フランク・ザッパからhideまで──テ
リー・ボジオが語る約50年にわたるド
ラマー人生とは【インタビュー後編/
連載・匠の人】

テリー・ボジオの重厚なキャリアを展望する最新インタビュー。後編では、hideのファースト・ソロ・アルバムに参加した時のことをはじめ、他にも、デヴィッド・ボウイからの依頼を断わった話や、デイヴ・ロンバード(スレイヤー)の代役を務めた経験、さらには日本の音楽についてなど、興味深い話をたくさん語ってくれている。
――hideのファースト・ソロ・アルバム『HIDE YOUR FACE』にも参加しましたね。ベースにT.M.スティーヴンスを推薦したのもあなただったとか。あの作品のレコーディングに参加した時の思い出を教えてくれますか?
うん、あれはすごく楽しかったよ。ギャラもすごくよかったし。T.M.スティーヴンスと一緒にジャムってた音源が、けっこう実際のアルバムで使われている。僕たちは録音されてたことすら知らなかったようなものまでね(笑)。hideは本当にいい人だった。僕は日本語がわからないし、彼の方も英語はあまり話さなくて、だからバディというよりはプロフェッショナルな関係性だったね。アレンジャーがいて楽譜もちゃんとあって、僕たちがベースやドラムをすぐ演奏できるように、他のパートが録音されたものもすでに出来上がっていたから、僕たちはスタジオ入りしてそれに合わせてやるだけでよかった。ただ、用意されたドラム・パートのとおりにやるだけじゃつまらないから、僕なりのフィルインを考えて入れてみたりもしたよ。そういうことも求められてるわけだからね。スタジオに他のアーティストと入って、ギャラをもらってプレイする時には、まず求められることをやるのが大事。そのトラックには何が必要かを謙虚に考え、そこに自分なりのスピンを加えて、もし気に入ってもらえたら最高なんだ。ともかくエンジニアも素晴らしかったし、マネージャーをはじめ全スタッフがhideをしっかりサポートしてて、すべてがスムーズに進んでいくから、何も心配せず楽しんでやれたよ。X JAPANのことは後々になるまで知らなかったんだけど、東京ドームでのライブを収めたビデオを見たら、あまりにデカい会場で驚いたし、そこで何公演もソールドアウトしたっていうし、すごい人たちだったんだって興味を持ったよ。特に初期の、よりワイルドなイメージだった頃の彼らにね。改めて振り返ってみて、すごく有名な人と共演できたんだと誇りに思ってる。
――あなたは他にも、DURAN DURANのアンディ・テイラーのソロとか、ザ・ナック、KORNなど、少し意外な感じのするアーティストのアルバムにもパッと参加することが時々ありますよね。そういう、「ちょっと違うところから頼まれた場合」に引き受けるかどうかの基準みたいなものはあるのでしょうか?
僕はどんなものに対してもオープンなんだ。だからこそ今回のインタビューもやろうと思ったんだよ。もしかしたら日本の人は知らないかもしれないから、知ってほしいんだ。僕がオープンで、誰の作品のためにもプレイできること、そしてアニメや映画のために作曲もできるってことをね。僕のアートに興味を持ってくれる人がいたら、何でもできるよ。僕はセルフプロモーターじゃないから(笑)、自分は最高だって宣伝して回るようなことは苦手で、謙虚におとなしくしている方が好きなんだ。だから、もし誰かに僕のやってることをちゃんと知ってもらえたら、何か依頼が来るかもしれない。これまで色んなことを引き受けてきた理由は、何よりまず、その時お金が必要だったからさ(笑)。逆に、必要じゃなかった時もある。たとえばデヴィッド・ボウイから依頼があった時、僕はもうサイドマンをやりたくないと思っていた時期で、自分の曲を書きたくなっていたから曲作りで忙しくて、「ごめん、デヴィッド、君のことも君の音楽も大好きなんだけど」って断ってしまったんだ。そんな感じで、イギー・ポップやビリー・アイドル、あとジャーニーからも、ドラマーをやってほしいと依頼されたけど、その時はそういう仕事に興味が持てなかったんだよね。でも、KORNの時はやってみたいと思ったし、アンディ・テイラーはいいヤツで大好きだから楽しかった。アンディのバックではパトリック・オハーンも一緒だったし、セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズがリズム・ギターで、ある意味、歴史的なラインナップだったな。KORNも同様に、たしか16曲くらい一緒に作って、そこからアルバムに入ったものも多かったし、いい曲ばかりだった。あのアルバム(『無題』)ではいい仕事ができたと思ってる。ただ問題だったのは、バカな弁護士を付けてしまったこと。いわゆる凄腕のLAの弁護士で、KORNが持ってるお金について誤った情報を伝えられ、それに基づいて多額のギャラを請求してしまったんだ。それでメンバーたちを落胆させてしまって、説明しようとしたけど、もう別の人を探すからって言われてさ。そんなつもりじゃなかったんだ。それはさておき、僕は自分のやってきたことすべてを誇りに思ってるし、その時々でベストを尽くしてきたよ。
――引き受けて「失敗した!」と思った経験とかはないのですか?
