これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!

これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!

シャネルズが敬愛するドゥーワップを
堂々と鳴らした傑作『Mr.ブラック』

『Mr.ブラック』(’80)/シャネルズ

『Mr.ブラック』(’80)/シャネルズ

ソロデビューから30周年を超えた日本のR&Bシンガーの草分けと言える鈴木雅之。“クワマン”の名前で親しまれているタレント、桑野信義。ゴスペラーズやRIP SLYMEを世に送り出したことでも知られる音楽プロデューサー、佐藤善雄。彼らが在籍していたドゥーワップがシャネルズ(のちのラッツ&スター)である。今週は1980年に一世を風靡した彼らの名盤『Mr.ブラック』を取り上げ、シャネルズの偉業を語ってみようと思う。

ドゥーワップを
お茶の間に浸透させた功績

先々週、『世良公則&ツイスト』を紹介して、そこでは当然『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』といった昭和の歌番組にも触れることになり、アラフィフの筆者としては懐かしくもひとりで盛り上がっていたのだが、そんなところに当コラム担当編集者さんからシャネルズの『Mr.ブラック』の音源が届いた。氏もアラフィフ、さすがご同輩。よく分かっていらっしゃる。世良公則&ツイストや原田真二、Charの所謂ロック御三家に次いで昭和50年代半ばの歌番組を席巻したシャネルズ、のちのラッツ&スターも1980年代の邦楽を代表するグループである。

何と言っても“ドゥーワップ”というスタイルをお茶の間レベルにまで浸透させた功績は相当に大きい。1968年にザ・キング・トーンズが「グッド・ナイト・ベイビー」というドゥーワップ・ナンバーをヒットさせており、シャネルズの登場まで、日本においてこのジャンルがまったく未知のものというわけではなかったが、1960年代にはまだムード歌謡との区別が付いていたかどうか怪しいところ。また、山下達郎がドゥーワップ好きであることは当時もファンの間では知られていたことだが、1980年12月に発売された氏のひとりア・カペラ・アルバム『ON THE STREET CORNER』も商業的に成功したとは言い難く、ドゥーワップは少なくとも一般層に馴染みのない音楽ジャンルであった。

『ON THE STREET CORNER』の《2000年版再発CD (デジタル・リマスター版) への覚書で、山下は『1980年の日本では、アカペラという用語もドゥーワップという音楽形式もほとんど知られていませんでした。そんなものをアルバムにして出そうというのですから、取材やプロモートのたびにいちいち説明しなければなりませんでした』と、当時のことを回想している》(《》はWikipediaからの引用)との話もある。そんな中でドゥーワップ・ブームを起こしたシャネルズは音楽の多様性を日本国内に広めたグループとして、日本芸能史においても極めて重要なポジションを担う存在である。そんな彼らが遺した音源を名盤と呼ぶことに何の躊躇もなかろう。

ラジカセCM曲とブラックフェイス

シャネルズのブレイクは、『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』といった昭和の歌番組の全盛期に、メインヴォーカルの4人が派手なタキシードを着て顔を黒く塗り、黒人グループの雰囲気を分かりやすく提示したことが最大の勝因であろう。現在のポリティカル・コレクトネスに照らし合わせたらNGな行為ではあろうが、彼らに差別意識はなかったことは間違いない。

『ザ・ベストテン』にシャネルズが出演した時、こんなハプニングがあった。生中継先で、ある少年がシャネルズに対して、「シャネルズって、なんで黒人のくせに香水の名前をつけてるんですか?」という差別的な質問をしたのだ。司会の黒柳徹子がその後、涙ながらにその少年の発言を糾弾したことは有名な話だが、リーダーの鈴木雅之も明らかに憤慨し、不機嫌な表情でその質問に答えていたことも忘れられない。シャネルズがどれだけ深くブラックミュージックを敬愛していたのかが分かるエピソードとも言える。まぁ、そのブラックフェイスはシャネルズの音楽そのものに直接関係する要素ではないため、あまり多くを語る必要がないと思われるので、ここでは、個人的に思う、コスチューム以外にシャネルズを押し出した要因について少し触れてみたい。
シャネルズのデビュー曲「ランナウェイ」。これはパイオニアのラジカセ『ランナウェイ』のCMソングであり、当初はCMで流れる1コーラス分のみレコーディングされたものだったという。その後、レコード化されたのはCMへの反響があったからだろうが、当時は音楽を聴くソフトはカセットテープ、ハードはラジオカセットレコーダー=ラジカセが中心だったことを懐かしく思い出す。レコードプレイヤーと大型のスピーカーと諸々とを組み合わせるシステムコンポもあったが、大型で高価だったし、少なくとも小中学生が気軽に扱えるようなものではなかった。

約40年前、『ザ・ベストテン』で音楽を聴くことに目覚めたような子供にとって丁度いいのはラジカセ。FMから流れる曲を録音できるし(そのような行為を“エアチェック”と言った気がする)、カセットテープは友人と貸し借りするのも便利だった。各家電メーカーもこぞって高機能のラジカセを市場に投入してきたし、当時の子供たちは新製品の情報を目の当たりにしてワクワクしていた。そんな中で、パイオニアのラジカセ『ランナウェイ』のCMから聴こえてきた♪ランナウェイ〜のフレーズは耳によく馴染んだし、フルコーラスを聴いてみたいとレコード化への期待が寄せられたのも無理からぬことだっただろう。ちなみにソニーの初代ウォークマンの発売は1979年7月。その後、ますますカセットテープを媒体として音楽はカジュアルになっていく。

