今を生きる新進作家たちは絶え間なく
心を揺さぶりかける 『FACE展 2024
』レポート

2024年2月17日(土)から3月10日(日)まで、SOMPO美術館にて『FACE展 2024』が開催されている。FACEとは「Frontier Artists Contest Exhibition」の頭文字をとったもの。表現の最前線を走る現代アーティストたちによる、公募コンクールを勝ち抜いた力作たちが集まる特別な展覧会だ。
SOMPO美術館エントランス
公募コンクール「FACE」に年齢制限は無いそうだが、“将来国際的にも通用する可能性を秘めた作家を発掘する”という趣旨のもと、数年前からアンダー25の作家の出品料は無料になっているらしい。今回の78点の入選作品の中でも、20代の作家がおよそ3分の1を占めており、表彰式・内覧会の会場は若々しい空気に包まれていた。

内覧会に先立って開催された表彰式にて。若干緊張した面持ちの受賞作家たちと、審査委員諸氏。
審査員長の野口玲一氏による開会の挨拶では、9点の受賞作に限らず、散らばりがちな審査員たちの票を集め、1000作品以上の中から見事入選を果たした78点それぞれのすごさを強調していたのが印象に残った。審査は相当難航したらしい。
それでは……美術のプロである審査員諸氏が、悩み苦しみ覚悟を持って選出した、今を生きるアートの“顔”たちを、ほんの一部ではあるが紹介していこう。

記念すべき抽象画グランプリ第1号は、美しきアメーバ

グランプリ 津村光璃《溶けて》
今年は12回目というFACEの歴史上で初めて、抽象画がグランプリを受賞した。受賞作《溶けて》は、ろうけつ染め(溶かしたロウを布に塗り、その部分を染め抜く方法)で染めた布をパネルに張った作品である。写真で見るとキャンバスに描かれた油彩画のようだが、実際に作品の前に立つと、佇まいが絵画とは全然違う。絵の具の厚みすらない完全な平面なのに、じっと見つめていると、重なる色彩のムラや滲みが“奥"の空間を感じさせる不思議な作品だ。作家自身の言葉によると、明るく軽やかなイメージと、“触手がぞろっと伸びている不気味さ”を溶け合わせているという。