ないよ。人生で起こることにはすべて理由があるわけで、信じることが大事だ。目の前に置かれたものは、自分にとっていいものであり、そこから学んで成長できるか、もしくは先の人生のどこかで助けになるものなんだ。たとえばKORNとやったおかげで、他の誰かと共演できるきっかけになるかもしれないしね。
――ファントマスのデイヴ・ロンバードがスレイヤーに復帰した時、代わりを務めたこともありましたね。これまた意外な印象を持ったのですが、どうしてあのバンドに入ることになったのかという経緯と、参加してみた感想を教えてください。
バズ・オズボーンとは、パット・マステロットとトゥールのアダム・ジョーンズを通して知り合って、数日間ジャム・セッションをしたんだ。バズのことはすごく気に入ったし、それでバズから提案があって、引き受けることにしたんだよ。あのバンドはかなり難しかったね(笑)。ザッパ以来で一番難しかったと言ってもいいかもしれない。ちゃんと書き留められてある曲がひとつもないんだ。だから耳で聴くしかなくて、それがまたカートゥーンのサウンドエフェクトみたいで、4分の4拍子なんてところはひとつのショウをやる間に一度もないくらいでさ。マイク・パットンとも素晴らしい時間を過ごしたよ。マイクは僕のドラムキットを気に入っていた。いろんなサウンドが出せて、メロディなんかもできるからね。僕はすべてのセクションをマイクが望むとおりに叩いた。正直、毎晩ぶっつけで演奏していたようなものだったね。僕はとにかくベストを尽くし、聴くことに集中した。すごく歪んでいて漠然としたキーボードの音だけが頼りだったりして、クリックも何もないっていう、そんな感じだったからさ。ツアーはたしか、ヨーロッパで1ヵ月あって、ほとんど休みもなかったけど、彼らはすごく面白くて、一緒にいて本当に楽しかったよ。こういう仕事は突然出てくるんだよね。
テリー・ボジオ
■僕の音楽にリミットはない。とにかく僕は音楽を作って発表していくだけだし、誰とでも共演してみたい
――これまでに数々の名プレイヤーと共演してきたあなたですが、フランク・ザッパは別格として、特に心に残ったミュージシャンを何人かあげていただけますか?
大勢いるよ。まずはクラシックを教えてくれたカレッジの先生もそうだし、それからフランクのところで一緒にやって以来のつきあいになるパトリック・オハーン、映画音楽の作曲者で素晴らしいトランペット奏者でもあるマーク・アイシャム、カリフォルニア・ユース・オーケストラのバイオリン奏者でギターの腕もすごいピーター・マウヌ。彼らとは一緒にグループ87を組んだけど、みんな僕の音楽的な進化においてものすごく重要な存在だ。それからジェフ・ベックももちろん他に類を見ないギタリストだし、アラン・ホールズワースも素晴らしい。ジョン・マクラフリンとも一度やったことがあるけど、ずっと彼の大ファンだ。そして、トニー・レヴィンは幅広い音のパレットを持っている素晴らしいベーシスト。他に誰がいたかなあ、ジミー・ジョンソンも見事なベーシストだし、アレックス・マカチェクとはBPMで共演して多くのことを学んだよ。あとベイエリアのベーシストで最近亡くなったダグ・ランもね。ベーシストのミック・カーンとギタリストのデヴィッド・トーンもだね。こういったミュージシャンたちと共演すると、その知識の深さに圧倒される。だから彼らにはいろいろ質問して学んできたんだ。あと、ストラヴィンスキーやアラン・コープランドといった、偉大な作曲家の自伝や本を読んだりもして勉強してきた。
――そんなあなたが、共演してみたいミュージシャンと言ったら、今は誰でしょう?
