ナゴムレコード主催者、ケラが率いた
ロックバンド、有頂天。『AISSLE』は
ポップとアートが同居した類稀なる傑
作!

 80年代半ばのインディーズブームを牽引した、人呼んで“インディーズ御三家”のひとつ、有頂天。現在は劇作家、映像監督としても活躍するアーティスト、ケラリーノ・サンドロヴィッチが、“ケラ”として率いたポップロックバンドである。個性的なメンバーを束ね、ひとつの方向性に導く氏の手腕は演劇界で高く評価されているが、それは今、有頂天の作品を聴くことでも確認することができる。中でも最高傑作と評されているアルバム『AISSLE』は他に比類なき見事な作品である。

 80年代半ばのインディーズブームが後の邦楽シーンに与えた影響は多々あるが、今ではリスナーも普通に使用している“レーベル(=レコードレーベル)”という用語、そしてその概念が定着したのもこのブームからであったと思う。当時のレーベルには、雑誌『宝島』の主導でTHE WILLARDの『GOOD EVENING WONDERFUL FIEND』などを発表したキャプテンレコード、LAUGHIN’ NOSEの一連のインディーズ作品をリリースした AA RECORDS、あるいはYBO2、Z.O.Aらが所属していたトランスレコードなどがあるが、その代表格は、何と言ってもナゴムレコードであろう。“インディーズ御三家”のひとつである有頂天を筆頭に、筋肉少女帯、電気グルーブの前身である人生、田口トモロヲ率いるばちかぶり、後のイカ天ブームで大ブレイクを果たすたまなど、個性的なバンドたちが属したレーベルであり、最盛期には彼らナゴムレコード所属バンドのライヴ会場に訪れる奇抜なファッションの女の子たちが“ナゴムギャル”なる名称で呼ばれるなど、軽くムーブメント化したほどの人気を誇った(ちなみにナゴムギャルとは、ツインテール、バルーンスカート、ニーハイソックス、おでこ靴など、今のロリータにも通じるファッション性を持っていた)。そのナゴムレコードを主宰していたのが有頂天のヴォーカリスト、ケラ(現・ケラリーノ・サンドロヴィッチ)である。
 ケラは20歳の時、コネも金もない状態でナゴムレコードを設立。当初は製作したレコードをケラ自らレコード店に持ち込んでいたというし、雑誌広告の制作もケラが手書きで行なっていた。自らのバイト代をレコードの制作費につぎ込んだこともあったらしい。ほぼ前例がない時代であるので当時はそれも当然だったのだろうが、氏には「すごい奴が世に知られていないのが歯がゆい」という思いがあったという。プロデューサーとしての審美眼の確かさだった…と言ってしまえば簡単だが、性根が座っていたというか、そこで腐ることなくレーベル運営を放り出さなかったのがケラのすごさのひとつだったと言えるだろう。当時放送されたNHKのテレビ番組『インディーズの逆襲』に出演したケラは、異邦人さながらの口調で「カワナイカライケナイ」とおどけていたが、今思えばそれはプロデューサーとしての切実な思いをキャッチーに表現していたような気もする。とにかく、自分が “いい”と思ったものをメインストリームに推したかったのだろうし、そういう人だったからこそ、ナゴムレコードには才能のあるアーティストが集まったのだろう。氏は現在、劇団ナイロン100℃を率いて、日本の演劇界を牽引しているわけだが、ひとつの方向性を見据えて多くの人を束ねるという才能はこの頃から発揮されていたと言える。
 もちろん、そのケラの才能は自らのバンド、有頂天でもいかんなく発揮されていたと言わざるを得ない。自称「ヘンな音楽の殿堂」とはよく言ったもので、有頂天の音楽性は今でも明文化しづらい独自のセンスのものであった。テクノ、パンクをごちゃまぜにした──ニューウエイブと言ってしまえばそれまでだが、海外から紹介、輸入されるニューウエイブには仕様もないものも少なくなかった当時、アフターパンクのバンドとしては世界的に見てもかなり面白いサウンドだったと思う。ケラ本人は当時を振り返って「結成当初は方向性が定まらなかった」と言っているし、メンバーも相当入れ替わっているが、それこそが有頂天の音楽性を産み出したのではないかと想像する。ロックに詳しいアーティストが方向性を決め、メンバーを固定していたら、あの奇天烈なサウンドは出てこなかったのではないか。
