな水流が。終わりがきれい〜〜
No.8「優美」:ちょっぴりツンデレな感じのかわい子ちゃんを思い浮かべてしまった。こんなにもこの音型のチャーミングな特徴、喜びをもって引き出してくれるなんて!
No.9「狩り」:反田さんのカッコいいやんちゃさというか、勢いがキュートに光る!でも中間部はほんのりロマンティック。
No.10「やさしい花」:あらぁ。すごく小さくて、風に爽やかに揺れてる。明るくて、ニコッとしてる。
No.11「せきれい」:すばしっこい!!鳥度高い!!
No.12「別れ」:惜別の記憶は、のどの奥の小さな痛み。(だんだんポエムになってきた)
No.13「なぐさめ」:ファツィオリの魅力が出ていますね。音がまっすぐに柔らかく伸びる。さらりとした寄り添い。すてき。終わりの音がたまらんです!
No.14「スティリエンヌ」:このテンポ感? 揺れ? は面白いです。街の楽士たちが、道ゆく人にウィンクを送りながら聞かせているような。
No.15「バラード」:キターーーーッ  蠢く左手、(いい意味で)ゾワゾワ気持ち悪くて素晴らしい!最後のユニゾンも!
No.16「あまいなげき」:嘆きすぎない嘆き。透明感のある、ファツィオリの嘆き。
No.17「おしゃべり」:ぺちゃくちゃよくしゃべるけど、下品じゃない!
No.18「気がかり」:和声の色味の変化がとっても明確で、同じ音型パターンの連続がこんなにも鮮やかに!
No.19「アヴェ・マリア」:すごく静かなのに、前半・中間部・後半で密かに非常にドラマティックな構成になっていると思いました。淡々とした前半、しかしリピート前の間合いがなんとも言えない…リピート後のベースの歌に耳を奪われます。中間部、とてもファツィオリ!!ステンドグラスからまっすぐサーっと色とりどりの光が挿しているような…クリアで混濁せず、全ての声部が美しい(涙)。後半、低音弦が動くけれども、非常に澄んだ響きをキープされていてさすがであります。
No.20「タランテラ」:もうキビキビと心で踊るしかない!アヴェ・マリアとの並びで、さっと空気が変わるところがとてもいいですね。25の練習曲はやっぱり全曲順番に続けて聴くのがベスト!って思います。
No.21「天使のハーモニー」:ダンパーは使っておられたとしてもごくごく浅〜くですよね? 絶妙な残響で、爽やかな流れ。これもまたファツィオリとの対話ですね。
No.22「舟歌」:序奏、和音の伸びは、やはり楽器との美しい対話。主要部の左手の爽やかさが、やっぱり反田さん!
No.23「帰り道」:中間部かっこいい!!こういうのが聴きたかったです!反田さんらしさもあって素敵です。
No.24「つばめ」:ソプラノの音型に「チュンッ! チュンッ!」っていうキャラクターがこんなにはっきりついた演奏が生まれるとは。名演です。
No.25「貴婦人の乗馬」:みんなの憧れ曲!元気のいい乗馬シーンも、ちょっと気品のある乗馬シーンも、スリリングな障害物も。ドラマティックで楽しいですね!F durのところはとっても煌びやかで、全曲を通じてもっともブリリアント。フィナーレにぴったりの構成!!
***
ブルクミュラー、いいな。また弾きたくなったな。反田さんの演奏を聴かれて、そう感じた方も多いかもしれませんね。私もそんな一人です。そんな気持ちにさせてくれて、反田さん、本当にありがとうございます♪
文=飯田有抄

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