クレイジーケンバンドの
『Soul Punch』の雑多な音楽性に
横山 剣の原体験を見る
極めて個性的な歌詞も特徴
《俺の話を聞け! 5分だけでもいい/貸した金の事など どうでもいいから》(M18「タイガー&ドラゴン - 完全版 -」)。
サビのインパクトが強いヒット曲なのでファンならずとも耳に馴染んでいる人は多いだろうし、その内容を知っている人も少なくなかろう。《愛》という言葉は出てくるものの、この歌詞を見ただけではこれが恋愛のことを綴っているのかどうか分からない。もっと言えば、《お前》と言っているので第二者=相手は居るのだろうが、その性別も歌詞の主人公との関係も分からない。《あの頃みたいに ダサいスカジャン着て》や《貸した金の事など どうでもいいから》という辺りから推測するに、過去に金の貸し借りをするくらいの間柄であったということと、舞台が神奈川県横須賀市にある三笠公園であることが辛うじて分かるくらいだ。個人的には今回改めて聴いて、その内容が抽象的なほどに、物語を限定していないことにちょっと驚いた。そう言えば、最近、こういうタイプの歌って流行ってないなと思ったりもした(ていうか、流行歌自体が少なくなってるんだろうけど…)。M18「タイガー&ドラゴン」以外の歌詞もこんな感じ(↓)。
《アクシデント! 思わぬ出来事に/もし巻き込まれても/人を笑わせる男になりたい/人を泣かせて生きて来たから》《My Way シナトラのように/わたしはわたしの道を行こう/その先に何が待ち受けていようと/すべて蹴飛ばし生きて行くぜ》(M1「男の滑走路」)。
《セカイニホコレルニホンノヘイワケンポウ/ツクッテクレタノハアメリカ》《眩し過ぎて何も見えなかったんだ/Sunny Days どこへ行ってしまったんだ?/Woo大好きだったはずのAmerica/Why? どうなってしまったんだろ?》(M9「American Dream」)。
《アメ車の季節だドキドキするぜ (My Heart is Beating)/今年は絶対アメ車を買うぜ (Na Na Na…)》《アメ車を買うならBayside Motors (a.k.a.横山自動車)/屋号は横山自動車(有)(a.k.a. Bayside Motors)》(M10「横山自動車」)。
《ココロの一番深いところに/RODRIGUEZ様が棲んでいる》《今夜は誰もがみんなヒゲ野郎 (BIGOTE)/REDHOTな夜が始まる (CALOR)/でも夜が明けたら そう もぬけの殼/魔法が溶けたら更地の本牧原》《だけど忘れるな 亜細亜人のプライドを》(12「ロドリゲス兄弟」)。
文字通りのクレイジーケンバンド流「My Way」。当時のアメリカ政府への批判。アメ車愛を綴ったものから、コロンビアの犯罪組織の名前が出てくるものまで(私はこの歌の真の意味を知らない)。これ以外にも、ラブソングにおいても言葉のチョイスが独特であるとか、地元である神奈川の地名が多いとか、とにかく歌詞は個性的だ。でも、それこそがクレイジーケンバンドであり、このバンドの大きな魅力のひとつであると断言できる。
子供の頃の原体験をそのままに
ご存知のファンも多いことだろうが、氏は子供の頃、中古レコード屋の手伝いをしていた。お金をもらっていたそうだからアルバイトだろう(たぶん昔の話なので、労働基準がとかは言いっこなしね)。露店だったというので、今で言うフリーマーケットに近いものであったと思われる。段ボール箱には(もしかすると木箱だったかも)、あらゆるレコードがあったそうだ。それこそ[ロックンロール、ポップス、歌謡曲、ソウル、ジャズ、ファンク、ブルース、渋谷系、演歌、ロカビリー、ラテン、ボサノヴァ、R&B、AOR、ヒップホップ、アジア歌謡等]([]はWikipediaからの引用)があったのだろう(※渋谷系、AOR、ヒップホップはその頃なかっただろうから、除く)。それらをジャンル分けすることなく聴いていたそうである。その話を聞いて完全に腑に落ちた。門前の小僧習わぬ経を読む。氏の音楽の原体験がそうであるのなら、クレイジーケンバンドの雑多性にも十分にうなずけた。
クレイジーケンバンドのすごさは、そうした横山 剣が雑食的に吸収してきた音楽をスポイルせずに自らの音楽に取り込んでいるところだろう。加えて言えば、しかも、それら雑多な音楽を懐古的に原盤のままに──例えば衒学的に演奏するとかではなく、あくまでもポップに、大衆的に披露している点にあると思う。
TEXT:帆苅智之