シングルヒットを受けて
アルバム緊急発売

このまま音楽媒体の変遷とヒット曲への影響について書き記したい欲求もあるが、その気持ちをグッと堪えつつ──本題であるシャネルズ『Mr.ブラック』に話題を移そう。本作はシングル「ランナウェイ」のヒットを受けて急遽制作されたと思われるアルバムだ。何しろ、「ランナウェイ」が1980年2月発売に対して、『Mr.ブラック』は同年5月発売である。2ndシングル「トゥナイト」が同年6月発売であったから、それこそ当時の歌番組が隆盛だった状況を鑑みても、まず2ndシングルを先に出すべきではなかったかという気がしなくもない。が、デビューシングルから間髪入れずに(たぶん緊急に)アルバムを制作するに至ったことに、シャネルズの心意気を垣間見ることができる。

『Mr.ブラック』はM1~6が「ランナウェイ」とそのカップリング曲「夢見るスウィート・ホーム」を含むオリジナル曲、M7~13がドゥーワップのカバー集と、アナログ盤ではA面とB面とで性格の分かれた作品なのだ。コンセプトアルバムではないものの、A面のシングル曲を除くナンバーで鈴木雅之作のオリジナル楽曲を聴かせ、B面では彼らを育んだドゥーワップのスタンダードナンバーを収録することで、シャネルズとはこういうグループであることを示しているのである。もしかすると、もしかするとThe Beatlesの『Please Please Me』よろしく、時間がなくて曲が作れず、それによってこういうスタイルになっただけかもしれないが、仮にそうだったとしても結果オーライ。本作が、この時期に彼にしかできなかった良作であることは疑いようがないところである。

グループのオリジナル曲で迫るA面

軽快かつポップなM1「ダウンタウン・ボーイ」は佐藤善雄の♪ボンボン〜というお馴染みのコーラスが飛び出し、桑野信義桑のトランペットも鳴りもいい感じで、オープニングから本作がシャネルズのアルバムであることをありありと示す。2曲目というシングル曲の定番の位置には当たり前のようにM2「ランナウェイ」が鎮座ましましている。もともとCM曲の1フレーズをレコード化に当たって1曲に仕上げたものだけに、改めて聴くと若干淡白な印象があることは否めないが、サビのメロディーのキャッチーさとそれを支えるコーラスワークの確かさは今も色褪せることがない。続くM3「月の渚-YOU'LL BE MINE-」はピアノの跳ねた感じとコード感、M5「いとしのシェビー'57」はその歌詞から、確実に50’Sの香りがするナンバー。M3は(鈴木雅之作曲だから当たり前なのかもしれないが)主旋律が彼の歌声にとてもマッチしているようで、すんなりと耳に飛び込んでくる楽曲だ。M6「陽気なTUSUN」はコーラスが強調されている印象に加えて、ソウルフルなブラスも入り、この人たちのブラックミュージックへの憧憬があふれている。

ドゥーワップのカバーで魅了するB面

本領発揮…と言うと語弊があるかもしれないが、やはりM7以降、所謂B面が『Mr.ブラック』の聴きどころであろう。M7「EVERYBODY LOVES A LOVER」からいきなりくる。Doris Dayという女性シンガーの原曲を見事にカバー。主旋律は大きく変えていないのだが、アレンジは映画『ブルース・ブラザーズ』でも知られるOtis Reddingの「I Can't Turn You Loose」風と言ったらいいだろか。どこかジャズっぽさを残すオリジナルよりもソウルフルに…もっと言ってしまえばロック的な解釈を加えている。軽快かつポップでとてもカッコ良い仕上がりだ。楽曲冒頭の小林克也(だよね?)によるDJ風MCはまさにショーの幕開けといった雰囲気で、これもまたとても良い感じだ。M9「BAD BLOOD」でのチャイナ風のMC。M11「SH-BOOM」でのちょっとした小芝居からのアカペラ。

そして、M13「CHAPEL OF DREAMS」ではカセットテープを入れる音から始まる様子(!)など、テクニカルな小技も見逃せないが、白眉は忠実なカバーと言おうか、奇を衒わずに演奏、歌唱している楽曲だと思う。M8「SHAMA LAMA DING-DONG」での桑野信義のトランペットとともに迫る鈴木雅之のセクシーかつ迫力ある歌声。田代マサシがメインヴォーカルを務めるM10「SILHOUETTES」で彼のアーティストとしての素顔を除けるのもいいのだが、個人的にはM12「ZOOM」を推したい。The Cadillacsの原曲は♪Bom, be doo Be doo be doo be Bow wow〜が極めて印象的であり、それゆえに妙に凝ったアレンジがし難いこともあるのだろうが、この楽曲をシャネルズは素直にカバーしている。堂々と…と言い換えてもいい。敬愛するブラックミュージックを見事に昇華している様は、そのままシャネルズのグループとしての優秀さを証明しているに他ならない。傑作レコードである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Mr.ブラック』1980年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.ダウンタウン・ボーイ
    • 2.ランナウェイ
    • 3.月の渚-YOU'LL BE MINE-
    • 4.夢見るスウィート・ホーム
    • 5.いとしのシェビー'57
    • 6.陽気なTUSUN
    • 7.EVERYBODY LOVES A LOVER
    • 8.SHAMA LAMA DING-DONG
    • 9.BAD BLOOD
    • 10.SILHOUETTES
    • 11. SH-BOOM
    • 12.ZOOM
    • 13.CHAPEL OF DREAMS
『Mr.ブラック』(’80)/シャネルズ

OKMusic編集部

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