エレファントカシマシがメジャー復帰
に際し、 自らを奮い立たせる言葉を
注いだ『ココロに花を』

デビュー30周年のアニバーサリーイヤーを迎えたエレファントカシマシ。シングル「デーデ」でデビューした1988年3月21日からちょうど30年目になった日に、オールタイムベストアルバム『30th Anniversary「All Time Best Album THE FIGHTING MAN」』をリリースしたばかりで、それに加えて12月まで続くバンド史上初めての47都道府県ツアーもスタートした。ベテランと呼ばれる域に突入してますます勢い盛んな彼らの姿を見ていると、それだけで元気をもらえるように思うリスナーも少なくないのではなかろうか。数あるエレカシ作品の中から前向きな気分にさせてくれる名盤をご紹介!

セールスが振るわなかった初期

昨年末に宮本浩次(Vo)の主演ドラマが放送されたり、メンバー4人で朝のワイドショーに出演して生演奏したりと、ここ最近は30周年イヤーに相応しい露出がなされてきたエレファントカシマシ(以下、エレカシ)。彼らのテレビ出演自体が珍しいわけではないし、今までお茶の間に進出してきたからこそ、名曲たちが一般層にも浸透し、宮本のキャラクターも認知されたのであろう。それは確かだが、彼のデビュー時を知る者のひとりとしては、こうしてエレカシがマスメディアで取り上げられると、依然として隔世の感を禁じ得ない。90年代前半までのエレカシ、とりわけ宮本は対外的にはフレンドリーとは程遠い印象で、少なくともテレビメディアが似合うとは思えない男だった。イベントライブに出演して、観客が拍手をしたり声援を送ったりすると、それを「うるせぇ!」と一蹴し、会場の空気を凍らせたというのはファンの中では有名な話であろう。筆者は某音専誌のインタビュー記事に宮本の暴言が載っているのを見た覚えがあるし、当時の所属事務所に取材を申し込んだら、「まぁ、ああいう男なので取材はなかなか…」とやんわりと断られた記憶もある。また、その後、単独ライヴを何度か拝見させてもらったが、オーディエンスは宮本がイベントで毒づいたことを知っているからだろう。拍手もまばらで、声援も皆無。MCもほぼなかったので、曲と曲の間になると、ステージと客席との間に凄まじい緊張感が張り詰める、何とも不思議な空間を体験したこともある。
Led Zeppelinか、T-REXかと聴き紛う印象的なギターリフが楽曲全体を引っ張り、宮本がシャウトするという、今も続くバンドのスタイルはデビュー時からそうであり、もっと言えば、多くの人が思い浮かべるであろうエレカシらしい歌詞もデビュー時から健在であった。下記のような、前のめりなほどにポジティブなものもあれば──。
《黒いバラとりはらい 白い風流しこむ oh yeah/悪い奴らけちらし 本当の自由取り戻すのさ》(1stアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』収録「ファイティングマン」)。
《ああ 男よ行け 男よ勝て さぁ男よ/俺はお前に負けないが/お前も俺に負けるなよ/ああ 女の人よ 俺の話を聞いてくれ/世間の風は重たいが/俺はやっぱり戦うよ》(4thアルバム『生活』収録「男は行く」)。
柔らかいメロディーに花鳥風月を乗せたものもあった。
《優しい川の流れる岸辺には/光をあびて輝く姿あり/もくずと消えた日々など/俺の目にゃまるで止まらず》(2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』収録「優しい川」)。
《月と歩いた 月と歩いた/寒い夜ありがたい散歩の道づれに/道が真ん中 そのまにまに/小さくなって家が建ってる》(3rd『浮世の夢』収録「月と歩いた」)
だが、音楽業界内での評価は高かったものの、はっきり言って初期エレカシはさっぱり売れなかった。
《ひとりいれば人を思い/もてあます時は仕事を思い/道を歩めば人に出会い/町に出ずれば車に出合う/ああ平和なるこの生活が/なぜに我らを蝕むのか》(4thアルバム『生活』収録「偶成」)。
《生まれたことを悔やんで果てろ/つらいつらいと一生懸命同情を乞え/Ah 生まれたときから そう 奴隷天国よ》《何笑ってんだよ/何うなずいてんだよ/おめえだよ/そこの そこの そこの/おめえだよ おめえだよ》(6thアルバム『奴隷天国』収録「奴隷天国」)。
上記のような歌詞は、当時のメーカー、マネジメントから変な横槍が入らなかったからこそ書けた素直なものであろうが、こうした内向的なものや尖鋭的なものはさすがに大衆の支持を集めるわけもなかったのである。

