Black Lives Matterがエンターテイン
メントに与える影響

アメリカ中西部ミネソタ州での黒人男性暴行死事件から端を発した人種差別に対する抗議デモは、アメリカ国内はもとより世界中で急速な広がりを見せている。
近年稀にみる勢いと熱を持ったこの抗議デモは様々な分野にも影響を及ぼし始め、エンターテインメント業界でもその影響が出始めている。特に、今までに発表されている作品や、色々なものの名前に対する見直しの動きが顕著だ。

音楽シーンで大きな話題となったのは、この抗議デモに関連してのアーティスト名の改名だ。
アメリカで絶大な人気を誇る男女混合トリオのレディ・アンテベラム(Lady Antebellum)は、急遽、グループ名をレディ・A(Lady A)に改名すると発表し大きな話題を呼んだ。
このレディ・アンテベラムは2006年にテネシー州ナッシュビルで結成されたトリオで、カントリーポップスとして紹介されることの多いグループ。ジャンルはカントリーに分類されるが、今やその人気はカントリーの枠を既に飛び越えて全米で支持されている。
彼らの最大のヒット曲「NEED YOU NOW」を収録したアルバムはビルボードTop200で首位に立つ成功を収め、グループはこれまでに5度のグラミー賞を受賞している。この楽曲のビデオがYouTubeで3億回以上の再生回数を記録していることも、彼らの人気の指針としていいだろう。
変更となったグループ名に用いられていた「アンテベラム」とは「南北戦争以前」という意味で、ノスタルジックな古き良きものという意味あいを持つもという。メンバーがテネシー州フランクリンをにある「アンテベラム・ホーム」と呼ばれる古い家々を訪れた際に感銘を受け、「アンテベラム」という言葉をチョイスし、語呂がいいからとその前に「レディ」を足すことでこのグループ名が出来上がったとのこと。
ただ、この「アンテベラム」には、南北戦争前の文化を肯定するような意味合いもあり、奴隷制度を肯定的に捉えていると取られかねないとして、今回の改名に至ったとされている。グループは自身のサイトやFacebookなどで声明を発表し、「言葉の持つ意味に十分に思いが至らず後悔している。恥ずかしく思う」と謝罪を表明した。その上で、ほぼ最初からファンが呼んでいたニックネームでもあるレディ・Aとすることになったという。
大スターとして君臨するアーティストが改名を表明することは驚くべきことであり、この一件からも今回の人種差別反対デモは今までのものとは全く違う影響力を持ち、全く違う広がり方をしていることが理解できる。
なお、この改名後のレディ・Aは、既にこの名前で長年活動をしているシンガーがいることが判明し、そのシンガーは同名になることを避けるために提訴する予定であることも伝えられており、この騒動はまだまだ一件落着とはいかなさそうだ。

また、音楽業界からは他にも名称の変更が発表されている。
グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーは、賞の名称から「アーバン」とう言葉の使用をやめると発表した。今後、「最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」は、「最優秀プログレッシブR&B賞」となる。
「アーバン」という言葉は日本では「都会的な」という意味合いで使われることが多く、他に取り立てて意味を持つものではないが、アメリカでは黒人文化を表すことがある。ジャンルとしてのヒップホップやラップ、R&Bなどの黒人文化発祥の音楽を示す言葉として主にジャンルを指すときに使われてきたが、次第にこの言葉にはネガティブな意味合いも込められてきて、これを使い続けるのは時代遅れだとの批判も浴びてきた。
この変更は、今回のデモなどとの直接的な関係には言及されていないが、現在の急速な人種差別意識の高まりを前に、以前から非難されていた懸案事項に一気に手を加えた格好となった。
他にも、人種を揶揄するようにも取れるレーベル名を変更するレーベルが現れるなど、人種差別への意識の高まりは広がり続け、音楽業界もその潮流から逃れることはできなさそうだ。
音楽ではなく他に目を向けると、映画の世界でも大きな動きがあった。
アメリカの動画配信サービスのHBOマックスは、名画として名高い1939年の映画『風と共に去りぬ』を一時配信中止とした。この作品は、南北戦争が舞台となっており、奴隷制度が残る時代背景を描いている。HBOマックスは「人種への偏見が含まれている」と配信の一時中止の理由を公表しており、あくまでも一時中止であり配信の再開もあるとしている(※)。
映画自体は奴隷制度を肯定も否定もしていないと個人的には思うのだが、否定もしていないというのが問題なのだろう。急速に広がった人種差別に対する抗議活動への連帯を示す目的が大きいと思われるが、とにかく配信が一時中止されたというのは驚きだ。アメリカのメディアではこの処置は妥当と賛同する声が高まる中、このような動きの果てにはいくつの作品が残るのだろうかと懸念を表明する人々も多く、議論となっている。
日本人にとっては、ニュースを見るだけではなぜ瞬く間に全米から世界へとデモが広がりを見せるのか理解しにくい面があるのが事実だが、馴染みのあるエンターテインメントの話題で見てみると、今回の人種差別に対する意識の高まりがより理解しやすくなる面があるだろう。そしてまた日本のエンターテインメント業界も影響を受けざるを得ない局面を迎えることもあろう。
今後も、様々な動きを注視したい。

※編註:HBOマックスは、歴史的背景に関する議論や説明を追加して配信を再開する予定。「差別は存在しなかった」と主張することになりかねないとの理由で、本編の編集は行わない。

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