『ANTHEM〜パワーメタル戒厳令〜』は
関東HR/HMをけん引し、
日本において“NWOBHM”を提示した
ANTHEM、入魂の一作
関西に負けない革新性と独自性を貫き、のちの音楽シーンにも影響を与えたそのサウンドをスピリッツを分析してみよう。
神楽坂から生まれた関東HR/HM
関西と同時時期に関東を盛り上げる
1984年、EARTHSHAKER、44MAGNUM、そしてMARINOという関西HR/HM勢が新宿LOFTでライヴをやった、その名も“関西なぐり込みギグ”なるイベントがあった。ANTHEMはそこに参加し、その共演をきっかけに44MAGNUMやMARINOのツアーサポートを務めることになったという。さらには、前述の『HEAVY METAL FORCE Vol.1』発表後、デビューの打診があり、EARTHSHAKERの石原慎一郎がアドバイザーになって、デモテープを作成し始めていたというのだ。そこで前任ヴォーカリストが脱退。オーディションで坂本に後任が決まるまで半年間、活動休止を余儀なくされたというから、デビューアルバム『ANTHEM~パワーメタル戒厳令』は1984年7月のリリースだが、メンバーチェンジがなかったらMARINOと同時期のデビューでもおかしくなかったであろう。つまり、ANTHEMは関西勢と同時期に日本のHR/HMシーンをけん引したバンドと言っていいのだと思う。
日本の“NWOBHM”を代表するバンド
しかも──マイナー…というと語弊があるかもしれないが、歌もギターも解放感100パーセントという感じではなく、どこか密室的というか、内向的な旋律である。また、ギターソロが長い。いや、単に長いということでなく、ちゃんとドラマチックで、よくある歌の添え物といった感じではなく、ギターがしっかりと主役を張っている印象だ。M1「WILD ANTHEM」のソロが分かりやすいと思うが、ギターソロパートが2ブロックに分かれて展開する。ポップスに慣れた耳では“まだ続くの?”といったふうに聴いてしまうかもしれないが、概ねそんな感じなので、ここにもバンドの矜持であり、意地を見ることができる。とにかく攻撃的というか、アグレッシブさが漲っているのだが、この辺は彼らが1970年代後半の“NWOBHM(=New Wave Of British Heavy Metal)”の影響を受けたことも関係しているのだと思われる。このムーブメントを標榜したバンドたちへのオマージュを感じさせるサウンドもさることながら、文字通り、新しいブリティッシュヘヴィメタルを目指したと言われる“NWOBHM”と同ベクトルの精神性で、ANTHEMは日本のシーンに立ち向かった。その魂が音源に込められたのだろう。
歌詞に宿る様式美にとらわれない魂
《GET OUT! もう聞きあきたぜ お前の声/JUST NOW! うごめいてる 頭の中/すべてを打ち砕くのさ夢からさめた BLACK JACK》(M5「WARNING ACTION!」)。
《昴(たか)ぶる気持ちをおさえては何もできやしないぜ/体中かけめぐる熱い物が欲しいのさ/何かがはじまるぜ空を見上げろ/今こそ立ち上がれ足を踏みならせ》
《STEELER BREAKER すべてを変えてしまうぜ/限界はないのさそいつをブチ破れ/STEELER BREAKER 拳をふりかざせ/すべて 手に入れたら GET AWAY》(M10「STEELER」)。
ここでも前のめりなくらいに、ブレイクスルーを欲する姿勢が綴られている。それが即ち、シーン云々ではなかろうが、冒頭で述べた同時の西高東低の勢力図であったり、そもそもまだHR/HMが日本では一般的ではなかった状況だったりを考えると、やや深読みしてしまうこともご理解いただきたい。まぁ、実際にはその読みは的外れかもしれないが、アルバムのオープニングを飾る、自らのバンド名を冠したM1「WILD ANTHEM」にて下記のようなフレーズをサビに持ってきている点に、ANTHEMが様式美にとらわれたバンドではないことの証左がある気はする。
《WILD ANTHEM 吹きあれる嵐のように/果てしない最後の叫び/OH WILD ANTHEM/PLEASE GIVE ME ACTION》。
彼らの決意が感じられると訴えだと思う。
神楽坂から全国へ、世界へ
また、これは直接ANTHEMのことではないが、ANTHEMを始めとする関東ヘヴィメタル勢の熱を受け止めて、冒頭で紹介したオムニバス盤『HEAVY METAL FORCE Vol.1』シリーズを世に出したロックハウスEXPLOSION(現:神楽坂 TRASH-UP!!)の尽力と、このライヴハウスが後世に及ぼした影響について触れて、拙文を締め括りたい。『HEAVY METAL FORCE』はその後シリーズ化され、『III』にはX(現:X JAPAN)、Saber Tigerが参加したことは好事家たちの間では有名な話。『Vol.1』もそうだが、『III』も中古市場で高値で取引されている。
そうした関東HR/HM押しが効いたのか、無名だった頃のGLAYが定小屋にしていたのも、これもまたファンの間では有名な話だろうし、最近では(というほど最近でもないが)ゴールデンボンバーが出演していたことでも知られていると思う。現在の神楽坂 TRASH-UP!!も一風変わったV系バンドやアイドルが出演することが多いそうだが、35年前の関東でもHR/HMは間違いなくメインストリームのそれではなかったはずで、そうした傍からは変わり者と見えた者たちの流れが連綿と続いて、それが今や国内はもちろんのこと、世界を席巻するに至っているのは痛快ですらある。これもまた素晴らしい。
TEXT:帆苅智之