ここまで来ると、なんとも言えないね。だって、もう死んでしまった人ばかりになってしまうから(笑)。だから僕はもう、自分の世界で自分のやりたいことをやっていきたい。このインタビューを読んでくれた人が、僕のウェブサイトを見て、『Reality』や、もうすぐ出る新作『Individuation』を聴いてもらえたら嬉しいね。他では聴けないものだしさ。僕の音楽にリミットはない。僕はオーケストラの曲も書けるし、フルートやピアノだけの曲も書けるし、アフリカン・ドラムもありだし、普通じゃないユニークなことができる。その独自性を気に入ってくれる人がいるといいし、学んで影響を受けてインスパイアされてくれたりするともっといい。とにかく僕は音楽を作って発表していくだけだよ。逆に、そういう意味で、誰とでも共演してみたい。さっき話したスキル・マインドとアート・マインド、その両方が発揮できる時もあって、それができるのが「いいバンド」なんだ。
――ミュージシャンとして長年やっていく秘訣は何でしょう? トレーニング的な要素だけでなく、生活上の意識などについても何かあれば、教えてください。
うん、ドラマーとしてはやっぱり健康を維持するのが大事だ。ドラマーには、ギタリストやピアニストには必要ないような体力が求められるからさ。だから毎日公園でウォーキングするようにして、体調を保っているんだ。あとは、もう何年もずっとサプリメントを摂るようにしている。90年代にはトレーナーを付けてちゃんとワークアウトしていた時期もあったけど、今はもうやってない。というか、2時間のソロ・コンサートをやるようになってからは、それだけでトレーニングになるんだよ(笑)。それ以外は、遺伝的なものに違いないね。両親がすごく健康だったから、先祖にいい遺伝子をもらったみたいだ(笑)。だって、あと半年で70歳になるんだよ。だから、老人にしてはがんばってるよね?(笑)。
――素晴らしいと思います。ちなみに、日本に住んでいて、良いところ・悪いところなどを教えてもらえますか?
いちばん問題なのは、スペースだ。ドラマーには機材を置いておく倉庫が必要だけど、今の僕にはそのスペースがない。だから僕のドラムは長野に保管してあるんだけど、そこは大変だよね。日本ではすべてが4分の3のサイズで、椅子も低いしドアの幅も狭いし、アメリカ人のデカい男が歩き回るには不便なんだ(笑)。問題はそれだけ。ここにもっとスペースがあって、スタジオができたりしたらいいなと思う。ロサンゼルスにはDWのファクトリーがあって、ウェアハウスの中に大きなキットをセットアップしてあって、グランドピアノやエレクトロニックの機材も置いてある。別のウェアハウスにはこれまで他のドラマーと一緒にやるときに使ってきたパーカッションの楽器も置いてあるんだ。日本にはそれがないからね。ここではパッド・セットを使ってる。ペダルが2つと、スネアドラムのプラクティスパッドと、ミニハットがいくつか付いてるやつだ。

■ここから何を盗み取れるかっていう視点で音楽を聴いている。何かを学んで自分のやり方に応用できるかどうかが大事なんだ
――日本の音楽シーンに関して、あなたの見解を聞かせてください。
アメリカでは、いい音楽と悪い音楽の2種類があるだけだ(笑)。だからもちろん日本でも、ハイクオリティな音楽があって、テレビやアニメのテーマでも素晴らしいものがあったりする。僕はアニメの大ファンで、『東京喰種トーキョーグール』を観てるんだけど、österreichがエンディングテーマをやっていて、素晴らしいと思ったよ。『カウボーイビバップ』や『攻殻機動隊』の音楽を作った菅野よう子も大好きだし、武満徹の音楽もよく聴いている。だから日本でもいい音楽が聴けているよ。演歌だってそう。すごく好きなんだ。ものすごく歌がうまくて、個性があるからね。バックに付いてるバンドも完璧だし、質の高い音楽をやっていると思う。その一方で、明らかに過去のアメリカの音楽を使ったものもある。でも日本人のアーティストを悪くは言えないよ。見事なコレオグラフィーがあるし、素晴らしいショウをやってるし、すごく楽しめるものを作っているからね。よく曲が書けていて、よくプロデュースされている。肝心なのは、それで心を動かされるかどうかだ。大部分は僕にとって、心を動かされないものだけど(笑)、いくつか良いのが見つかることもある。日本映画のクラシック音楽にもいいものがあるしね。僕の趣味はかなり変わってるんだよ。人を好きになるとか、ファンになるとかじゃなくて、ここから何を盗み取れるかっていう視点で聴いているからさ。何かを学んで自分のやり方に応用できるかどうかが大事なんだ。
