ピアニスト ニュウニュウ「色々なキ
ャラクターになりきって」~演奏と語
りで『ピアノの森』の世界へ 7会場
巡る「『ピアノの森』ピアノコンサー
ト2024 SPRING」がスタート

一色まことの漫画『ピアノの森』は、主人公・一ノ瀬海をはじめとする若きピアニストたちが「ショパン国際ピアノコンクール」に挑む姿に加え、彼らを取り巻く人間関係が克明に描かれていて、大変感動的な物語だ。テレビアニメ版でコンテスタントのピアノ演奏を担当するのが反田恭平や高木竜馬といった若手実力派ピアニストというのも見どころ、聴きどころのひとつ。この『ピアノの森』の世界を、トークとピアノ演奏で楽しむコンサートが現在行われている。
過去3度の『ピアノの森』ピアノコンサートでピアノ演奏を担当していたのは、テレビアニメ版で主人公・一ノ瀬海の友人、雨宮修平のピアノを担当していた髙木竜馬だった。しかし今回のツアーでピアノを演奏するのは、暗く複雑な過去を持ちながらも、優勝候補No.1の呼び声が高い中国人ピアニスト、パン・ウェイ役のニュウニュウだ。 「神童出現!」と騒がれた彼も、今では26歳の好青年。プログラムにはショパンの名曲の数々が並び、コミックやテレビアニメを見ていなくても十分楽しめるコンサートだが、やはり『ピアノの森』を知っていると、唯一無二の満足感を得ることが出来るのは確か。
5年に一度開催される「ショパン国際ピアノコンクール」に集まるコンテスタントは、育った国や環境、境遇はそれぞれ違うモノの、才能に恵まれ、ショパンの曲を弾き込んで、最高のショパン弾きの座に就こうと目論む若者たちだ。ニュウニュウは、自身が演じたパン・ウェイだけではなく、他の出演者が弾いた曲も演奏するのだが、果たしてどんなスタンスでこのコンサートに臨むのか。今年のツアーは全国7会場を廻るという。期待に胸を膨らませ、ツアー2日目、大阪の住友生命いずみホールを訪れた。以下、「ピアノの森 大阪公演」のレポートをお届けする。(編集注:写真は浜離宮朝日ホールでの東京公演より。会場ごとに演出は異なります。なお、本公演は原作での楽曲演奏シーンに絡めて構成されている特性上、レポートでも原作内容に言及しています。あらかじめご了承ください)
ニュウニュウによる名刺代わりの1曲は、ショパンの「ノクターン第13番」。オープニングを飾るには暗く悲劇的なハ短調の曲だが、中間部、ハ長調の祈りの音楽を経て、三連符に乗って冒頭の主題が再現され、最後は静かな鐘の音で締め括られる壮大な曲なのだ。演奏を終えるとニュウニュウは流暢な日本語で静かに語り始めた。
「私も『ピアノの森』は全巻読んで感銘を受けました。私が演じるパン・ウエイのキャラクターは、とても難しい子供時代を過ごして来ましたが、音楽は彼を励まし、慰めました。このコンサートで私は、パン・ウェイだけでなく、一ノ瀬海や雨宮修平が弾いたショパンの名曲も演奏します。私の演奏で皆さまにパワーを与えることが出来ると良いのですが」
浜離宮朝日ホールでの東京公演より。(※会場ごとに演出は異なります)
話し終わって弾いたのが、「12の練習曲10-1」と「12の練習曲10-12《革命》」。10-1は、TVアニメ『ピアノの森』のオープニングテーマの原曲で、一ノ瀬海がコンクールの第一次審査の1曲目で弾いた曲。ニュウニュウはこの曲を一ノ瀬海になりきって、テレビアニメのオープニングを告げるかのように力強く演奏し、会場を明るく元気な雰囲気に変えた。そして間髪入れずに、「革命」のエチュードへとなだれ込む。「革命」はパン・ウエイ自身が第一次審査で演奏し、聴衆の度肝を抜いた曲。迫力の演奏を聴きながら、10-1がハ長調、そして「革命」がハ短調だったことに気付き、1曲目のノクターンはそんな調性を意識してのセレクトだったのかと感心した。
実は、入り口で配布されるパンフレットには、通常の曲目解説に加え、漫画『ピアノの森』のどのシーンで、誰が弾いていたかがわかるように説明が加えられていて、記憶をたどる事が出来るようになっている。これを片手に、ニュウニュウの語る作品の背景などを参考に、ショパンの名曲に浸れる幸せは、他では味わうことが出来ない至極のひと時だ。
次の曲は、やはり雨宮修平が第一次審査のラストで弾いた「バラード第1番」。ニュウニュウがこの曲を弾き始めると、観客は顔を見合わせて頷いたり、微笑んだり、場内がひと際盛り上がった。これは『ピアノの森』に加え、フィギュアスケートの羽生結弦選手のショートプログラム効果に依るところが大きいのではないか。思いがけず、羽生選手のあの曲とコンサートで再会するというのも実に素敵だ。前半のプログラムは、「ワルツ第1番《華麗なる大円舞曲》」から「ポロネーズ第6番《英雄ポロネーズ》」で終了。流暢な日本語で「人気の《英雄ポロネーズ》は、ポーランドの国民的英雄ドンブロフスキ将軍をイメージして作曲されました」と語るニュウニュウ。原作ではポーランドのレフ・シマノフスキーと一ノ瀬海が共に第二次審査で演奏するのだが、パン・ウェイはコンクール全体の “ポロネーズ賞” の受賞者。表彰式後のガラ・コンサートでは、圧巻の《英雄ポロネーズ》を披露するのだが、この日の演奏はポロネーズ賞受賞者に相応しい、堂々としたものだった。