津村光璃《溶けて》(部分)
緑色の触手に顔を近づけてみたら、木を見つけた。一度木に見えると、今度はその辺り一体が水面に映る雑木林に見えてくる。見る人ごとに違う景色を見せてくれるのも、本作の大きな魅力だ。ちょっと心理学のテストみたいである。
本作ではろうけつ染めの中でも、ロウを布全面にひき、手でもみ落としてまだらにしてから染色する「もみ落とし技法」が採用されている。さらに日光で発色する特殊な染料を用いることで、完全にコントロールの効くものではない、偶然性をはらんだ制作となったという。
現在佐賀大学の大学院生だという作家は、一貫して“材との密な対話による、偶然性を介入させた不可思議な画面づくり"に興味があると語る。授賞式のスピーチでは「これからも、どの道を歩いていくとしても、制作を続けて精進して行きます」とまっすぐな言葉で話を結び、会場からは大きな拍手がわき起こった。
感情の貝塚
さて、受賞作品の中でも異彩を放つ、厚さ規定ギリギリの立体的な膨らみを持った作品《あまりにも断片的な》に注目したい。
優秀賞 塩足月和子《あまりにも断片的な》
最初、フナムシか何かがびっしり画面を埋め尽くしているのかと思ってギョッとした。次に、貝殻かな? と思う。
塩足月和子《あまりにも断片的な》(部分)
集積するオブジェクトは、全て石膏をぎゅっと握った“人の手の握り跡”である(制作にあたり、作家は石膏の握りすぎで腱鞘炎になったらしい)。なんでそんなことを……と話を聞いてみると、作家にとってこれは「瞬間的な強い感情」を象徴するものなのだという。
喜怒哀楽、心がギュッとなる瞬間はきっと誰の日常にもある。辛い感情なら耐えるように固く拳を握り締め、幸せな感情ならそれを離すまいとしっかり握り締める。そしてそのどちらも、等しく時に洗われ、白骨化して忘れられていく。作家は「地層のような……」と表現していたが、これはその強烈な感情たちの(死骸の)積み重ねなのである。改めて作品に向き合うと、ブワッと鳥肌が立った。
作家は会社員を辞めて創作へ戻ることを決意したばかりとのことで、本作は大学の卒業制作以来の長いブランクを経て生み出されたものだそう。FACEからのエールと共に始まった彼女の創作の道に、今後も注目したいと強く思った。
特別な輝きを放つ受賞9作
手前(右)から:佐々木綾子《探求》、かわかみ はるか《26番地を曲がる頃》、ともに優秀賞
左から:巽 明理《CYCLE》(審査員:野口玲一)、宮﨑菖子《23.065》(審査員:森谷佳永)、東 菜々美《some intersection lines 4》(審査員:秋田美緒)、いずれも審査員特別賞
展示の冒頭を飾るのは、優秀賞・読売新聞社賞・審査員特別賞を受賞した特別な作品たちだ。中でも写真中央の《23.065》が気になって近くで観察してみたところ、驚くほどの薄塗りで衝撃を受けた。
宮﨑菖子《23.065》(部分)
写真ではうまく伝わらなくてもどかしいが、絶対にものすごい厚塗りだと思ったのに……しかも、離れて見ると木漏れ日を浴びているようなキレイな作品なのに、近くで見ると想定外に色が濁っている。会場では同じように、何度も近づいたり離れたりを繰り返す鑑賞者を多く見かけた。
5階展示室の、心踊る画面の美
展示風景
テーマも技法も様々な作品が並んでいる『FACE展 2024』だが、さりげなく共通性の感じられる作品たちがグルーピングされているのが面白い。例えば下は、展覧会内の動物園コーナーだ。
左:猪上亜美《古(いにしえ)の声》、右:石原陸郎《泥棒》
左手、《古(いにしえ)の声》の求心力のある構図に心惹かれる。相対すればきっと、山椒魚の左眼をじっと覗き込まずにはいられないはずだ。一方、右手の《泥棒》の作者は現役高校生という若さにして、すでに“羊の木版画の人”としてキャッチーな個性を確立している。この先も美術展で見かけるたびに「この羊は!」と指差したくなりそうだ。
展示風景
こちらはまるで写真のように精緻な印象を受ける風景たち。うっとりと足を止め、顔を近づける鑑賞者が続出である。
4階展示室の鮮やかな視点
展示風景
今崎順生《日陰の楽園》
決して派手ではないものの、強く心惹かれるのは《日陰の楽園》だ。ブルーと白だけで構成される風景はハッとするほど鮮やかで、木立や池(水たまりだろうか?)に映る枝の一本一本まで目の前に浮かび上がってくる。単色なのに、印象派絵画を見たときのような空気の揺らぎを感じさせる一作である。
展示風景
パン好きとしてはどうしても無視できず、《BREAD・143》にもニヤニヤしながら接近。画面の縦横ギリギリまで使って描かれた巨大なパンである。細部まで精細に描かれ、大きさ以外はリアルそのものだ。ああ、美味しそう。
倉田和夫《BREAD・143》(部分)
視線を集めるのはパン中央のクラック(表皮のひび割れ)部分だ。もちろんここも平面に描かれており、むしろ他の部分より意図的にフラットに仕上げられているように見える。これは画面の中で極限まで膨らんだパンが、絵画の表面を突き破ろうとするクラックなのかもしれないし、二次元と三次元の間に入ったクラックなのかもしれない。
気になる日本画
展示風景
会場を進むと、緩やかにグルーピングされた「日本画コーナー」に。まず色彩の美しさに捕まり、《Swim the Night》の前でじっと足を止めた。

能登真理亜《Swim the Night》
雨の夜。ガラス越しに都会がけぶり、光が縦のラインに溶けている。室内にいるはずの人物も観葉植物も、うすぼんやりと湿度の中に存在を滲ませている。ふーっと長いため息が出るような静かな作品だ。

