『音楽殺人』は
YMOを経た高橋幸宏が
そのカッコ良さを
全開に放ったポップ作
リズムの多彩さとポップス指向
その一方で、フワフワとしたシンセサウンドもあしらわれたM5「RADIOACTIVIST」、幻想的かつダークな印象のM6「NUMBER FROM A CALCULATED CONVERSATION」は、共にテクノポップ色が強い印象。ただ、いずれにもPhil Spectorのテイストを感じるのは筆者だけだろうか。M5のリズムパターンはThe Ronettesを彷彿とさせるし、タンバリンの鳴りもそれっぽい。M6はM5ほどではないけれど、ウォール・オブ・サウンドを思わせる太鼓の響きも聴こえているように思う。実際にはどこまで意識していたのかは定かではないけれど、幸宏氏のポップス指向は伺える。話はまったく変わるけれど、M6は《Think quick/A number for the lips》という歌詞で始めるのだが、“lips”の発音が何とも幸宏氏らしいとも感じた。破裂音と無声音の組み合わせがいいのか何のか。今回聴いてふと思っただけなのだが、備忘録的に記しておく。
M7「BIJIN-KYOSHI AT THE SWIMMING SCHOOL」からはアナログ盤でのB面。M7は所謂サーフロックに分類されるであろうナンバーで、ある時期のThe Beach Boysや加山雄三みたいな感じだと思っていたら、加藤和彦がプロデュースしたThe Ventures『Chameleon』(1980年)に提供した「スイミング・スクールの美人教師」のセルフカバーだったそうな。ちなみに『Chameleon』には幸宏氏の他、細野、坂本に加え、鈴木慶一も参加している、テクノポップ好き必聴の作品である。細野晴臣作曲のM8「BLUE COLOUR WORKER」は爽やかなポップチューン。細野がどこぞの女性アイドルに提供しようと作成していたものを持ってきたかのような、とても分かりやすいポップさがある。小難しいところはなく、いい意味でサラッと聴ける。とりわけサビの《Blue is silent/Blue is golden/The touch of blue/Leaves blueprints on you》が流麗でとても良い。
M5、M6で幸宏氏のポップス指向が伺えると書いたが、M9「STOP IN THE NAME OF LOVE」ではそれを確信する。The Supremesのカバー。モータウンを代表する1曲である。例えば、YMO「Day Tripper」。あちらは[オーティス・レディングのカバー・バージョンにディーヴォの影響を受けたアレンジを行っている]とのことで、The Beatlesの原曲から大分印象が変わっている。その辺がいかにもニューウェーブ、テクノポップという感じなのだが、M9はそれほどには原曲からかけ離れていないように思う([]はWikipediaからの引用)。Aメロをスカビートに乗せているものの、サビのドラムが頭打ちであることや、印象的なメロディーもオルガンで再現している。Sandiiによるコーラスワークは言わずもがな…であろう。コピーとは言わないまでも、リスペクトを感じるナンバーである。
M10「MIRRORMANIC」とM11「THE CORE OF EDEN」では細野、坂本に加えて大村憲司がギターで参加しているので、共にほとんどYMOと言っても差し支えはないような楽曲。そうは言っても、今改めて聴くと、それまでのYMOのテクノポップと少し違った雰囲気もある。M10はシンセの粒だった感じや、リズムとメロディーのアンサンブルに『BGM』や『テクノデリック』に近いものも感じるし、M11「THE CORE OF EDEN」は生音を前面に出した印象で、テクノ、ニューウェーブというよりも、ロック、とりわけプログレの匂いを受け取れなくもない。ソロの矜持…というほどに硬いものでもなかったのだろうが、このアルバムの締め括り2曲には幸宏氏からの言外の何かを感じるところである。
こうしてまとめてみても、バラエティーでありつつ変にマニアックなところがないし、ニューウェーブな方向性は示しつつも衒学的ではない、実に親しみやすいアルバムであることが自分自身、再確認できた。幼い頃、自分はこういう音楽に殺られてホント良かった。高橋幸宏さん、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
TEXT:帆苅智之
関連ニュース