田村直美がそのロックスピリットを注
ぎ込んだ『N'』に見るアーティストと
しての誠実さ

めっきりメディアで『ポケモンGO!』が取り上げられる回数が減った気がする。オリンピックが始まった時は、確か「内村航平が『ポケモンGO!』をやっていて…」的なトピックもあったように思うが、終盤に近付くにつれてその類のニュースもほとんど聞かれなくなった。まぁ、「何と移ろいやすい世の中であろうか」と消費世界ゆえに無常さを揶揄したい気持ちが沸々となくもないが、そういうコラムじゃないので音楽方向へ話題を起動修正──。“ポケモン”の曲と言って多くの人が思い浮かべるのは松本梨香の「めざせポケモンマスター」ではなかろうか。優れたゲーム性もさることながら、“ポケモン”を世界的なポップアイコンにしたのはアニメの力も大きかったのは間違いない。今回紹介する田村直美も、22thシングル「Ready Go!」が『ポケットモンスター』の5代目オープニングテーマに起用された上に、そのカップリングである「新たなる誓い」は『ポケットモンスタークリスタル ライコウ雷の伝説』のオープニング&エンディングテーマとして使用されたことがあり、当時、少年少女だった人たちにも馴染み深いシンガーではないかと思う。

PEARLのSHO-TAからソロシンガーに

80年代末からのバンドブームを知る人にとって、田村直美と言うと“PEARLのSHO-TA”という印象が強いのではなかろうか。PEARLとは87~93年に活動したロックバンド。バンド名はジャニス・ジョプリンのラストアルバム『PEARL』から拝借したというから、そこからも志しの高さが分かるであろう。デビューした87年というのはBOØWYが解散を発表した年であり、その前年にはすでにレベッカがブレイクを果たしており、日本でロックミュージックがポピュラーになり始めた頃。プリンセス・プリンセス、THE BLUE HEARTS、BUCK-TICK、ユニコーンもデビューした年で、バンドブームが胎動し始めていた時期であった。PEARLはSHO-TAのヴォーカル力の確かさはもちろんのこと、ドラマーが女性だったことや、ベーシストが当時はまだ珍しかった5弦ベースを使っていたことも注目され、その頃のロック専門誌では常連だった印象がある。だが、結論から言えば、その行く末を嘱望されつつもPEARLはブレイクには至らなかった。バンドブームが爆発する前であり、市場もまだそれほど大きくはなかった頃で、若干時代が早すぎたのかもしれない。バンドメンバーもメジャーデビューにあたって制作サイドの意向で集められた、言わば“寄せ集めバンド”だったという話もあるし、それゆえにアルバム制作の度に試行錯誤を繰り返していたことは当時からSHO-TAは語っていた。バンド本位、アーティスト本位のマネジメントという概念も薄かったのだろう。要するに、そんな時代だったのである。
88年から89年にかけて、メンバーが相次いで脱退。4thアルバム『Century Toys』を出す頃には実質的にバンドはSHO-TAひとりになり、94年から彼女は田村直美名義で活動をスタートする。そして、94年4月の1stシングル「自由の橋」、5月の2nd「あきらめられない夢に」に続いて7月に発表した3rdシングル「永遠の一秒」が、『銀座ジュエリー・マキ・カメリアダイヤモンド』のCMソングに採用されたことも手伝ってスマッシュヒット。一気にシーンに浮上する。そして、同年11月、テレビアニメ『魔法騎士レイアース』のオープニングテーマにもなった4thシングル「ゆずれない願い」が7週連続のチャートベスト10入りで120万枚を超えるミリオンセラーを記録し、翌95年のNHK紅白歌合戦にも出場。田村直美は完全にブレイクを果たす。「永遠の一秒」は90年代J-POPシーンの象徴とも言える『カメリアダイヤモンド』のCMソングであり、「ゆずれない願い」は人気アニメのテーマ曲と、タイアップ効果があったことは間違いないが、いくらCDバブル期だったとはいえ、それだけで何十万枚ものセールスを記録するほど甘くはない。『カメリアダイヤモンド』CMソングでもヒットしなかった曲はたくさんある。彼女の確かなパフォーマンス、アーティスト性が評価されたと見るべきであろう。

