稀代のアーティスト、遠藤ミチロウが
ザ・スターリンで放った純文学パンク
ロックの逸品『STOP JAP』

投げつけたのは豚の臓物だけじゃない。ザ・スターリンはスリリングな言葉とソリッドなサウンドを日本の音楽シーンにぶっかけたのだ。

過激なパフォーマンスが話題に

ザ・スターリンがシーンに現れた時の衝撃たるや、それはそれは筆舌に尽くしがたいものだった…と、もっともらしく書き始めたいところだが、筆者はザ・スターリン初期のライヴパフォーマンスを観たことがない。ゆえに本当に筆舌に尽くしがたい。ザ・スターリンのメジャーデビューは1982年。自分は高3だった。それほど頻繁ではなかったにせよ、バイト代で買ったチケットでライヴコンサートにも行っていたし、話題になっていたザ・スターリンは自分の住んでいた街にもツアーで訪れていたのでそのライヴへ行けない環境ではなかったが、進んでザ・スターリンを観に行くことはなかった。“そんな怖いところへ行けるか!?”というのが当時の偽らざる心境だったのだ。

ザ・スターリンの名前を最初に聞いたのは同じクラスの友人からだった。おそらく彼は雑誌『DOLL』辺りでその存在を仕入れたのではなかったかと思う。彼曰く“ザ・スターリンのライヴは豚の臓物や鶏の首が飛んでくる”という。豚の臓物? 鶏の首? 精肉店の話ではなく、バンドの話だよね、それ? “ヴォーカルは遠藤ミチロウっていうんだけど、歌う時は全裸で、お客に自分のチ○コをくわえさせるらしい”と彼は続けた。全裸? チ○コをくわえさせる? 犯罪じゃん、それ? さらに彼は言う。“ハードコアパンクっていうんだけど、歌詞には放送禁止用語が出てくるからテレビとか出れない”。そんな会話だったと思う。彼とその友人たちはそのライヴを観に行くという。誘われはしなかったが、こちらも行く気はなかった。あとで聞けばお客同士の喧嘩沙汰もあったというし、隣のクラスの女子もそのライヴに行っていて、その子がミチロウのチ○コをくわえさせられそうになったとかならなかったとか。お、恐ろしい。今となっては日本国民全員が今で言う情報弱者だったはずだが、その辺は好事家の成せる業。彼はどこからかザ・スターリンのライヴ写真等を入手してきて自分に見せてくれた。雑誌の切り抜きだったような気がする。目に隈取を描いた男が、確かに全裸でライヴハウスのステージに立っている。拡声器を持っていたように記憶している。自分がライヴを初めて観たのはそれから2年後、アルバム『FISH INN』の時であった。その頃のステージには豚の頭もなかったし、臓物も飛ばなかった。

“スターリン”という世紀の極悪人の名を冠したバンド名を始め、そのエキセントリックなパフォーマンス、過激なサウンド&歌詞等々は稀代のアーティスト、遠藤ミチロウの用意周到な仕掛けであったことは、今となっては理解できるが、当時の高校生にとって冷静に判断できるわけもない。ただ、直接的にそのムーブメントに参加したわけではなかったにせよ、そのプロパガンダに扇動されたのは確かだ。ライヴにこそ行かなかったが、音源はよく聴いたし、聴くたびに沸き上がる高揚感は否定しようがなかった。本稿を制作するにあたってあれこれ調べていたら、メジャーデビュー作『STOP JAP』がオリコン3位になっていたことを知ってかなり驚いた。記憶が確かなら当時のザ・スターリンは全国各地でのコンサートで売り切れ増出という状況ではなかったと思う。それどころか、そのライヴパフォーマンスの過激さから多くのライヴハウスで出入り禁止になっていたとも聞く。つまり、音源は聴くが、ライヴには行かない、自分のようなリスナーがほとんどだったのではなかろうか。今となっては伝説化しているザ・スターリンのライヴを見ておけばよかったかなーとの後悔の念もあるが、こればかりは詮なきことだ。

