サニーデイ・サービスの『東京』は日
々に寄り添う不朽の名盤

もうすぐ今年も桜が満開になる。この季節になるとサニーデイ・サービスのアルバム『東京』を聴きたくなるという人も多いのではないだろうか。サニーデイ・サービスはこの代表作のリリース20周年を記念し、最新リマスタリングによる『東京』のCDとLP、限定BOXセット『東京20th anniversary BOX』(レアトラックCDや「青春狂走曲」、「恋におちたら」の2枚のシングルをアナログ7インチ化、豪華ブックレット、ポスター付き)を5月18日にリリースする。6月には全曲再演コンサートを開催することも決定しているので、プレイバック『東京』が2016年の初夏に体感できるわけだ。
 いつでも、どこでも日常の中にふわ〜っと漂い溶けていくような名曲たちは月日が過ぎ去っても愛され続け、『東京』を上京した頃の思い出や自身の青春時代に重ねて聴くリスナーたちの日々の友であり続けてきた。

その東京の外観もライフスタイルも変わ
ったけれど…

 このアルバムがリリースされたのは1996年。今みたいにインターネットは普及していないし、みんな音楽の情報はWEBではなく、雑誌を買って読んでいた時代。当然、スマートフォンは存在していないし、携帯だってみんなが持っていたわけではない。六本木ヒルズだってないし、東京の街の様子も随分と様変わりした。今みたいに駐車場は多くなかったし、商店街もチェーン店だらけではなかったはずだ。
 それでも『東京』を2016年に聴いても切り取られた風景や主人公の心情、叙情的な音楽が響いてくるのは当たり前のことながら、変わっていないこともたくさんあるからだと思う。「恋におちたら」の描写のように季節が変われば通りにはレモン色の花が咲き、「真っ赤な太陽」のようにカフェの窓際ではカップルが語り合う。どんなに高層タワーマンションが建っても、春になれば毎年、桜は咲き、ジャケット写真のようにピンク色に街を彩る。便利になり、進化したからといって、そこに暮らしている人たちの心まで劇的に変わるわけじゃない。PCの画面で満開の桜を見てもやっぱりお花見気分は味わえず、今も昔と変わらず、花見スポットは席取り合戦も健在で大混雑。SNSが普及してみんな気軽にメッセージや写真を発信するようになった一方で、恋する気持ちを面と向かって伝えたり、ケンカしたりしながら付き合うことに関しては進化というよりも、むしろ退化しているような気がしないでもない。
 曽我部恵一はこのアルバムに当時の街の空気や想いを吹き込んだのだろうし、普遍的な作品を作ろうと意図したわけではまったくないと思うのだが、それが結果、名盤として聴き継がれているのは、やはり多くの人が自身の心情と重ね合わせられる行間のある曲が収録されているからだろう。
 ちなみにサニーデイ・サービスは曽我部恵一(Vo&G)、田中貴(B)、丸山晴茂(Dr)の3人により1992年に結成された叙情派ロックバンド。1995年にアルバム『若者たち』でデビューを飾り、1990年代を代表する代表するバンドとして活躍し、2000年に解散。2008年には再結成を果たし、以後、大型フェスに参加するなどライヴを中心に活動している。

アルバム『東京』

 フォークロック色の強いサウンドが印象的な2ndアルバム。70年代フォークを彷彿させる素朴なタイトル曲「東京」は、このアルバムを具体化させるきっかけになったナンバー。続く、「恋におちたら」は春風が吹いてくるような清涼感のあるメロディーが印象的で、曽我部恵一の幸福感と感傷がブレンドされた歌詞の世界に掴まれる。主人公は“きみ”と恋人同士の関係かと思いきや、サビで《昼にはきっときみと恋におちるはず 夜になるとふたりは別れるんだから》と歌っている。つまり、これは主人公の妄想の世界? 妄想なのに別れるシーンまで到達してしまっているのが切ない。カントリーテイストの「会いたかった少女」で午後の陽射しがゆらゆら揺れる穏やかな世界に連れていかれ、ストリングスアレンジが美しい「あじさい」では曽我部が影響を受けた大正時代の文学に通じる幻想的な世界へとーー。ハモンドオルガンがアクセントになっている先行シングルでもある「青春狂走曲」は長くライヴで演奏し続けられているナンバーでもあり、サニーデイ・サービスの当時のチャート最高位を記録。ボブ・ディランに通じる作風で友達との何気ない会話が主人公の日常と心情を浮き彫りにする。そして癒される曲調のバラードでありながら無常感漂う「いろんなことに夢中になったり飽きたり」も素晴らしい。季節が移ろうように、好きになったことや夢中になったことも忘れてしまう日々の中、いつかは思い出すと歌う味わい深いナンバーである。アルバムは夕闇の街を背景にしたブルース「きれいだね」から今作の中で最も幸せ感漂うペダルスティールがノスタルジックな「ダーリン」を経て、最後に再びフォーク調の《喫茶店の窓辺から花咲く朝の通りへと》と歌う「コーヒーと恋愛」に帰結する。移りゆくもの、時が経っても変わらないものに想いを馳せながら、サニーデイ・サービスと音楽の旅を楽しめる一枚。聴きながら喉を潤すならお酒よりもコーヒーだろう、やっぱり。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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