ロックサウンドを如何なく発揮

その証左を、95年6月に発表された2ndアルバム『N'』に見ることができる。本作はチャートでも1位となり、彼女のアルバムの中では最高セールスを記録した作品ではあるが、決してポピュラリティーの高さだけに特化したアルバムではない。田村直美のロックスピリットが如何なく発揮されているのである。オープニングのM1「CARRY ON」からブラックミュージック・フィーリングあふれるソウル系ナンバー。M4「ママの恋人」ではサイケデリックなストリングスの使い方をしている他、M6「すべての未来に光りあれ」もまたソウルフルなR&Rだし、ブルージーなM8「AGAIN」、ファンキーなM9「SILVER SPOON」と、ロックアルバムとして1本筋を通しながら、バラエティーなサウンドメイキングに腐心している様子が伝わってくる。さらにはM3「NAKED LOVE」ではAORにも近い抑制されたアレンジを聴かせてくれたり、M5「ONE」はボサノヴァ調と、ソロならではと思われる多彩さも楽しい。個人的には5thシングルでもあるM10「STAIRWAY」で、タイトルからも分かる通り、オールドスクールと言えるレッド・ツェッペリンへのオマージュを捧げている一方で、M9「SILVER SPOON」ではラップ調なヴォーカリゼーションに対して意欲的な彼女の姿に注目したい。アルバム『N'』発売の前年、つまり田村直美のソロデビュー時には、スチャダラパーと小沢健二での「今夜はブギーバック」、East End×Yuriの「Da. Yo. Ne」がヒットしていたが、おそらくそれと無関係ではないだろう。本人がどこまで強くラップ調を望んだのかはわからないが、ロックの偉人への敬愛を忘れずに、新型音楽へ果敢にチャレンジする彼女の姿勢に、アーティストとしての誠実さが見て取れる。

先人への敬意とチャレンジ精神

その田村直美のロックスピリットは歌詞にもはっきりと表れている。
《止まらない未来を目指して/ゆずれない願いを抱きしめて》(M2「ゆずれない願い」)。
《熱い思いを秘めた瞳 失くしたくない/大人も子供も 地上に舞い降りた天使達/試されてる Oh Somebody Oh Everyday/答えを探しにゆこう》(M7「地上に舞い降りた天使達」)。
《奇跡を起こす key word はきっと/あきらめない 迷わない 信じ続けること》(M10「STAIRWAY」)。
上記シングルチューンはもちろんのこと、件のM9「SILVER SPOON」での《Make a change 世界を誰かが 変えるなんてありえない/正義の味方待つよりも 確実なチャレンジ》では、有言実行のアティテュードが見れるし、《情報戦争くぐり抜け ママが選んだベースキャンプ/指令塔のご機嫌は 損なわず 無視せず 軽くかわす》《予習するなら TVゲームでシミュレーション/寝不足の目をこすり 未来を手の中に》(M1「CARRY ON」)の世間に物申すシニカルさはまさしくロックだ。
また、単にポジティブさ全開ではなく、《からまわりして 自由になりたくて なれなくて》と綴るM11「Beatlesも戦争も知らないけれど」、そしてロストラブソングであるM12「千の祈り」で締め括られるのも悪くない。この叙情性は日本人女性アーティストならではないかと思う。《真夜中のキャッチホンに気付いたのが最初/突然の訪問は卑怯だったけど これで最後》(M12「千の祈り」)のドラマ性はいかにも80年代後半のトレンディドラマ的だが、今となっては好意的に受け止めたい。ちなみにM5「ONE」では、《一週間の帰省 終えたら 朝イチの電車で/一人暮らしの再会 イチから出直そう》《ひと花咲かせる時は短いけれど/ひとは夢を見続ける 与え続けてゆける/ひとは恋しくなったら ひとりよがりしないで/時々は戻ってみよう/ひとまず夏休み》と、“イチ”や“ひと”で韻を踏んでいることから、当時、彼女がヒップホップに影響を受けていたのは間違いない気はするのだが、果たして…?
ブレイクを果たした後、ソロシンガーとして活動を続けながら、田村直美は97年にPEARLを復活。この時のメンバーは、北島健二(Gu、FENCE OF DEFENSE)、トニー・フランクリン (Ba)というアルバム『N'』に参加したミュージシャンに、カーマイン・アピス (Dr)を加えた布陣。『N'』でのサウンドアプローチを当人も気に入っていたことがうかがえる。この新生PEARLは2年ほど活動してその後活動を休止したものの、2007年の結成20周年に合わせてライヴを行なった。PEARLは来年結成30周年。もしかすると何か動きがあるかもしれない。また、ソロシンガーとしての田村直美は94年以降、冒頭で述べた通り、『ポケットモンスター』のテーマ曲を手掛けたりしながら、今もコンスタントに活動を続けている。最近では、昨年から“Sho-ta with Tenpack riverside rock'n roll band”という新ユニットを展開。このユニット、メンバーがすごい。野村義男(Gu)、土橋安騎夫(Key)、石川俊介(Ba)、長谷川浩二(Dr)。名うてのミュージシャンたちが集い、8月に全国ツアーを開催し、8月17日にアルバム『Tenpack riverside rock'n roll band 2』を発売したばかりだ。06年から是方博邦(Gu)とのアコースティックデュオバンド“tamKore”も依然継続中で、悠々自適ながらも、今も意欲的かつ前向きな田村直美なのであった。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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