インディーズを経てメジャー復帰

かくして、エレカシは1994年の7thアルバム『東京の空』発売後、レコード会社の契約を打ち切られ、所属事務所も解散という憂き目に遭う。バンド解散の危機であったことは間違いない。しかし、エレカシはそうならなかった。東京都内の小さなライブハウスを自らブッキングして活動を継続。対バンがあろうが、出演が深夜になろうが、とにかく必死にライヴをやったらしい。「高揚して“よし! 平気だ”という時もあれば、“どうしよう”とオロオロして考え込むような時もあった」とのちに宮本は述懐したが、逡巡しながら約2年間インディーズに潜伏していた。そして、1996年4月、シングル「悲しみの果て/四月の風」でメジャー復帰。以後、シングル「孤独な旅人/Baby自転車」、8thアルバム『ココロに花を』を発表する。アルバムはチャート10位と好セールスを記録。また、アルバム発売後に「悲しみの果て」がCMソングに起用されてスマッシュヒットし、カップリングを換えて再発されるなど、完全復活どころか、バンド史上それまでなかったブレイクを果たす。翌年にはドラマの主題歌にも起用されたシングル「今宵の月のように」が大ヒットし、日本の音楽シーンになくてはならない存在となったことは皆さんもご存知のことと思う。

艱難辛苦を乗り越えた前向きさ

この30年間、オリジナルアルバムだけで22枚もの作品を送り出し、バンドの大枠こそ変わらないものの、その時々で楽曲の変化が見られるエレカシなので、リスナーそれぞれに思い入れのあるアルバムがあるだろう。それを理解した上で、個人的にはこのメジャー復帰作であった8thアルバム『ココロに花を』を彼らの名盤として推したいと思う。収録曲の多くは前述したインディーズでの2年の間に作られたもので、当時おそらく思い惑っていたであろう彼らの心境が垣間見える。とはいえ、それをそのまま、歌詞に映すのではなく、極めて前向きに転化させている──そこがとてもいい。
《悲しみの果てに/何があるかなんて/俺は知らない/見たこともない/ただ あなたの顔が/浮かんで消えるだろう》《涙のあとには/笑いがあるはずさ/誰かが言ってた/本当なんだろう/いつもの俺を/笑っちまうんだろう Oh yeah…》(M2「悲しみの果て」)。
《孤独な旅人/いずれ僕ら そんなものだろう/浮雲のように ふわふわと》《このまま行こうぜ/夏のある日 旅立って行くだろう/風にまかせて 孤独な旅に出よう》《EVERYBODY新しい旅に出よう/夏の風に誘われて行こう/素晴らしい旅に出よう/愛を探しに行こう》(M4「孤独な旅人」)。
《何かが起こりそうな気がする/毎日そんな気がしてる/ああ うるせい人生さ/そう 今日も/何かがきっとはじまってる》《風が誘いにきたようだ/少し乾いた町の風が/俺達を誘いにきたようだ/このまま全てが叶うようなそんな気がしてた》《明日もがんばろう/愛する人に捧げよう/ああ 風が吹いた 四月の/四月の風》(M6「四月の風」)。
《昨日は昨日 明日はそう明日/毎日新しい/何でもないようで そうさきっと/毎日変わってく》《Baby 自転車で/風の中を走ろうぜ/Baby 二人乗り/悲しみの交差点を越えよう》(M10「Baby自転車」)。
シングル曲以外でも、M5「おまえと突っ走る」、M7「愛の日々」、M8「うれしけりゃとんでゆけよ」、M11「OH YEAH!(ココロに花を)」もそうであろうか。ほぼ全編がこうしたトーンである。聞けば、この時期に結婚したメンバーもいるという。マネジメントが消失して毎月の給料が出なくなり、メーカーとの契約もなくなって将来が見えなくなった中で、己を鼓舞し、奮い立たせる必要があったのだろう。しかも、前述の「ファイティングマン」や「男は行く」のような、言ってしまえば後先を考えないように見える前向きさではなく、艱難辛苦を体験したからこその前向きさと言おうか。『ココロに花を』の歌詞からはそうしたものが感じられるのである。だからこそ、それまで耳にすることがなかったリスナーにもエレカシの楽曲は届いたのではなかろうか。

エレカシならではのサウンドは健在

言うまでもないことかもしれないが、メロディーもすこぶるいい。メロディアスでキャッチー、しかも言葉がちゃんと乗っているのですんなりと歌詞が入ってくる。シングル曲はもちろんのこと、M3「かけだす男」、M5「おまえと突っ走る」辺りも十分にシングルでいける…とはやや言いすぎかもしれないが、宮本らしいメロディーが実にいい。レンジの広いM7「愛の日々」の抑揚は艶めかしさすら感じさせるし、ソングライティングの非凡さを改めて示していることは間違いないと思う。サウンドに目を転じれば、これまたエレカシらしいギターリフを前面に打ち出したバンドアンサンブルも鈍っていない。M1「ドビッシャー男」、M8「うれしけりゃとんでゆけよ」、M11「OH YEAH!(ココロに花を)」辺りがそうだ。エッジの効いたギターがグイグイと楽曲全体を引っ張る様子は正しきロックバンドの体であろう。やや音がマイルドになったきらいもあるという意見もあるが、その辺はプロデューサーであった佐久間正英の手腕が影響しているかもしれない。個人的にはエレカシの個性を殺すことなく、耳馴染みよく仕上げたものだと好意的に捉えたい。サイケの匂いのあるオルガンが入っていて、プログレ的な雰囲気のあるM7「愛の日々」は佐久間カラーとも推測できる。佐久間氏の起用は宮本からのリクエストだったというから、このタイミングでバンドサウンドをしっかりと整理したいという意図もあったのだろう。その意味でも『ココロに花を』はエレカシが心機一転を期した作品であったことが分かる。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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