“東京ロッカーズ”の重要バンド、L
IZARDの『LIZARD』は古い殻をぶち壊
した意欲作

海外でのパンクロックの勃興を受けるかたちで、70年代後半に掲げられたアンダーグラウンドロックの活性化の動き“東京ロッカーズ”。一般的な知名度はそれほど高くないかもしれないが、日本ロック史における重要なキーワードだ。LIZARDはその中心的存在で後の邦楽シーンにも大きな影響を与えたバンドである。

“東京ロッカーズ”とは何か?

社会を動かすための世の中にある動きをムーブメントと呼ぶ。最近では、アウンサンスーチー主導のミャンマーの非暴力民主化運動がそうだし、それが実際に何かを動かすかどうかはともかくとして、SEALDsなる学生運動も広義にはそう分類されるだろう。そこから転じて、あるカルチャーを動かす流れもムーブメントと呼ばれる。今はこちらの使われ方が主流かもしれない。1960年代のヒッピー・ムーブメントがその代表例で、日本では呼称こそないが2000年前後にHi-STANDARDが中心になって企画されたイベント“AIR JAM”周辺がそうであろうし、ラフィン・ノーズ、ウィラード、有頂天の所謂インディーズ御三家の人気によって勃興した80年代前半の “インディーズ・ブーム”もそれに当たるだろう。そして、忘れてはならないのが“東京ロッカーズ”だ。これは70年代後半、S-KENこと田中唯士が所有する“S-KENスタジオ”を中心として活躍していたバンドの総称で、概ねS-KENを始め、フリクション、ミラーズ、ミスター・カイト、そしてLIZARDの5バンドを指す。彼らは日本のパンク、ニューウェイブの祖であり、引いては日本のロックの祖と言っても差し支えないだろう。「日本のロックの祖は流石に大袈裟では?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、インディーズ御三家のひとつ、有頂天のデビューライヴのオープニングがLIZARDの「宣戦布告」であったことは知る人ぞ知る話だし、Hi-STANDARDの難波章浩はラフィン・ノーズへのリスペクトを公言して憚らない。そう考えると、はっぴいえんどやシュガーベイブとはアプローチこそ異なるが、“東京ロッカーズ”も間違いなく日本のロックを次の段階へ推し進めたムーブメントなのである。

新しい時代へのブレイクスルー

“東京ロッカーズ”は“S-KENスタジオ”を中心として活躍していたバンドの総称であることから、S-KENがその中心人物だが、LIZARDのモモヨ(Vo&Gu)も重要人物のひとりだ。LIZARDはもともと紅蜥蜴というバンド名で活動しており、78年、“東京ロッカーズ”以前に日本で最初のパンク・コンサートと言われる『ROCK'IN DOLL EAST』にフリクション、ミスター・カイト、ミラーズらと出演している。モモヨはこのコンサートについて「フリクションや高円寺にいるバンド連中を世間に出したかった」 「何かしらの種を残したかった」と語っており、氏がこのムーブメントを仕掛けたことは明らかである。S-KENとモモヨが共鳴し、それが後に “東京ロッカーズ”となったと見るのがいいようだ(ちなみにLIZARDというバンド名は氏らが“東京ロッカーズ”という呼称を決定したとほぼ同時に、その場のノリで改名したものらしい)。何よりもLIZARDが79年に発表したアルバム『LIZARD』からは、モモヨのブレイクスルー的スピリッツとでも言おうか、新しい時代をこじ開けようとする気概がひしひしと感じられる。本作は《新しい子どもたちが生まれ/新しいヴィジョンが生まれる/新しいモラルが作られ/新しい世界が生まれる/New kids In the city》《Good bye old World/Bonsoir/古い殻をぶち壊せ/古い世界をぶち壊せ》と歌われるM1「NEW KIDS IN THE CITY」で幕を開けるのだから、それ以上、多くの説明を要しないであろう。

日本のニューウェイブの夜明け

『LIZARD』はストラングラーズのベーシストであるジャン・ジャック・バーネルをプロデューサーに迎え、ロンドンにてレコーディングされた。そのインテリジェントな音楽性で他のUKパンクとは一線を画し、ニューウェイブの先駆者とも言われるストラングラーズ、さらに「三島由紀夫の愛読者であり、空手六段の黒帯保有者。かつては極真会館の道場生であった。今日では士道館空手ロンドン支部長という一面も持つ」(「」はウィキペディアより抜粋)という経歴の持ち主、ジャン・ジャック・バーネルとの邂逅はLIZARDにとって大きなアドバンテージであった。ワカ(Ba)のベースプレイはキンクスや初期イエスから影響を受けたものらしいが、これはジャン・ジャック・バーネルも同様であり、お互いにそこを理解した上で作品制作に臨んだことで、懐古主義ではないネクストレベルの音楽を生み出す下地になったと言える。また、事前にジャン・ジャック・バーネルから「歌詞は日本語でなければならない」という要請もあったそうだ。R&Rやハードロック、プログレの次世代を見据えたサウンドに日本語を取り入れたことで化学変化を起こし、日本のニューウェイブは夜明けを迎え入れたと言ってよい。『LIZARD』収録曲はいずれも意欲的にシンセ音を取り入れ、R&Rと融合させたものばかりだが、プログレっぽいM5「ASIA」や、アラビア音階を取り入れたM9「MODERN BEAT」に特にアグレッシブな姿勢を見ることができるし、M6「T.V. MAGIC」でのボコーダーの使い方はインテリっぽいYMOとはまた違ったロックな味わいがあってとてもよい。

モモヨの驚くべき先見の明

優れたアーティストは未来を予見すると言われるが、『LIZARD』の歌詞にはモモヨが優れたアーティストの証左がある。《超薄型ブラック・フェイス!/胸ポケットにピッタリ!/端子を耳たぶに接続すればいいのさ/あなたもすばらしい新世代の仲間入り!》(M3「RADIO CONTROLLED LIFE」)。《モラルを作るのは私だ/時代を作るのも私だ/VIVA TV》(M6「T.V. MAGIC」)。《高層ビルでつくられる/インチキ プロジェクト/全てを支配している/マーケッティング・リサーチ》《コンピューターが支配する/すてきなニュー・ライフ/俺の頭をコントロール/カタログ雑誌/そして俺は一日デパートを歩き回り/新製品のために金をつかいはたす》《俺達ゃ金を使うだけ!/てんでいかれたニュー・ライフ》(M7「MARKET(ING) RESEARCH」)。これらは間違いなく79年に発表された歌詞である。79年と言えばSONYのウォークマン1号機が発売された年で、スマホ、iPodはもちろんのこと、携帯電話すら夢の時代。映画『ブレードランナー』の原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」は出版されていたが、電脳空間を描くSF作“サイバーパンク”が出現するのは80年代半ばであるから、この時期に《胸ポケットにピッタリ!/端子を耳たぶに接続すればいいのさ》との表現が生まれたのは正直言って不思議ですらある。また、M6「T.V. MAGIC」やM7「MARKET(ING) RESEARCH」は逆説的に未来を皮肉ったものだっただろうが、現代社会がそれと何も変わっていないということ自体が強烈にアイロニカルである。このカウンターは極めてパンク的であるし、正調なる日本のロックと言える。これだけ取ってみてもLIZARDのすごさを感じてもらえると思う。日本のロックを語る時、決して忘れてはならないバンドである。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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