能登真理亜《Swim the Night》(部分)
作者は日頃、都市生活者の孤独などをテーマに制作することが多いという。本作ではある日の新宿の夜を切り取り、個々が自分の時間を取り戻すような、静謐な風景を描いた。
ひとりになることは本来とても豊かなことでもある。この絵を見て深い安らぎを感じる人もいるだろうし、寂しさを感じる人もいるだろう。個人的には、この絵の中に入っていきたいくらい羨ましいと感じたので、取材後は喫茶店に直行。ぼんやりと自分の輪郭を滲ませながら、この作品のことを思った。内覧会当日は惜しくも休業中だったが、そういえばSOMPO美術館のカフェはちょっとこの絵と似ている。
小池 柊《予感》
《予感》にも注目したい。少女たちは日本画の技法で描かれているが、衣装や髪を飾るパール、目元に光るグリッターラメが立体的な存在感を放っている。おしゃれな作品だな、と眺めているうち、中央の二人は何をやっているのかが気になった。そのヒモとそのヒモを結んでも歩けないのに……と、そこで急激にある想像が膨らんできた。これはもしや、人魚姫と姉たちなのでは? そう考えると、彼女たちのパールや何度も繰り返される鱗のデザインにも納得がいくし、漠然と玄関だと思っていた背景も海原に見えてくる。
小池 柊《予感》(部分)
ひときわ華やかな真ん中の少女の薬指にだけ、指輪が見える。彼女(人魚姫)が王子と結ばれた世界線のifストーリーなのか。それとも人魚姫の姉は5人のはずなので、悲しい結末を迎えた後、5人の姉たちが王子の元へ復讐に向かうところなのか……そう思うと、右端の少女のカバンに何が入っているのか想像するのが怖い。妄想を逞しくする鑑賞者に、左手の少女は不敵な笑みを投げかける。
3階展示室は色のるつぼ
展示風景
最後の展示室では抽象画が満開だ。今回のFACEでは、グランプリが初の抽象画ということに加えて、入選作品でも抽象画の割合が少し高まっているという。難しく考えず、なんかいいな、と思える作品を探すつもりで見ていくのがおすすめだ。
Yuko Suzuki《Coincidence or Destiny》
面白いな、と思ったのは《Coincidence or Destiny》。「偶然か必然か」というタイトルを持つ本作は、木彫作品なのだが、いい意味でとにかくうるさい。特に画面の右上あたりのラインは、少年漫画のバトルで出てくる擬音「ドガ」「バキ」を思わせるし、細かい線の連なりは素早い運動を思わせる。非常に繊細な木彫によって制作されているにもかかわらず、激しい音と動きを周囲に振りまき続ける、勢いある作品である。
展示風景
成山亜衣《out of focus》
展示の最後に目にしたのは《out of focus》。これまでの流れで抽象画だと思い込んでいたら、不意に人物の顔が見えてドキッとした。手前の大きな水滴が風景をぼやかしてしまっているけれど、これは抽象ではなくてどちらかというと具象である。スマホカメラのポートレートモードを使っているときのようだ。焦点を当てようと目を凝らすと、画面下半分のプールに入っている女性たちや椅子の並んでいる姿はギリギリ認識できるものの、上半分のオレンジ色の人物の塊はちょっとよく分からないうえ、みんな笑っていて怖い……。思いがけず、心をざわつかせる1枚だった。きれいな抽象画、と感じた当初の印象にはもう戻れない。
ここでしか摂取できない栄養がある
手前から:読売新聞社賞 六無《狩猟図》、審査員特別賞 菊野祥希《Rampage Printing》
こうしてみると、やっぱり同じ時代・近い社会を生きる作家のアートには、ピンポイントで強く心を揺さぶる力がある。それが人によって違うからこそ、また面白く、だからこそ審査員諸氏の苦悩は続くのだろう。今回出会えた魅力ある作家たちの今後の活躍と、次回の『FACE展 2025』が楽しみで仕方がない。
『FACE展 2024』は3月10日(日)まで、SOMPO美術館にて開催中。

文・写真=小杉 美香

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