R&Rの基本に忠実な音作り

今回改めてアルバム『STOP JAP』を聴いて、これは日本のパンクロック云々以前に、ストレートなR&Rアルバムとしてもう少し評価されていいと思ったのが正直なところである。R&Rの基本──こと日本においては“いいギターリフとポップなメロディー”が必要条件であろう。BOOWYしかり、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTしかり、くるりしかり…って名前を挙げていけばきりがない。『STOP JAP』は(1)「ロマンチスト」からして──こういう言い方をしたらアレだが、初めて楽器を持った人でも弾けてしまうのではないかと思えるほど単純でいて、ロックだけが持つ先鋭性を秘めたギターリフから始まり、《吐き気がするほどロマンチックだぜ》というこの上なくキャッチーなフレーズが実にポップに歌われる。R&Rの基本である。以降、(2)『STOP JAP』から(6)「下水道のペテン師」まで基本に忠実な楽曲が並んでいき、ブリッジ的な(7)「アレルギーα」を挟んで、(8)「欲情」(9)「MONE」で“『STOP JAP』=ストレートなR&Rアルバム説”は確信になる。(8)「欲情」はあまり語られることがない楽曲だが弾けるようなポップ感が実にいいし、(9)「MONEY」はSEX PISTOLSのカバーかと思うほど初期パンクの香りを漂わせるナンバーだ。そこからの(10)「STOP GIRL」(11)「爆裂(バースト)ヘッド」もさらにいい。アルバム後半に相応しい躍動感があり、聴いていて単純にアガる。素晴らしい。簡単に言うと『STOP JAP』はわかりやすいアルバムなのだ。バンドを組んだばかりのBUCK-TICKのメンバーがそうしたように、初めてロックバンドを組む人たちには『STOP JAP』収録曲のコピーはテクニック的にも思想的にもジャストフィットすると思う。ロックバンド初心者のスタンダードナンバーとしてお勧めしたいほどだ。「Twist & Shout」もいいけど、「ロマンチスト」もいいと思うが、いかがなものか?

耳朶に訴えかける言葉たち

あと──これは言うまでもないことだろうが、遠藤ミチロウの作詞センスはすごいのひと言だ。30年経ってもまったく色褪せた印象がない。(1)「ロマンチスト」は前述の通り《吐き気がするほどロマンチックだぜ》だけでも圧倒的だが、《何でもいいのさ 壊してしまえば おまえはいつでも アナーキスト》《壊れていくのは てめえばかり ぬかみそになって オポチュニスト》と、無政府主義者も御都合主義者も一刀両断にしている点は聴き逃せない。所謂ラブソングも鮮烈だ。(6)「下水道のペテン師」では《愛していたんだ おまえの下水道 オレのネズミを 放してやるさ》とエログロを全開にしつつ、(10)「STOP GIRL」で《世界の果てまで オレをつれてってくれ つぶれていってもいいんだ 失うものは何もない》と純愛を描いている。また、(2)「STOP JAP」の《おいらは悲しい日本人 西に東に文明乞食 北に南に侵略者 中央線はまっすぐだ》辺りの風刺は平成にも十分突き刺さるし、(12)「MISER」の《何も思わずにここまで来たけれど このまま許されるはずはないから 今になにかいやなことが 不吉な何かが必ず起きる》も意味深だ。(これも今となっては有名な話だが)レコード制作基準倫理委員会の指導があって『STOP JAP』収録曲はほぼ全曲の歌詞を修正したそうで、当初の内容とはガラリと変わったものもあるという。(13)『負け犬』の《裁判官は正直だ》の箇所は、もともと“裁判官は嘘つきだ”だったところ、それではOKが出ずにヤケクソで“裁判官は正直だ”にしたそうだ。作詞家としては忸怩たる思いがあったに違いないが、それでもこれだけのインパクトのある言葉をポップに響かせた遠藤ミチロウの非凡さはもっと称えられてよいと思う。日本語の響きと語彙で聴く人の耳朶に訴えかける純文学に近い遠藤ミチロウの作風は日本のパンクロックシーンのエポックメイキングであり、今もって他の追随を許さない偉業であろう。ポジティブなメッセージを叫ぶ所謂青春パンクも悪くないし、ワールドワイドに活動する意味では英語詞で歌う日本のバンドが増えるのは必然とも言えるのでそれもよしだが、ザ・スターリンに匹敵する表現力を持ったロックバンドがもう少し増えてもいいのでは…と思う。老婆心ながら。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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