 有頂天は通算7枚のオリジナルアルバムを発表したが、そのなかで1枚を挙げるとすると、おそらく多くのファンは4thアルバム『AISSLE』に白羽の矢を立てるのではないかと思う。筆者もそれに異論はない。このアルバムの何が素晴らしいかというと、まずとてつもなくキレがいい。オープニングからキレキレである(オープニングのカッコ良いアルバムはそれだけで名盤の必要条件を満たすと思う)。SE的でありながら後半に進むに従って高揚感を増すM1「カーテン(THE FIRST HALF)」から、一瞬転調したかと思わせるような流れでM2「MEANING OF LOVE」へと展開。しかもM2「MEANING OF LOVE」はさらに転調して一旦リズムがミディアムに落ち着いたかと思ったら歌パートでは再びパンキッシュに…といった具合にジェットコースター的な流れで、これが実にカッコ良い。以下、有頂天特有のサウンドに彩られたポップソングが続く。サビのキャッチーさは有頂天史上屈指のM3「FINE」、ケラの歌い方にクレイジーキャッツへオマージュが感じられるM5「僕らはみんな意味がない」、フレンチポップス風のメロディーからハードコア調に展開するM7「.みつけ鳥 ~グリム童謡より~」、シャッフルのリズムがポップさを増幅させているM11「インサート」、明るいサビのメロディーが開放感を生んでいるM12.「十進法パレエド」などなど、おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルな楽曲が連なるのだが、そのいずれもが2分程度で、収録時間は40分余りと、コンパクトにまとまっている点もまた素晴らしい。かと言って、全体を通して短く感じられることはなく、いい意味で内容が凝縮されている印象なのもポイントだ。全16曲でその全てがポップであるとなるとやや食傷気味になりそうなものだが、決してそうなっていないのは、各曲が冗長になっていないところに勝因があると思われる。また、M15「カーテン(THE LATTER HALF)」~M16「シュート・アップ」でアルバム『AISSLE』は締め括られるのだが、これがM1「カーテン(THE FIRST HALF)」につながる──いわゆる円環構造を持っているのも本作の特徴である。ケラ曰く「『AISSLE』は有頂天の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』」とのことだが、まさに本作は『サージェント・ペパーズ~』と同様の構造を持っており、1枚のアルバムとしてキチンと完結した作品に仕上がっているのである。良質な映画や演劇に見られる芸術性──ケラが演劇や映像作品を手がけている今となっては後付けになるが、そういった特徴を内包しているのも『AISSLE』のすごさであろう。
 本作は「有頂天の『サージェント・ペパーズ~』」というだけあってコンセプト・アルバムであり、タイトルの通り、“AISSLE=愛する”──愛を綴った作品ということであるが、歌詞でその物語性がはっきりとわかるものはほぼないと言っていい。これもまたケラの持つアーティストの資質が発揮されており、考えるより感じる作品となっていると言える。いずれの楽曲も言葉そのものが力強いうえ、見事にメロディーへ乗せているので、聴いた人がそれぞれの“AISSLE=愛する”を喚起させる作りにはなっていると思うし、それ故に普遍的でもあると思われるのでリリースから30年近く経った今でも違和感なく聴ける内容ではあるだろう。松岡充(SOPHIA、MICHAEL)が有頂天からの影響を公言していたり(『AISSLE』で有頂天を聴き始めたとのこと)、MONOBRIGHTが日高央(BEAT CRUSADERS~THE STARBEMS)加入第一弾シングルで「オードリー・ヘプバーン泥棒」(7thシングル、7thアルバム『でっかち』収録曲)をカバーしていたりするものの、案外フォロワーらしきフォロワーが見当たらない有頂天。アイドル、ヒップホップを含めて、80年代とは比べものにならないほど多種多様な音楽が溢れている現代だからこそ、有頂天の音楽性は再検証されてしかるべきではないかと思う。『AISSLE』に限らず、未体験の方には是非一聴をお薦めしたい。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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