休憩を挟んでプログラムの後半は、グレンミラー楽団でお馴染みの「茶色の小瓶」でスタート。意外に映るこの曲は、海と師匠の阿字野壮介との出会いの曲。海が小学生の時、音楽の教師だった阿字野自身がアレンジした「茶色の小瓶」を一度聴いただけでコピーする海に、阿字野が驚いた所から二人の師弟関係は始まる。スイングするような軽快なこの曲を、この日はしっとりバラードっぽく演奏したが、これはニュウニュウの編曲によるもの。この後に演奏された人気の「スケルツォ第2番」は、問いかけるような三連符を含む音型と、それに応える強奏で始まる人気の曲。第一次審査で、雨宮修平が一音もミスなく完璧に弾いて、会場からため息が漏れた曲だ。この日のニュウニュウの演奏は、型にはまらず、自由度の高いスケールの大きな音楽として聴かせてくれた。
そしてプログラムは進み、海の母親レイがお気に入りの「24の前奏曲第15番《雨だれ》」に続いて、リストの「パガニーニによる大練習曲第3番《ラ・カンパネラ》」で本編は終了。ニュウニュウは誰かになりきる以前に、大変な超絶技巧の持ち主で、この難曲を顔色を変えずに弾き切った。原作では、一ノ瀬海がコンクールの優勝者となり、パン・ウェイは2位を受賞。表彰式に続いて行われたコンクールの入賞者によるガラ・コンサートで、パン・ウェイが《英雄ポロネーズ》に次いでアンコールで弾いたのが《ラ・カンパネラ》だった。
本編終了後、鳴り止まぬ拍手に応えて登場したニュウニュウが採り上げたアンコール曲は、ショパンと関係のない2曲。ツアーは今後も続くのでアンコール曲の扱いは微妙だが、SNSで既に話題となっているようなので発表しても良いだろう。アンコールは、坂本龍一の「エナジーフロー」とベートーヴェンの「運命」第1楽章(リスト編曲によるピアノ独奏版)。そして、さらにダブルアンコールで1曲演奏したが、そちらは伏せておく。ここではニュウニュウ自身が弾きたい曲を自分らしく伸び伸びと演奏している。本編でのキャラクターへのなりきり具合が良くわかって、大変興味深かった。
終演後のロビーでは、親子連れに若い女性グループ、男女の一人客も多く、年齢層もまちまち。熱心な『ピアノの森』ファンだけでなく、一般のクラシック音楽ファンも多く訪れていたように見受けられた。これだけのショパンの名曲が並んだコンサートで、ピアノ独奏がニュウニュウと来れば、一般の音楽ファンが関心を持つのも当然だとは思うが、せっかくなのでこれを機に『ピアノの森』を知ると、「ショパン国際ピアノコンクール」の事も良く判り、ショパンの聴き方の幅が広がるので、ぜひお勧めしたい。
余談だが、このツアーには毎回、原作者の一色まことがイラストを描き下ろしてくれている。パンフレットに寄せられた一色まことのメッセージからは、作品執筆にあたっての音楽の「描き方」への創意工夫のさま、ピアノそしてニュウニュウへの熱く温かい想いが伝わってきて、一段と作品のファンになる。コンクールを軸に人間的にも大きく変化を遂げていくキャラクターたちが描かれる『ピアノの森』は、単にコンクールに関わる若者の青春群像劇としてだけでなく、人生を生きていく上でのヒントとなる作品としても、もっと読まれても良い作品だと思う。
最後に、終演直後のニュウニュウに話を聞いた。
――本日演奏された「革命」と「ラ・カンパネラ」は、ショパンコンクールの入賞者によるガラ・コンサートでパン・ウェイが弾いています。
本日、前半に弾いた「革命」は、阿字野壮介先生と出会う前の、憎しみに満ちたパン・ウエイの演奏。後半の「ラ・カンパネラ」は先生に出会った後の、愛に目覚めた彼のイメージで演奏しました。私ですか? 愛に満ちたパン・ウェイの方が、素の私に近いと思います(笑)。
――メッセージをお願いします。
『ピアノの森』ピアノコンサートでは、大好きなショパンの曲を、パン・ウェイだけでなく、色々なキャラクターになりきってお届けしています。そして、もしアンコールを頂けるならば、そこからは、本当の私です(笑)。素晴らしい音楽を通して、多くの愛を皆さんと分かち合い、素敵な明日を迎えましょう!ぜひコンサートホールにお越しください。
取材・文=磯島浩彰 撮影=山崎友実

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