架空のバンド、YEN TOWN BANDの処女
作にして名盤『MONTAGE』

YEN TOWN BANDとは岩井俊二が脚本、監督を手がけ、小林武史が音楽を担当、Charaが娼婦のシンガー役で出演した映画『スワロウテイル』1996年公開)に登場するバンドのことである。このYEN TOWN BAND名義による主題歌「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」はオリコンチャートの1位を記録し、85万枚を超えるセールスを記録。映画の挿入歌など8曲を収録した小林武史プロデュースによるサウンドトラックアルバム『MONTAGE』は2週連続でオリコンの1位となる快挙を成し遂げた。映画が大きな話題になったこともあるが、アーティスト名にCharaや小林武史の名前が出ていないにも関わらず、これだけのセールスを記録するのは異例のことだ。

そのYEN TOWN BANDは長い沈黙を経て昨年、新潟県のまつだい「農舞台」で開催された『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』で12年振りに復活ライヴを行ない、12月には19年振りの新曲「アイノネ」(映画のシーンが出てくるアニメーションのMVを担当したのは岩井俊二)をリリース。そして、2016年に突入してからは、「my town」(YEN TOWN BANDとDragon AshのKjとのコラボレーション曲)が、石原ひとみ出演の東京メトロのCMソングに起用されたり、YEN TOWN BANDのOfficial Siteが開設されたりと、復活以降、動きがにわかに活発化している。
復活と言っても映画『スワロウテイル』が公開されて以降、物語の中のバンドということもあり、YEN TOWN BANDは公の場には姿を見せず、初めてライヴイベントに出演したのが2007年だったことを振り返ると、いよいよリアルなバンドとして本格始動という捉え方もできるのかもしれない。
そんな動きもあり、大ヒット作にして名盤『MONTAGE』(昨年、デジタルリマスター盤が発売)が再度、『スワロウテイル』をリアルタイムで観ていない人たちにも熱い注目を集めている。

YEN TOWN BAND再始動のわけとは?

イェンタウン(円都)に円を目当てに群がる異邦人たちの物語だ。Charaが演じるのはグリコという歌の上手い娼婦。役者陣も三上博史、渡部篤郎、山口智子、桃井かおり、大塚寧々などそうそうたる顔ぶれで、無国籍で幻想的な映像をもって描かれるのは登場人物たちの生命力あふれる人間臭い生き方だ。違法行為で大金を手にいれた主人公たちは街にYEN TOWN CLUBをオープンさせる。そのステージで歌うために結成されたのがChara演じるグリコがヴォーカルを務める多国籍バンド、YEN TOWN BANDである。
 映画の中のバンドは実際のYEN TOWN BANDとは異なるが、小林武史がイメージしていたのは映画の登場人物たちの在り方とも重なるような生々しい息遣いや温かみ、魂が宿っている音楽だった。アルバム『MONTAGE』はヴィンテージ機材が充実したN.Yのウォーターフロントスタジオでレコーディングされており、(Mr.Childrenの『深海』が録音された場所でもある、レニー・クラヴィッツが出入りしていたこのスタジオを選んだのもYEN TOWN BANDが鳴らす音に相応しい環境だと思ったからだろう。そのYEN TOWN BAND再始動のきっかけが前述した『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』への参加を小林が打診されたことだったというのはとても興味深い。環境問題や自然エネルギーの促進に関わっていく非営利団体『ab bank』を立ち上げ、活動を行なってきた小林が危機感を感じていること、違和感を感じていること。それは1996年にYEN TOWN BANDの音楽を作った時にすでに思っていたことだったのではないだろうか。文明の進化のスピードの中、置き去りにされてしまっている大切なものや生命のたくましさ、儚さーー。『大地の芸術祭』でYEN TOWN BANDは里山の自然をバックに登場し、Charaは自身のことをグリコと紹介。「グリコが会ったことのないお母さんに向けて書いた曲です」とアルバム『MONTAGE』に収録されている「ちいさな手のひら」を歌った。
なお、小林武史は再始動について「架空のバンドに命を吹き込んでできたのがYEN TOWN BANDですが、映画『スワロウテイル』と同様に20年近く経っても古くなっていない。その普遍性に新たなミッションを加えて、YEN TOWN BANDという伝説的な入れものに新たな魂を吹き込んでいきたい」とコメントを発表している。

アルバム『MONTAGE』

主題歌の「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」はアルバムを聴いたことがなくても、映画を観たことがなくても、どこかで耳にしたことがあるかもしれない。歌詞を岩井俊二、小林武史、Charaが共作した美しくも切ないミドルチューン。特にサビのメロディーと歌詞、Charaのヴォーカルは心臓をギュッと掴まれるほど鮮烈である。アルバムの歌詞は日本語、英語、中国語で書かれていて、ライヴでも披露されているフランク・シナトラで有名な「My Way」のカバーがラストナンバー。このカバーは『スワロウテイル』のテーマ曲と言ってもいい立ち位置であり、囁くようなヴォーカルが儚くもあり、強くもあり、温度感も含めて彼女にしか歌えないヴァージョンに仕上がっている。
映画の中で、YEN TOWN BANDのデビュー曲となった「上海ベイベ」はコケティッシュでソウルテイストもあるCharaらしいナンバー。が、アコギを活かしたサイケデリックなアルバムのオープニング曲「Sunday Park」やフレンチポップとロックが融合したような「Mama’s alright」、YEN TOWN CLUBのステージでCharaがシャウトする場面が印象的な退廃的なロック「She don’t care」(DJのブライアン・バートン・ルイスが作詞)など、サウンドの響きも含めて、60年代から70年代のロックのテイストが感じられる楽曲が多く、セクシーなロックンロール「してよ してよ」からシンプルで染みわたる「小さな手のひら」に移行する流れもキュンとくる。小林武史のソングライター、サウンドメイカーとしてのセンス、Charaの声のあらがえない魅力と引き出しの多さなど、聴けば聴くほど発見がある一枚だ。そして、映画を観ると、胸に蝶のタトゥーを刻んだグリコの生き方や心情、シーンの数々が曲とかぶりまくってきて、さらに揺さぶられる。ちなみに、このYEN TOWN BAND名義のアルバムをリリースした翌年、Charaは大ヒット作『Junior Sweet』を世に送り出すことになる。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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