――もし日本のバンドやミュージシャンで、これは面白いと感じた人がいれば教えてください。すみませんが、娘さんが所属するAldiousは別格扱いということでお願いします。
ははは、それはずるいよね、家族にミュージシャンがいればお気に入りなのは当然だから(笑)。僕はヒストリー・プロジェクトでいろんなミュージシャンと共演してきて、残念ながらリリースできてないんだけど、LOUDNESS高崎晃とも共演したよ。あと、中村達也も大好きだ。彼はすごくいいドラマーで、素晴らしいフィーリングがある。彼が大勢の変わった人たちと一緒に、すごく風変わりなバンドをやってるのを見たし、あと布袋寅泰と一緒にやってるのも見た。布袋もすごくいいアーティストだと思う。ただ、僕は他のミュージシャンの音楽をあまり聴かないんだ。音楽の勉強をしていた頃みたいには、外から影響を受けたくないんだよね。だから今は自分の音楽ばかり聴いてる感じだよ。
――まだコロナのせいで不透明な部分も大きいでしょうが、どんな活動をしていこうと考えていますか?
今は曲を作って練習もしていて、常にドラミングの新しいコンセプトを探っている。それを演奏してみせて、人に教えたりしてもいいんだけど、僕が考えていることはすごく複雑だから、仮に説明しようとしても、世界で最高のドラマーを集めたって理解してもらえないかもしれない。でも、意識が開かれるようなコンセプトだから、自分が学んだことをシェアしたいとは思ってる。スカイプでのレッスンもしているから、僕のウェブサイトを見てもらいたい。昔はドラムクリニックをやっていて、レクチャーのパートは20分か40分ほどだったけど、大学に4年通ったくらい濃い内容だって言われたことがあるよ(笑)。本当に、大学生に教えるのもいいよね。誰かがより良いドラマーになるために、僕がやってきたことを伝えていけたらいいなって思ってる。
――あなたの息子さんや娘さんもドラマーですが、彼らにはどういう指導をしたのですか?
それぞれ違うね。彼らは僕のようなドラマーじゃないというか……僕は誰にも似てないから、彼らが知りたいことを教えることはできるけど、それ以外はただ一緒にドラムで遊んでみているだけだよ。アメリカでは息子のRaanenとジャムってたし、ここではときどきMarinaと練習してる。彼女がAldiousでダブル・ベースをやったことがないって言うから、こうやってやるんだよって教えてあげたり。あとフィルの時、僕は自分の足で自分の手を真似するようにしていて、手で右左と叩くなら足でも右左とやるっていう、彼女に教えたのはその2つくらいだと思う。それ以外は彼女が自分でやったことなんだ。Aldiousでやってるスピード・メタルはかなりブルータルだよね(笑)。本当に誇りに思うよ。
――リンゴ・スターの息子ザック・スターキーなど、ドラマーの子がドラマーになることも多いですが、単に遺伝だけでなく、子供の頃から環境が整っているという要素も大きいのでしょうかね?
それは僕にはわからない。この世に生まれてくる魂はそれぞれ独自の個性を持っていて、それぞれにやるべきことがあるわけだから。僕は、息子が何をしようと構わないって、ずっと言ってきた。今だってMarinaが何をしようと構わない。幸いなことに、僕の子供たちは2人ともオープンマインドで正直な人間だ。僕が気にするのはそこだけさ。生計を立てられる仕事をしているかどうかなんて、どうだっていい。僕は人生のすべてを音楽に捧げてきて、最初の頃こそ稼ぎたいとか有名になりたいとか、そういう動機もあったけれど、やがてわかったんだ。「自分は自分のために音楽をやらなきゃいけない」ってね。たとえビートルズのように世界を変えて誰もが知ってるような存在にはなれなくても、死ぬまで誰にも聴いてもらえないとしても、別にいいんだ。だって、自分がやっていることが大好きだし、思う通りにできているんだから。そうやって生きていけることが一番の幸せだよ。
取材・文=鈴木喜之
通訳・翻訳=網田有紀子
撮影=Terunobu Ohata / ©︎terrybozzio.com

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